5章#08 生徒会

 文出会の翌日。

 流石に今日から丸一日作業する必要はないため、俺たち二年A組は昼頃に教室に集合することになっている。

 が、その前に俺は生徒会の仕事にあたっていた。


「そういえば。百瀬くんって生徒会に入る気はないの?」


 せっせと処理すべき資料を埋めていると、如月が不意に尋ねてきた。

 時雨さんと大河以外のメンツは午前中にクラスの仕事をやるらしく、その時雨さんと大河も今は野暮用で外に出ている。

 そんなわけで生徒会室には俺と如月しかいないため、外行き擬態モードではなかった。

 よく考えたら、擬態モードでもそうでなくとも、如月が話しかけてくるのは珍しい。俺は目を丸くしながら返事をした。


「ん……どした、急に。俺は見ての通り美少女じゃないぞ」

「ひどい! 百瀬くんは私を何だと思ってるのぉ!?」

「美少女と彼氏にしか興味がない変態」

「酷くない?! 泣くわよ? 泣いた挙句、晴彦に報告するわよ?」

「八雲に報告するのはやめろ。へそ曲げられかねない」


 八雲はヤキモチ焼きみたいな話を以前にしていた覚えがある。流石に二人っきりで仕事している程度で嫉妬するほど器の小さい奴だとは思わんが、あいつとは折角友達になれたからな。拗らせたくはない。


 冗談よ、と笑ってから、如月は少し真剣な口調に戻して言う。


「百瀬くんのせいでふざけた感じになっちゃったけれど……今のは結構本気の質問よ? これだけ優秀なら生徒会入ればいいのに、って」

「…………ミスコン関連でなんか狙ってんのか?」

「私への信頼のなさに泣きたくなってきたけど、まぁそれはさておいて。どうなの?」


 俺を褒めてくるから妙だと思ったが、別に何か企んでいるわけでもないらしい。

 ならなんでこんな質問を……?

 そう思いかけて、俺は苦笑する。つい先日、綾辻に言ったばかりじゃないか。この程度は日常会話の範疇だ。


 ならば、と少し真面目に考えて答える。


「どうなの、って言われてもな。これでも一応、去年から立候補しようとしたぞ」

「うそ。知らなかった」

「言ってないからな。つーか、言ったら気まずいだろ」


 選挙で勝って役員になった者と、立候補すらできずに助っ人として参加してる者。

 今でこそこうして話せるが、一緒に働き始めた頃には絶対に話せなかった。俺が惨めになるし、如月たちが何を思うかも分からないからな。


「ただまぁ、なんだ。推薦人が集まらないだろう、って思ったからな。素直に諦めて終わり。今は……時雨さんに頼まれたし、人も少ないしでズルズルと、な」


 へぇ、と如月が納得したような相槌を打つ。


「じゃあ今年は立候補するつもり? 例えば、そうね。会長とか」

「話聞いてたか? 推薦人が集まらないって――」

「それは去年の話でしょう? 今年はそうじゃないと思うのだけれど」


 珍しく芯の通った言葉に、ぐっと言葉が詰まる。

 今年はそうじゃない、か。

 何言ってるんだよ、と笑い飛ばせればよかった。でも自虐ネタの延長線上でそんな風に考えてしまうのは、今の自分の周りにいてくれる人に対して不誠実なように思える。


「晴彦とか、そうじゃなくてもクラスの子や学級委員の誰かとか。きっと推薦人になってくれるし、百瀬くんの知名度も上がっていると私は思うのだけれど」

「それは……そう、かもな」

「でしょう? ――って、あれ。百瀬くん? なんだか顔が赤い気がするけれど。もしかして私にキュンキュンしちゃった?」

「あ、すんません。それは120%ないんで冗談でも口にしないでください」

「それはそれで酷くない!?」


 如月のツッコミに笑いつつ、俺はこっそり心の中で呟く。

 赤くなんてなってるわけないだろ?

