7章#22 完全無敵の百瀬澪
「じゃあそろそろ俺もスタンバイしなきゃだし、行くわ。伊藤もバレー頑張れよ」
「おー、もちろんもちろん。みおちーがクラス優勝したいって言ってたし、頑張るよ」
あれから、何試合かが過ぎた。
一年生女子の試合は無事全て終わり、A組は学年内2位で決勝トーナメント出場を決めた。もう一組の一年生がめちゃくちゃ強かったので優勝は難しいかもしれないが、ぜひ頑張ってほしい。
バレーの方は思いのほかスムーズに進まずようやく二年生の試合が始まるが、バスケは既に二年生も半分ほど終わっている。バスケの方でもうちのクラスはいい感じなので、本当にクラス優勝を狙える可能性はあった。
体育館担当として交代しにきた一年生にバトンタッチし、俺は校庭に向かう。まだ幾分か俺の番までは時間があると思うが、焦って向かってもしょうがない。準備体操でもして待っていよう。
そう思って向かった校庭では、ちょうどうちのクラスと隣のB組がサッカーの試合を始めていた。タイマーを見遣れば、もう後半に差し掛かっていることが分かる。
居場所に困った俺は、ひとまず如月がいる審判席の辺りに向かった。
「よう、如月」
「あら百瀬くん。もうすぐ試合?」
「あー、まぁそんなところだな。もうすぐってほどすぐじゃないが」
言って、視線をグラウンドに移す。
眼鏡を外した運動モードの八雲がボールをキープしているのが見える。ああしてサッカーしているところは初めて見たが、驚くほどにドリブルが上手く、華麗に二、三人を突破していた。
「おお……すげぇな、八雲」
「ふふっ、そうでしょう? 晴彦ってあれでサッカーは本当に上手いのよ」
「『あれで』って彼女が言うのはどうなんだってツッコミはさておいて……確かに、マジで上手いな。今って得点は?」
「2対0。残り時間はあと3分だからほぼ結果は決まりね」
ああ、と俺は頷いた。
相手チームの中にはモチベーションが目に見えて落ちている者もいる。これはもう、A組の勝ちで決まりだろう。
となると、テニスに被る可能性が出てくるな……しょうがない、手は打っておくか。脳内で手筈を整えながら、観戦を続ける。
「綾辻さんっ」
「ん」
ゴール近くまで行き、八雲は澪にアーチ状のパスをした。
ふんありと綺麗で、それでいて素早いパスだ。ボールの軌道をきちんと捉えた澪は、胸のあたりでトラップする。
「――ッ」
しかし、すぐに相手チームの選手がボールを奪いに来る。体格のいい男子二名。サッカー自体には慣れていなさそうだが、何かしらのスポーツをやっていることは間違いなしだろう。
澪は一瞬渋い顔をし、視線をスライドする。
だがその状態からパスできそうな仲間はいない。
チッ、と舌打ちをしたかと思うと、澪はドリブルで突破することを決めたらしく、足元でボールを操る。
まず一人目を、澪はフェイントを駆使して交わした。相手選手の靴と砂が擦れる、ざざーという音がよく響く。
すぐに迫りくるもう一人を一瞥した澪は、僅かに後ろに下がり、
「おお……ヒールリフトかよ」
踵でボールを上げ、相手選手の頭上を通過させた。
ひゅー、と観客が湧く。澪はその盛り上がりを気にすることなく、ボールをぽんと蹴った。
その先にはマークを振り切った八雲がいる。
「八雲くんっ」
「おう!」
マークはない。
ゴールへの距離も完璧だ。
ゴールキーパーとの一対一。八雲は、にっ、と頬を吊り上げると、他の選手が来るより先に八雲がシュートをした。
けれど、
――すぱっ
と、運悪くゴールキーパーの読みとシュートの軌道が一致してしまう。
ボールはゴールキーパーにパンチされて浮き上がり、明後日の方向に向かった。
ああ、惜しい。でもあと1分もないし、外したところで問題はないだろう。
そんな考えを嘲笑うように、浮き上がったボールの行く先に澪がいた。
「うそ、だろ……?」
澪はボールを胸でトラップした。
衝撃が吸収され、ゆんわりと上がったボール。澪はボールに背を向けたまま、左足を上げるようにして跳び、そして――その反動で右足を蹴り上げた。
