5章#37 いい写真撮るじゃん

 澪の言う通り、俺は全団体の実施内容を把握している。というか、少なくとも生徒会メンバーは全員把握しているはずだ。今回、生徒会はかなり全体を見て仕事をすることが多かったからな。


 なかには過激すぎて途中で改善を求めたときもあったが、大抵は当初の企画通りに実施されている。

 そんな様子を運営サイドの立場で監査しつつ、俺は澪と共にとある場所へと向かう。回転率の悪さも相まって、そこには行列ができていた。早めに来てよかった。あと30分遅ければ、一時間とか待たされてもおかしくなかったからな。


「悪ぃ、いきなりだけどちょっと並ぶぞ」

「ん、まぁそれはいいけど。ここって?」


 こてと首を傾げる澪。並んでいるのが女性客ばかりなことを不思議に思っているのだろう。疑念の色が見え隠れする眼差しに肩を竦め、答えを口にする。


「写真部がやってる記念撮影だな」

「あぁ、なるほど……それだけ?」

「それだけって」


 澪の言葉を反芻し、苦笑する。

 が、言いたいことは分かる。記念撮影なんてスマホで自撮りすればいいだけのこと。わざわざ並んでまで撮るのか?と疑問に思うのは当然だ。


「それだけと言えば、実際それだけなんだけど……うちの写真部って、マジで本格的なんだよ。数年に一度、プロになった卒業生が指導しに来たりするくらいで」

「ふぅん。だから人が多いわけか」

「そゆこと。なんでも、ここで撮ってもらうと五割増しで美人になるらしい」

「それは誇大広告がすぎると思うんだけど」


 澪が顔をしかめる。

 ま、別にこれは本人たちが言っているわけじゃない。あくまで口コミだ。最近は口コミなら何でも言っていい節があるからな。ネットショッピングサイトのレビューとか、意味分からんくらい理不尽なのとかあるし。俺が推してる作品がめちゃくちゃに叩かれてるのを見てからは、サイトのレビューは参考にしないことにした。


 と、そんなことはどうでもよくて。

 真面目な話、五割とはいかなくとも三割増しくらいで美人になるとは思う。


「ま、いいけど。百瀬とのツーショットって、今まで撮ったことなかったしね」

「だなぁ……中学校のときとか、一緒にいる機会ほとんどなかったし」

「いても写真は嫌がってたしね、百瀬」

「うっせ。中学生男子なんて大抵がそんなもんなんだよ」


 何となく、今を切り取られるのがくすぐったくて。

 どんな顔でいればいいのかが分からなくて、写真を撮られたくないって思う時期が、きっと誰にでもある。

 今の俺がその時期を脱したかは定かではないけれど、今日の俺は、澪との写真が欲しかった。


 腐れ縁の元セフレとして、同中のぼっち仲間として、兄妹として、クラスメイトとして、そして友達として。

 そういう『として』を全部捨てた果てにある、言葉にできない関係で。


 俺と澪を、残してほしいって思ったんだ。


「ぶっちゃけると、客側がOKを出したら撮ってもらった写真を展示してもらえるらしいからそれ目的なんだけどな。一応宣伝で回ってるわけだし」

「…………チッ」

「そのめちゃくちゃクリティカルヒットしそうな舌打ちやめてもらっていいですかねぇ?」

「別に、舌打ちなんてしてないし。写真撮りたいって言ってやめればいいのに余計な照れ隠しもどきをするのが最低だとか思ってないし」

「あ、はい、マジすみません」


 照れ隠しくらい許してほしい。つーか、せめてもどきって言わないでほしい。照れ隠しにすらなってないとか、そういう事実を突きつけられたら情けなくなるから。

 げふん、とわざとらしく咳払いを一つ。

 それからこの後の予定を話したり黙り込んだりしていると、俺たちの番が回ってきた。


「あっ、百瀬パイセンじゃないっすか! お勤めご苦労様っす!」


 出迎えてくれたのは、写真部の一年生。

 準備にあたって色々とアドバイスに乗っていたこともあり、それなりに懐かれたのだ。


「その言い方は変な感じになるからやめろ」

「了解っす! それで……今日は彼女さ――すんません、なんでもないっす」

「ああ、賢明な判断だ」


 からかい半分のトークを挟もうとしていた後輩は、澪の眼光に怯えて口を噤んだ。

 しゅんとなったそいつに代わり、他の写真部員が案内してくれる。


「えっと、すみません。どんな写真を撮りたいとかありますか?」

「どんな感じ……?」

「はい。用途やイメージによって、どんな風に撮るかが変わるので」

「へぇ」


 感心した風に澪が声を漏らす。

 それから顎に手を添えてふっと俯き、一考した。


「百瀬はどんなのがいいとかある?」

「んー……任せる。宣伝になりそうな感じでさえあればなんでも」

「うわっ、最悪の注文……宣伝とか言われても、よく分かんないし」


 心底嫌そうな顔をされてしまう。

 だよね、俺も自分で言ってよく分からないもん。どうしたもんかなぁ、と思っていると、すすすっと忍の如く写真部員が近寄ってくる。


「宣伝というのは、ミスコンの方でしょうか? それともミュージカルの……?」

「えっ、あー。どっちにもなればいいな、って。写真飾ってもらえるんだろ?」

「そうですね。なるほど、分かりました。そういうことでしたら……お姫様だっこなどは如何でしょうか?」

「「は?」」


 俺と澪の声が被った。当然だ。

 忍者っぽい雰囲気のくせして(関係ない)、とんでもない提案をしてこなかったか?


