5章#36 文化祭デート
文化祭は開会式から絶好調だった。
より正しく言えば、開会式からフルスロットルだった。
時雨さんが太いパイプを持つ軽音部のオープニングパフォーマンスは、なんと時雨さん本人も歌うという演出によって一気にボルテージを上げて。
その後も時雨さんが巧みに話し、盛り上がりを失くさぬまま必要なことを説明して。
最後の最後に、最優秀団体賞への景品――焼肉無料券――が発表され、興奮が絶頂に達した。
最優秀団体賞の景品は例年微妙に異なる。俺や大河、そのほか生徒会のメンバーだけは景品が何か知っていたものの、情報が漏れることはなかった。それが功を奏し、どの団体もメラメラと燃えている。
こういうとこ、うちの学校は太っ腹だ。学校としても盛り上がることは嬉しいらしいし、PTAや同窓会などもちょいちょいお金を出してくれてるっぽいからな。
「そーゆうわけで! みんな、焼肉行きたいよね!?」
「もち! たまにはめっちゃ食べたい!」
「だよなぁ!? これは絶対勝つしかないだろ!」
と、そんなわけで。
我が二年A組もこれまでにないほど心が一つになっていた。焼肉だけでこんなになる……?と言いたくもなるが、その辺りは完全にノリだろう。
開会式の片付けがあったために一足遅れて教室に戻ってきたときには、既にこんな感じだった。昨晩からのテンションが続いているのかもしれない。うっわ、疎外感やべぇ……。
せめて仲間を、と澪に目を向ける。
が、澪はしれっと伊藤の隣で楽しそうにしていた。そういうときに仮面を上手く利用するのはズルいんだよなぁ……。
「よーし! じゃあみんな、午前中は宣伝しまくるよー!」
「「「「おう!」」」」
一致団結したクラスメイトたちは、それぞれに動き始める。
気合は入りまくっているが、俺たちの出番は今日の午後だ。明日は丸一日文化祭を回るとして、今日の午前中は宣伝に力を入れることになっている。
さて俺はどうしようか、と思っていると、伊藤が澪を連れてこちらまでやってきた。
その顔はどこか怒っているように見えて……まぁそりゃそうっすよね。俺は昨日のこと謝ってないし。
「あーっと。伊藤、昨日はマジで悪かっ――」
「謝んなくていいよ、百瀬くん。もうその話はみおちーとしたし、百瀬くんを責めようとか誰も思ってないから」
「え、あ、あぁ……そっか」
てか、『みおちー』ってのは、澪のあだ名か? 急に仲良くなりすぎじゃね? 苦笑交じりに澪に目を向けると、ぎりりと睨み返された。このことに触れるのはタブーっぽい。
肩を竦め、了解、と肯う。伊藤の言葉にも、澪の視線にも。
「で、説教じゃないなら俺に何の用だ? なんか問題が起こったとか?」
「んーん、違う違う。みおちーと百瀬くんの二人で宣伝しに行ってくれないかな、って。そーゆう話」
「ほーん……ん? 俺と綾辻の二人で?」
「そーそー」
伊藤は当然のようにこくこくと首を縦に振る。
ほぅ、と溜息をついた澪が補足するように言った。
「私が白雪姫で百瀬が王子でしょ。だからこの二人でやりますって宣伝をしたいんだって」
「それと、みおちーが変な人に囲まれたときのための護衛ね! 普通に二人で回って、ちょいちょいミュージカルやりますよって宣伝してくれたらオッケー。ほんとは衣装着て回るのが一番なんだけど、流石にそれは不安要素多いしね」
「なるほど」
うちと演劇部の『白雪姫』対決は、既に広く知られている。なんならパンフレットやSNSにも対立しているっぽく掲載されている。
ミスコンで澪が目立っていることもあり、綾辻澪VS入江恵海みたいな構造も浸透しているはずだ。澪が文化祭を回るだけでも宣伝になると言えるかもしれない。
ただ……なんというか。
澪とはもちろん文化祭を回りたいと思っていたが、伊藤から言われるとは思いもしなかった。何しろ、伊藤にはあの場の流れとはいえ、一昨日告白されたばっかりなわけだし。
つい訝しむように伊藤を見てしまうと、僅かにムッとされた。
「なにかな、脚本家クン。舞台監督に逆らうなら容赦しないよ?」
「ぷふっ……だな。そりゃ悪かった。総責任者の俺の方が偉いじゃんって思うけど黙って従うよ」
くだらないことを気にしたな、と反省する。
吹っ切れたから恋愛対象として見るな、と言われてたじゃないか。もう俺たちは友達だし、それ以上ではない。
「じゃあ行くか、白雪姫。上手くできるかは分からんけどエスコートしてやるよ」
にっと笑って手を差し出す。
すると、澪は伊藤と見合って渋い顔をした。
「百瀬。別にそういうの求めてないし、普通に似合ってないから」
「あ、そうっすか……うす」
おいこら伊藤、けらけら笑ってんじゃねぇ!