バイシクルシュート。
サッカーをやる者が必ずといっていいほど憧れるかっこいい技でありながら、ほとんど習得することも使う場面もないシュートを、澪は華麗に決めた。
半月を描くようなその所作に見惚れているのも間もなく、ぴぴーっとホイッスルが鳴る。
遅れて、試合終了を報せるタイマーのアラームも鳴り響いた。
3対0。
圧勝どころか、オーバーキルだった。
着地した澪は、いつから気付いていたのか、こちらに目を向けてくる。
そして、ドヤ、と誇らしげに胸を張った。
やべぇ……やっぱりあいつ、化け物だわ。
「澪ちゃんって、なんだかんだ常人離れしてるわよね……」
「あ、ああ。最近は本当にやりたい放題だな、あいつ」
「あら? それはいいところを見せたい誰かさんがいるからなんじゃない?」
「言っとくが、その手のからかいは利かないぞ。あいつの場合は本気で動くのが好き説が有力だし」
「あら残念」
如月と共に肩を竦めつつ。
マジで運動神経が凄い奴らには敵わないなぁ、と苦笑した。
◇
「お疲れさん、澪」
「ん」
澪の代わりの人員を用意した俺は、盛り上がりの渦中にいた澪を連れ、テニスの待機場所にやってきた。
ふぅ、と色っぽい声を漏らしながらタオルで汗を拭う澪を直視するのは何だか申し訳なくて、代わりにテニスコートに目を遣る。二年生の試合も中盤に差し掛かり、もうすぐ俺たちの番が来そうだった。
「にしても、凄かったな。あんなにサッカー上手いなんて知らなかったぞ」
「ん……それはまぁ、一応軽く練習したし」
「あぁ、そういえばそうだったな」
「なんで知ってる風なわけ?」
「え、父さんが『澪ちゃんにサッカーボールはないかって聞かれたんだよ』って話してたからだけど」
「っ、そういうところだよね、友斗って」
どういうところがどうなのかは分からないが、これに関してはたまたま知ることができただけにすぎない。
日曜日、父さんにバスケボールを借りる旨を連絡したら教えてくれたのだ。
「ま、事前に軽く練習した程度であの動きができてたら苦労しないんだけどな」
「でしょ。凄いと思うなら、もっと褒めたたえて」
「『褒め』に『たたえる』をつけると一気に傲慢に聞こえるのは何なんだろうな……ったく。でも、本気で凄いと思った。めっちゃかっこよかったぞ」
「…………ん」
澪がそっぽを向くと、運動するとき限定のポニーテールが餡子猫の尻尾みたいに揺れた。つーっとうなじを伝う汗は綺麗で、よくできた青春のワンシーンのように映る。
俺と澪の間に置かれた水筒を手に取ると、澪はちびちびと口を付けた。
「それで思い出したけどさ、友斗」
「ん?」
「髪型、褒めてもらってないんだけど」
「は?」
思いのほかしおらしい声だったせいで、つい間抜けな反応をしてしまう。
澪はムッとしてこちらを似合うと、ポニーテールの先っぽをくるくると弄った。
「ほら……友斗、トラ子が髪切ってからの方が明らかに意識してる感じあるし。美緒ちゃんも短かったっぽいし、髪が長いのは無理なのかな、とか思ったりもして」
「お、おう……」
急にぼしょぼしょと恥じらうような声になる澪。
らしくないな、という思いと同時に、これもらしさなんだろうな、とも思えてくる。
自然と込み上げてきた笑いを飲み込んで、俺はちょっとだけ真面目な声で言った。
「そんなことねぇよ。髪が短いのも好きだけど……長いのも、好きだ。今日の髪型も似合ってる。雫と姉妹って感じがするしな」
「最後に雫に逃げるのは減点だけど、雫と姉妹感があるのは嬉しいからいいや」
「そりゃよかった。ま、気が向いたら別の髪型とかも見せてくれよ。似合うだろうし」
「っ。そのレベルの褒め言葉でときめく自分が憎い」
澪が、はぁ、と溜息交じりに呟く。
堪らずこちらも、はぁ、と溜息を零した。もちろん、いい意味で。
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