4章#05 明日、ボクに付き合うこと

 SIDE:友斗


「そんなわけでぇ、今日で一学期は終わり。夏休みと言えば海にプールに夏祭りに、たくさん楽しいことがあるけれどぉ、遊びすぎちゃ駄目よ~」


 そんな風にお決まりの担任の話を以て、一学期は終わりを迎えた。海とプールは同じじゃね、と思ったんだけど、どうなんだろう。

 窓からはギラギラと太陽が照りつけていて、窓際にいなくても暑さを感じてしょうがない。冷房が完備されてはいるものの、首元や脇などにはじんわりと汗が溜まっている。アイスでも食べたい気分だ。


「なぁ友斗~! 成績どーだった?」

「むしろそれはこっちの台詞なんだが。補習とかにならなかったか?」

「俺ってそんなに信用ない……?」

「いやまぁ。テストでギリ赤点回避しても提出物とかで補習組になるってことも、たまにあるし」


 にかっと快活に声をかけてくるのは、言わずもがな八雲である。

 半袖シャツから覗く腕はなかなか筋肉のつきがよく、ややチャラい眼鏡とのギャップが実に素晴らしい。俺はその手のゲームを嗜まないが、乙女ゲーに登場して然るべきキャラだと思う。

 まぁ八雲は、彼女がいるわけなのだけど。

 それなのにコスプレ喫茶だなんだと騒いでるあたり、八雲の彼女如月の意思を感じずにはいられないよな。


 そんなことを考えていると、八雲は誇らしげに一枚の紙を差し出してきた。

 そこには、一学期成績表、の文字が。

 話の流れで聞いただけなのだが、見せてくれるらしい。


「ほーん……提出物とかはちゃんとやってるんだな」

「まーな。褒めてもいいぜ?」

「いや褒めろと言われてもな……俺、隣の席でお前が友達の課題写してるとこ見てたし」


 ジト目で言うと、八雲は下手くそな口笛と共にそっぽを向いた。

 なぜそんな古典的な誤魔化し方を……大体、隣の席なんだから隠せてるわけないだろ。俺にも何度か頼んできたし。


 ばつが悪くなったのか、八雲は、こほん、と咳払いをして話の矛先を変えた。


「で? そーいう友斗はどうなんだよ」

「どうって言われてもな……テストからお察しの通りだ」

「ってことはもしかしてオール5!? 何それ、めっちゃ見てみたい!」


 パァ、と八雲が目を輝かせる。うちの学校に入れてる時点で中学校の頃は八雲もそれなりに成績優秀者だったと思うんだがな……苦笑しつつも、さっき担任から受け取った成績表を渡した。


「おお! すげぇ、初めて見た! 本当にいるんだな、オール5って」

「俺の場合、今年が初めてだけどな」

「そーなん?」

「去年はほら。芸術科目があったし」

「あー……歌な」

「ご明察」


 実技科目って、本当に理不尽だからな。真面目で意欲的に授業に取り組めば3はギリ取れるけど、4以上を取るのは本当にキツイ

 うちの学校の場合、一年生は美術と音楽が必修なので残念ながら去年は音楽で3を取ってしまった。美術は何だかんだ5取れたんだけどな。


「あ、じゃあ逆に綾辻さんは一年の頃からオール5なのか」

「ん? ああ、いや違うぞ。綾辻は絵がからっきしだから。そっちで3取ってたはずだ」

「マジで? なんか意外だわ」


 目を見開いて八雲が驚く。

 まぁ綾辻がネット界隈で言うところのに見えるかって言うと、そうじゃないもんな。俺も中学校の頃は、しれっとコンクールに出るレベルの絵を描きそうだな、とか思ってた。


 ……蓋を開けてみれば、棒人間すらなんかバランスが気持ち悪い、圧倒的な画伯だったわけだが。


「そういうところを知られたら、更に人気が出そうだよな。流石はうちの看板女優」

「演技なんて一切してないのに看板女優とか言われてもなぁ……」


 と言いつつも、八雲の言葉には同意する。

 今の綾辻は、誰から見ても本当に底知れない存在だ。雫が入学してきたことで印象が変わり好きになる奴が増えたように、新しい一面が垣間見ることで魅了される奴は多いだろう。


 他でもない、俺自身がそうなのだから。


 あっ、と八雲は何かを思い出したように口を開いた。


「そーいや、一学期末の『可愛い子ランキング』の結果が出たんだよ」

「…………またやってんのか」

「そりゃ卒業まではやり続けるつもりだぜ。彼女も喜ぶし」


 むしろ如月が一番喜んでるんだよなぁ、とは言わないでおこう。

 男子が楽しんでるんならそれでいい。俺がグループに入れていないことを根に持ったりしてないよ? ほんとだよ?