謎のノリに巻き込まれた自分が馬鹿馬鹿しくなって、俺はぷふぁぁと息を吐き出した。
「ほら行くぞ、綾辻。こっちはこっちで学級委員としてパトロールもしなくちゃいけないんだから」
「そうやって都合が悪くなると仕事を引き合いに出すの、ダサいよ」
「マジレスはやめて!」
まぁそれはそれとして、パトロールを兼ねなくちゃいけないのは事実なので。
俺は『文化祭運営』と書かれた腕章をブレザーの上から着け、教室を出た。
◇
「で、どこ行く?」
廊下に出て、ひとまずテキトーに歩きながら尋ねる。
澪は、にぃぃ、と意地悪く口角をつりあげた。
「エスコートしてくれるんじゃなかったの?」
「っ、あのなぁ……! そうやって今さっきできたばっかりの傷にレモンごと塗りこむような真似して楽しいかっ!?」
「百瀬相手なら最高に楽しいけど?」
「俺のこと嫌いすぎない!?」
「…………――」
澪が何かをもごもごと言うが、雑踏に紛れて聞き取ることができない。まぁ別に中身がある会話じゃないし、さほど気にする必要はないだろうけれど。
こほん、と咳払いをしてから澪が言ってくる。
「なんか、人多い」
「だなぁ……けど、ここからもっと増えるからな。覚悟しとけよ」
「言われなくとも」
言いながら、澪は手を差し出してくる。ただし小指だけを立てた状態で。
なにやってんだ? うざいマイクの持ち方の練習?
意図を汲みかねていると、チッ、と歯痒そうな舌打ちが聞こえた。それからモードを切り替えるように、んんっ、と喉の調子を整えて、大仰な劇チックに言う。
「手を繋いでいただけますか、王子様?」
どう見ても、それが演技でおふざけだって分かる。
分かるのに……心臓は、どくどくと動いてしまった。堪らず俺は、
「それで何故に小指だけ?」
とツッコんで誤魔化した。
「がっつり手を繋ぐのは目立つし、なんか違うな、って」
「小指だけ俺が握る方がよっぽど違くないですかねぇ」
「いいじゃん。百瀬が縋って、私が恵みを与えているっぽくて」
「昨日あんだけ奉仕してやった俺に対して酷い仕打ち!」
ぷふっ、と吹きだした澪は、流石に冗談、とけらけら笑いながら言った。
それから、ちょこんと俺のブレザーの裾を摘まむ。
「……まだ、ちょっと湿ってる」
「誰かさんを探すために雨の中駆けまわって、誰かさんのせいで干すために家に帰れなかったからな」
「ふぅん」
どこか嬉しそうに、くすくすと肩を震わせて。
まるでお母さんに内緒でお菓子を食べる兄妹みたいに、澪は言った。
「なら私が体温で温めて、乾かしといてあげるから。早くエスコートしてよ。どうせ全団体の実施内容覚えてるんでしょ?」
「……っ。分かったよ」
人が多いからはぐれないように、なんて。
そんな理由が包み隠す本音の色は、俺の見ている鏡には映ってくれないけれど。
今はまだ、しまったままでいいと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます