6章#09 生徒会選挙へ
「帰り、どっか寄っていかないか?」
陽が落ちてきた時間帯。
もの寂しい玄関で靴を履き替えていた俺は、先んじて履き終えた大河に提案した。
これまで、送っていくことはあれど、寄り道に誘ったことはない。どう反応されるか少し不安になりながら顔を上げると、大河は微妙な顔をしていた。
「あ、すまん。嫌だったか……?」
「い、いえ、そういうわけじゃないんですけど……少し、罪悪感が」
「罪悪感? カロリー的な?」
「……百瀬先輩は少しデリカシーを学ぶべきかと具申します」
「具申って単語を日常会話で使う奴初めて見たわ。却って皮肉っぽく聞こえるな」
「『っぽく』じゃなくて、事実ですよ」
「分かってるっつーの」
上履きをロッカーにしまうと、かたーん、と軽い金属音がした。
その場を立ち上がり、つま先でとんとんと地面を蹴って靴を整える。
「大河の体型ならカロリーを気にする必要はない気もするけど……ま、気にするなら、コンビニとかでなんか買おうぜ。ヘルシーなの選べば問題ないだろ」
「っ」
「大河?」
一瞬大河の表情が翳る。が、すぐに笑顔を繕った。
「ごめんなさい。そうですよね。どこかで落ち着いて話した方がいいでしょうし……コンビニ、寄りましょうか」
「了解」
この辺りには幾らでも公園がある。東京の隅っこだけあって、都会感が薄いからな(唐突な地元ディス)。
コンビニで買ってどこかでゆっくりするにしても、さほど場所に困らないだろう。
大河と一緒に玄関から出ると、朝方よりも空気が冷えていた。
あとどれほど経てば、人肌が恋しい季節がやってくるのだろう。そのとき俺は、誰かの傍にいられるだろうか。
なんとなくそう浸ってしまったのは、大河の金髪が、夕陽でよく映えていたからだと思う。
◇
最寄りのコンビニでそれぞれパックの飲み物を買い、俺たちは近くの公園のベンチに腰かけていた。
時代が時代だからか、それとも時間が遅いだけなのか。公園には俺たち以外に人がいない。使ってくれるのを待つ鉄棒も、ブランコも、シーソーも、滑り台だってムスッとしている。
「小さい頃さ」
すぐに本題に入るのは躊躇われて、俺は無関係なことを口走る。
大河はコーヒー牛乳をストローで吸いながら、続きを待ってくれた。自分でもくだらないって思う話だけれど、それでもいいか、とそのまま口にする。
「滑り台とかブランコとか、そういう遊具に憧れてたんだよな」
「憧れ、ですか」
「あぁ。他の遊具よりもシンプルだし、人気だろ? だから他の子が並んでて、俺は遠慮してた」
美緒は……あまり遊具で遊びたがらなかった。
だからあんまり公園に行く機会もなかったけど、時々訪れた遊具いっぱいの公園はキラキラ輝いて見えたのだ。
「特にブランコは、ここで終わり、みたいな区切りも分かりにくいから。なかなか代わってもらえなくて、諦めてた」
「……意外ですね。百瀬先輩はもっと主張する人だと思いました」
「それはそれで普段俺をどう思ってるのかが気になるな、おい。そんなに主張ばっかりしてるやかましいタイプに見える?」
「そうやってあえて被害妄想ぶるのはどうかと思います」
すぱっ、と切断するように言い切る大河。
ごもっとも。俺は肩を竦め、口を噤む。
「それで。その話には、どんな意味が?」
「ん? 今の話が何か意味のある深~い道徳的なものにでも聞こえたか?」
「別にそういうわけじゃないですけど……意味があるから言ったのかと思いました」
そっか、と呟く。
「悪いけど意味はない。ただ公園に来て、ブランコとかが空いてるなーって思って、時代は変わったなぁって考えたら、なんとなく話したくなった」
「そう、ですか」
「けどまぁ、なんだ。そこから聞き手がどう意味を取り出そうと、それは自由だよ。世の中の寓話なんて大抵がそんなもんだしな」
コンビニで買ったチョコミントドリンクを飲んで、歯磨き粉みたいな味に顔をしかめた。チョコミントってこんな味なのか……これ、美味いの?