「えっと、今なんて――」

「お姫様だっこです。『白雪姫』を題材にするんですよね? 僕も見に行こうって思ってたので、知ってますよ」

「あ、それはありがとう――って、そうじゃなくて。確かに姫だけど、お姫様だっこは……なぁ?」


 NGな理由は二つある。

 第一に、ミスコン出場者がお姫様だっこされているとなれば、匂わせ写真感が出てマイナスになりかねないこと。たかがミスコンにガチ恋勢がいるとは思わんが、わざわざ火種を作ることもあるまい。


 第二に、そもそも澪は嫌がるに決まっている。昨日は二人でホテルに泊まったが、それは俺があの場で過ちを犯す奴じゃないという信頼があったからこその行動であって、俺への好意の証左にはなりえない。


 と、思ったのだが――


「ん……別にいいんじゃない? 百瀬の顔は写真から見切れるようにするなり、黒子っぽくするなりすればいいし」


 澪は意外と乗り気だった。

 写真部員も、こくこく、と頷いている。なるほどな。まぁ元より俺とのツーショットを撮る以上、何かしらの編集はお願いしようと思っていた。

 澪がいいなら、別に…………。


 ちょびっとだけもにょりつつ、分かった、と肯った。


「ではそういうことでよろしくお願いします。あちらへどうぞ」

「お、おう」「うん」


 撮影場所に移動すると、澪をお姫様だっこするように言われる。

 ん、と澪が体を預けるように声を漏らす。不意に衝突した視線がむず痒くて、喉の奥だけで声を出した。


「あの、できれば急いでいただけると……」

「悪い。すぐやる」


 ここが人気なのは、こうして客一人一人のニーズに答えようと真摯に向き合っているからなのだと思う。だからと言って、いつまでもウダウダしているのは他の客に迷惑だ。

 覚悟を決めて、俺は澪の太腿と腰に手を添え、ぐっと持ち上げた。


 行為をシているときほど一つになっている感覚はなくて、あくまで俺と澪は別個。

 それでも明確に分裂しているようにも思えない、一人と半人分くらいの重力を感じた。

 澪が俺の首元に腕を回すと、顔と顔との距離が一気に近づいた。


「「…………」」

「はい、じゃあ撮ります。行きますよー」


 写真部員の声に反応し、澪は咄嗟に仮面を着けた。

 手下にお姫様だっこをさせている暴虐の姫、って感じの表情。

 はいチーズ、という掛け声の前後を区切るみたいに、かしゃ、とシャッター音が鳴った。


 まぁどうせ、俺の顔は編集で消すわけだし。

 そんな風に思った俺は、にへらっ、と思うままに笑う。


「はい、お疲れ様でした。写真を現像しますので、あちらでお待ちいただけますか?」


 澪と二人で頷き、言われるがままに移動する。

 写真の使用許可とかの書類を書いて時間を潰すと、五分ほどで写真が現像された。


 最初に出迎えてくれた後輩が、にかっと快活に笑いながら渡してくれる。


「いい写真っすね、お二人とも。俺はお似合いだと思うっすよ」

「えっ……あれ。なぁ俺の顔が編集されてないんだが――」

「百瀬、ばかなの? 編集するのは展示用だけに決まってるじゃん」

「へっ?」


 現像された二枚のうち、自分の分を手に取った澪が言う。

 その写真には、俺と澪がきちんと映っていた。編集なんて一切されてない、正真正銘こっぱずかしいだけの写真。


「ていうか、ツーショット撮るって話してたの、忘れたわけ?」

「いや忘れたわけじゃないけど……」

「ならいいじゃん。駄々こねてないで、早く行くよ。雫たちのお店、行けなかったらどうするの?」


 視線で咎めてくる澪。

 別に駄々をこねてるわけじゃないんだが……ここで何を言ってもしょうがないのは理解したので、素直に受け取って部屋を出る。


「手」

「え、あぁ」


 写真を持っていない方の手で、澪は俺のブレザーの袖を摘まむ。

 急だったせいもあり、澪と俺の指先がぶつかってしまう。

 あれ……?


「綾辻。熱とか、あったりしないよな……?」

「っ。うっさい。思ったことは何でも口にしないと気が済まないわけ?」


 睨んでいるつもりであろうその目は、けれどきゅっと目尻が垂れていて。

 だから気付く。

 なんだよ、澪もやっぱり恥ずかしいんじゃん。恥ずかしくても、この青春って感じのツーショットを受け取ってくれたんじゃん。


「くはっ、はははっ」

「なに、急に笑って。怖いんだけど」

「ごめんごめん。よく撮れてるなって思ってさ」


 ひらひらと写真を見せて言うと、澪は窓の外を見た。

 今日は明るいから、ガラスは鏡の代わりにはならない。けれども、どんな顔をしているのかを見る必要は、やっぱり、なかった。

 そんなことせずとも、分かるから。


「確かに。いい写真撮るじゃん、うちの写真部」


 だな。

 口にしたのか、心の中で思っただけなのかは分からないけれど、この相槌は澪に伝わっているだろうと確信できた。

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