「で、結果だけど。ぶっちゃけこの前とほとんど変動がなかったんだよな」

「へぇ……まぁ、そう簡単に順位が動くものでもないだろ」

「そう言われればそーなんだけど、そうじゃなくてさ。凄いと思わねーか?」

「なにが?」


 俺が目を細めると八雲は、分かってねーな、とでも言いたそうな顔をした。すげぇ腹立ち名、その顔。

 はてと首を傾げるが、答えは出てこない。

 八雲は、ご満悦な表情で答えを明かした。


「だってよ。入江先輩って体育祭であんだけ目立ってたんだぜ? 応援団長やって、確実に人気獲得してたし。それと並ぶってすげぇよ」

「あー……そういうことか」

「そうそう。まぁ、綾辻さんの場合は競技の方で目立ってたってのはあるけど」


 確かに、言われてみれば凄いことなのかもしれない。

 実際、入江恵海の学ラン姿は凄かった。時雨さんにも負けない華やかさで、まさにツートップって感じだったし。まあ、綾辻も学ランを着てはいたが。


 何となく綾辻の方を見遣ると、怪訝そうな顔で何かを見ている。

 はて、何があったのだろうか。

 気になりはするが、今ここで声をかけるのも角が立つ。この後に用事もあるし、帰ってから聞けばいいだろう。


「まぁなんでもいいけど、程々にしておけよ? 本人にバレたら絶対怒られるからな」

「おう。そこはばっちりガードしてあるから安心していいぜ」

「ならいい。俺はそろそろ行くわ」


 時計をチラ見してから言う。俺と同じ用事がある如月と通じてることもあり、八雲はすぐに、あぁ、と納得してくれた。


「生徒会か。頑張れよ~」

「ま、そこそこにな」


 荷物をバッグに詰め込んで肩にかけると、八雲が、


「そういえばさ」


 と何かを言おうとした。


 まだ長い付き合いではないけれど。

 八雲が分かりやすいせいか、それともあえて察せるような態度を取っているのか。

 俺には八雲が何を言おうとしているのか分かってしまう。


「悪ぃ。急いでるからまた今度で頼む」

「……何かあったのか?」

「そりゃ七夕フェスがあったんだしな。夏休みは基本は休みでって方針だから、今日までに処理をしなきゃいけないんだよ」

「い、いや。そっちじゃなくて」


 何かを言おうとする八雲に、俺は作り笑った。


「それ以外じゃ何にもねぇよ。じゃあまたな」

「…………そっ、か。またな」


 或いは、と思う。

 如月に何かを聞いたのかもしれない。

 だとすれば申し訳ない。二人にはいつまでも、どこまでも、シリアスなんて介在しないハッピーな日々を送ってほしいから。



 ◇



「あの――」

「バックデータがファイルに入ってるからそれを見て処理しろ。ファイル名は『事後処理04』な」

「……はい」


 かたかた、かたかた。


「百瀬せん――」

「そこはこの書類からの転記な。サーバーに同じ書式のファイルをあげといたから、今年からは紙じゃなくてデータに移行してくれ」

「……はい」


 するする、するする。

 かち、かたかたかた――。


「あの、コー――」

「さっき自販機で買ってきたからいい。気、遣わなくていいぞ」

「……っ」


 ふるふるふるふる。

 そんなオノマトペが飛び出しそうなほどに肩を震わせ、こちらを睨んできている少女が隣に一人。

 でもそちらを向いてしまえば大切なものが焼き切れてしまう気がするから、俺は自分の作業に集中するように努める。


 すっかり空になった缶コーヒーが、まだたっぷり入っているようなフリをして飲みながら。


 けれども七夕フェスの事後処理はそれほど大変ではなくて。

 夏休み前にすべき仕事は限られていて。

 あっさりと仕事は片付いてしまった。


「ねぇ時雨さん。俺の分の仕事は終わったし、もう帰っちゃダメかな」


 髪を掻きながら言うと、時雨さんは渋い顔をした。


「何か用事があるなら考えるけど……そういうわけじゃ、ないんだよね?」

「一応そうだけど。人を待たせてるし、早く帰れるに越したことはないんだよ」

「ふぅん。嘘ではないみたいだね」


 あぁ、そうだよ。

 嘘をついてはいない。本当のことは、口にするまでもないから。


「けどダメ。キミの仕事は、キミの分の仕事を終わらせることだけじゃないでしょ。監督責任を果たしなさい」

「……ッ」


 それが何を意味しているのかは言うまでもない。

 俺だって時雨さんの言う通りにできるならそうしたい。上司と部下として、大河と関われたなら……。

 けどそんなこと、大河は許さない。

 真っ直ぐで優しくて正しい女の子は、俺を見逃してはくれないんだ。


「それなら俺の上司の時雨さんが見てあげてよ。二学期になったら生徒会選挙もすぐそこなんだし、実際の会長の下についた方が有意義でしょ」

「ボクが教えられることは、キミだって大抵教えられるはずだよ。それに彼女を補佐にしようって言い出したのはキミであってボクじゃない」


 それを言われると弱る。

 口の中に苦いものが広がった。


「霧崎会長。私は大丈夫そうなので、百瀬先輩には帰っていただいてもいいんじゃないでしょうか」


 俺が項垂れるように頷かされるより先に、大河ははっきりと告げた。

 その声には隠しようがないほど色んな感情が込められてはいたけれど、一応は包み隠そうという気概が感じられる。


「はぁ……そっか。分かったよ」


 時雨さんは深い溜息をつくと、大河が入れたコーヒーに口をつけた。

 そして俺の方をチロリと睨む。


「なら今日は帰っていいけど……明日、ボクに付き合うこと。分かった?」

「ありがと……うん? えっと、明日?」

「そう、明日。詳しいことは帰ったら連絡するよ」


 逃がさないからね、と目が言っていた。

 もし断ろうものなら家にまで押しかけてくることだろう。受け入れるしかない。


「分かったよ。じゃあ……お先に。一学期はお疲れ」

「お疲れさまでした。百瀬先輩」


 こんなときでも真っ先に挨拶をしてくる大河の真面目さが、辛くて、痛くて、妬ましかった。

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