最近の若者は分かんねぇなー、そもそもチョコミントが若者って思ってる時点で追いつけてねーよなー、と内心でぼやく。
「あの……百瀬先輩。余計な遠回りはせず、本題に入りたいです」
「あっ、そう……まぁそうだよな。それが大河だわ」
普通なら躊躇われてしまうようなことだって、大河はずばっと言い切る。その真っ直ぐさは危うくも尊いものだ。
舌の上を歯磨き粉の味でちびちび満たしてから、俺は本題に入る。
「生徒会役員選挙について、話したい。いいか?」
「……はい。あ、でもその前に一つ」
「ん?」
「さっき、百瀬先輩たちの話を盗み聞きしてしまいました。ごめんなさい」
清々しいまでのクソ真面目っぷりに、吹きだしそうになった。
唇をきゅっと引き結んで堪え、別にいい、と首を横に振る。
あの話を聞かれて困ることがあるかと言えば、そこまでではない。せいぜいあの続きを言えなかったことくらいだろう。
「こっちこそすまん。よく考えたら今まで確認してなかった」
「確認ですか」
「あぁ。大河は――生徒会長になるつもり、あるか?」
一瞬、大河は表情は歪めた。
何かを振り払うようにかぶりを振ると、大河は答える。
「私は、その……最初は、生徒会に興味があっただけでした。加入しようかも迷っていたので」
「そうだったのか。てっきり、最初からガンガンやる気だったのかと」
「違いますよ。というかそれだけ真面目なら、雫ちゃんに学級委員を譲ってません」
「それもそっか」
言われてみれば、そうだった。大河はあくまで興味があるって言ってただけ。雫経由で俺に色々聞いてきたのには、俺を見定める目的もあったのだろう。
それなのに俺が誘って、いつの間にか補佐にしてしまっていた。うわ、我ながらかなりエグイ先輩じゃね?
「あ、勘違いしないでください。補佐に誘ってもらったときは嫌ではなかったです。むしろ嬉しかったくらいですから」
「そ、そっか……嘘はつかなくていいからな? 嫌だったなら謝るし」
「私が今、嘘をついているように見えますか?」
「逆質問は、ずるいだろ」
見えるわけがない、というのが本音だ。
だって、大河はいつも一生懸命だった。一生懸命俺に質問をしてきたし、俺の教えたことを吸収していった。時雨さんが俺を弟子だと言うのなら、俺は大河を弟子って呼びたい。それくらいには、大河はひたむきだったのだ。
ならよかったですと零して、大河は続けた。
「そうなんです。百瀬先輩に補佐に誘っていただいてから、とても楽しくて。だから本当に生徒会になれたらいいな、と思っていました」
「うん」
「それで、その……百瀬先輩に、次の会長を、みたいに言ってもらえて。恥ずかしいんですけど、舞い上がってました」
「恥ずかしくはないだろ」
だって、俺は信じてやまなかった。大河が生徒会長になることを。それを、助っ人っていう意味の分かんない立ち位置のまま支えてる俺のことを。
それはどうしてなんだろうと考えたら、答えはすぐに出る。
きっと俺は――。
「はっきり言うと、俺は最近、色んな奴に言われてる。生徒会長にならないのか、みたいなのことをな」
「
「だろうな。でも俺は――生徒会長をやるつもりはない。できれば今のまま、生徒会の助っ人って立ち位置でやっていきたいんだよな。生徒会にこき使われて、俺は本当の生徒会じゃないのに、とか文句言いながら働きたい」
「なんですかそれ……」
「ほんとそれな。自分でも、馬鹿みたいだな、って思う」
けど、俺は思うのだ。
俺は生徒会長の器じゃない。たかが学校の生徒会長で何を言ってるんだって話だが、それでも、である。
「責任とか、期待とか、そういうのを背負うのは向いてないんだよ。だからそういう面倒なものを背負うのは、俺が一番信頼できる後輩に任せたい」
「――……っ」
「大河の意思を無視して言うけど。俺はお前に、今年から生徒会長になってほしい。そのための応援はするし、なった後も幾らでも手を貸す。だから――」
だから、頑張ってるところを見せてほしい。
俺は大河が頑張ってるところが、好きなんだよ。
――そう言おうとする俺よりも先に、大河は口を開いた。
「それ以上は、やめてください」
「えっ?」
「悪い意味じゃないです。もう分かったので、それ以上は言わなくていい、という意味ですから。むしろそれ以上言われてしまうと、困るので」
「別に俺は困ることを言うつもりなんてないんだけどな」
「困るかどうかを決めるのは私です。百瀬先輩に決められる筋合いはありません」
「ごもっともで」
ぴしゃりと言われてしまい、俺は苦笑した。
一方の大河は、きりっと清廉な表情を作り、こくりと肯う。
「百瀬先輩が期待してくださるなら…………私、やってみようと思います。百瀬先輩、手を貸していただけますか?」
「もちろん。端からそのつもりだったからな」
大河が何を考えているのか、まるっきり分かるわけじゃない。
僅か数歩分の距離が、今までよりむしろ遠く感じる。
どこかで俺も大河も取り繕って、すれ違っているのだろう。
人と分かり合うのはそう簡単ではない。長い付き合いである澪とすら、以心伝心には程遠いのだから。
それでもせめて、俺は。
心からの言葉で背中を押してやろう、と思った。
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