 改めて色んな人に囲まれてるって思ったら嬉しさとか照れ臭さとかが湧いてきた、なんて。そんなくっだらない理由で赤くなってたら、俺が馬鹿みたいじゃんか。


「ふふっ。このことは大河ちゃんに――」

「絶対報告すんなよ! いよいよ俺が終わるからなっ!?」



 ◇



「――って感じで、一応昨日クラスラインに投げた感じのストーリーで考えてるんだけど。どう?」


 昼頃になり、俺は二年A組のミュージカル『百面相の白雪姫』の準備に取り掛かっていた。

 生徒会室から去るときに如月がニヤニヤしていたのは非常に業腹だったが、それはさっき八雲を小突いて発散したため、今はこちらに集中する。


 教室には八割ほどのクラスメイトがやってきている。

 夏休み中なので全員参加ってわけにはいかないが、事前にクラスラインに投下したプロットには全員分の既読がついているので、別に無関心というわけではないだろう。あくまで都合がつかなかっただけだ。


 クラスメイト用に準備したプロットには、概ねのストーリーが書かれている。一応結末まで書いているので、あとはもう台詞や演出などを詰めれば完成するはずだ。

 そんなわけで脚本家としてストーリーについては全面的に委ねられている立場の俺としては、クラスメイトの反応が怖かったりする。一つひとつ説明し終えた俺は、恐る恐る全体を見渡した。


 ぱちぱち、と意外そうにこちらを見つめている人が何人か。

 その他、スマホでプロットを見ている人や改めて紙に印刷したものを読んでいる人なんかもいる。


 まずは自分が、とばかりに声をあげたのは八雲だった。


「いやー、すげーな友斗! こんな脚本になるとは思ってなかったわ」

「悪ぃ。ちょっとシリアスに寄せすぎたよな」

「あ、まぁそれはそーかもだけど! でも別に重すぎて辛いって感じでもないし、純粋にめっちゃ面白かった。俺あんまり本読まねーけど、これは好きだし」

「そっか……それはよかった」


 八雲の感想に、俺はほっと胸を撫で下ろす。

 まぁたかがプロットと本を比べてもしょうがないし、脚本や台本として読むのとではまた感じ方が変わっては来るだろう。

 それでもこの時点で好意的な反応が得られたのは素直に嬉しい。


「だよねー。ウチもこれ、けっこー好き。なんか百瀬くんっぽいし」

「この脚本書いて俺っぽいって言われるのは複雑なんだが?」

「確かにー! けど褒めてるからだいじょーぶ」

「褒めてるように聞こえないんだが」


 言うと、伊藤の曖昧な笑顔が返ってくる。それ微妙に不安になるし心にクるので、やめていただけないでしょうか……? そんな俺の心の中の呟きが届くわけもなく、彼女は代わりにまた別の感想を口にした。


「それはそれとしてちょっと意外って感じもするよねー」

「あ、それは思った! なんか綾辻さんっぽくないかなって感じはする」

「確かに。俺もそれは思ったかも」

「僕も、もっと純愛な感じのお話がくるかと思ってた」


 伊藤の言葉を口火に、クラスメイトたちがそれぞれの感想を言い始める。

 少し不安になっていると、あっ、と慌てた風に伊藤が付け加えた。


「言っとくけど、これが嫌ってわけじゃないからね。むしろめっちゃいいし、これ以外やりたくないって感じ。ただそれとは別に、百瀬くんには綾辻さんがどう見えてるんだろうなーって思っただけ」

「そうそう」

「マネージャー視点だとこう変わるんだなって感じだよな」

「それ!」


 一部の男子は、まだ俺を綾辻のマネージャーとして捉えているようだ。あんまりそういうこと言うと綾辻の視線が怖いからやめてほしいんだが、それはさておいて。

 っていうか、と伊藤が綾辻に尋ねた。


「これって綾辻さんの負担がめちゃくちゃ大きい気がするけど、だいじょーぶ? もしあれなら、演出で上手く工夫してみるけど」

「えっ、あぁ私? うーん……」


 クラスメイトたちの視線が自分に集まっていることに気付くと、綾辻はふんありとダンデライオンみたいに微笑んだ。


「私は……分かんないけど、大丈夫じゃないかな。ちょっと難しそうだから百瀬には色々言いたいけどね」

「それ!」


 綾辻が冗談めかして言うと、どっと笑いが起こった。

 俺は肩を竦めつつ、こほん、と咳払いをする。


「綾辻ならできるって思ったんだよ。……で、ストーリーはこの方向性で確定ってことでいいか?」

「んー。ウチはいいと思うけど、みんなは?」


 伊藤がクラスメイトたちに視線を向けると、それぞれ頷いたり拍手をしたり様々な反応を見せる。

 色々と思うところはあるが、少なくともストーリー自体に文句はないらしい。


「じゃ、そーゆーことで。脚本も早めによろしくね。できれば二、三日に」

「…………ガンバリマス」


 なんか楽しいなぁ、と口の中だけで呟いた。

 それはそれとして脚本二、三日中ってのはきつくないですかね? いや頑張りますけどね?

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