4章#03 ならやろうよ
七夕フェスが終わりを告げると、いよいよ一学期自体の終わりを実感し始める。それはうちの学校に限って言えば、文化祭へのエネルギーの胎動をひしひしと感じ始めることと同義だった。
そんなわけで週明けの月曜日。
明日に一学期終業式を控えた俺たち二年A組は、文化祭の作戦会議を始めようとしていた。
学級委員である俺と綾辻は教壇に立ち、教室全体を見渡す。
それぞれ熱量の差はあれど、文化祭には割と積極的な様子だ。誰も彼も真剣に楽しもうとしている。
「百瀬?」
「……悪い、ちゃんとやるわ」
隣で綾辻が心配そうな顔をする。
もちろん、綾辻のことをよく知る人物でもない限り読み取れないくらいにさりげないものだったが。
その声を聞いて、俺は我に返った。
正直に言えば、文化祭なんてやっている気分ではない。大河との一件は胸に棘となって刺さったままだし、それ以外にも考えなければいけないことが山ほどある。
けれども、それはあくまで俺の問題だ。
人に迷惑をかけてはいけない。
誰もが知ってる、絶対不可侵のルールだ。
……どの口がいうんだよと自嘲しながら、話を切り出した。
「ふぅ……えー、じゃあ。明日から夏休みが始まるってことで、その前に文化祭でやることを決めたいと思う」
「はい!」
「はい、そこの八雲。挙手って言ってないのに手を挙げたので罰ゲーム。バケツを持って廊下に出ていくんだ」
「厳罰すぎる!?」
ぱっ、と内輪ノリじみた笑いが湧いた。
うんうん、ノリが良いようで何より。俺もこの勢いに身を委ねてしまおう。どうせ俺は変われないのだから、開き直ってしまった方が誰にとっても幸せなはずだし。
「えー。そんなわけで、希望を募る前に一応要項を確認しておきます。俺の方でスケジュールも簡単なものを作っておいたので、参考にしてもらえると助かります」
そう言って、俺はクリアファイルから全員分の資料を取り出した。
そこには生徒会から告知されている文化祭の情報のほか、祝日や土日を計算に入れたうえで準備に関してまとめた大雑把なスケジュール表、例年賑わっている出し物の例などが記載されている。
綾辻と手分けをして配り終えると、クラスメイトたちはそれぞれ思い思いの反応をとる。どれも好意的なもののようで、ひとまずは安心だ。いきなり出しゃばりすぎてうざい、とか言われる可能性もあったしな。
「見てもらえば分かるだろうけど、今年の文化祭は9月27日、28日の二日間やることになってる。前日には泊り込みで準備OKで、28日の夕方に後夜祭がある予定」
例年、うちの文化祭は
「出し物のジャンルは自由。舞台を使ってもいいし、教室でやってもいい。もちろん食べ物を出すなら申請諸々面倒だけど、それはこっちでやるから」
「おぉー。よっ、名学級委員」
「八雲うるさい。レッドカード二枚目」
「褒めてやったのに!? しかもオーバーキルだし!」
「はいはいそうだな」
と、八雲が茶々を入れてくれたこともあり、事務的な説明を終えても堅苦しい空気にはならない。
「注意事項は一つだけ。どこかの団体と被った場合には原則、話し合いをしてどちらかが別の案を出さなきゃいけなくなる。その辺の話し合いは準備期間開始日の8月15日に担当がやることになってるから……逆に言うと、その日まではGOサインが出ない」
「要約すると、百瀬がなんとかするから大丈夫、ってこと」
「綾辻が後ろから突き刺してきた?!」
「だって事実でしょ?」
「……まぁ、そうなんだけども」
くしゃっと後ろ髪を掴み、俺は教室全体を見渡して言う。
イキってる、とか言わないでほしい。これも学級委員の責任なのだ。
「と、いうわけで。色々言ったけど基本は第一希望で通せるように頑張るから、活発な意見を出してくれるとありがたい。……じゃあ、話し合いに移りますかね」
綾辻に視線で合図をし、書記に回ってもらう。
意見がある人、と挙手を求めると、真っ先に二本の手が真っ直ぐ伸びた。
「えー。じゃあまずは八雲」
「っし! 勝ったッッ!」
「ぐぬぅぅぅぅ。負けたっ」
「いや勝ち負けとかない上に一ミリも決まってないから」
別に八雲ともう一人に優劣があるわけじゃない。単に、八雲が何を言うのかは大体察していたから先に指名しただけだ。
ドヤ顔で席を立った八雲は、すぅ、と真剣な空気を纏いながら言う。
「コスプレ喫茶で、ファイナルアンサー」
「「「「うぉぉぉぉぉぉ!」」」」
……男子、単純すぎるだろ。
絵に描いたようにコメディ調なクラスメイトたちへの好感度が一気に上がる。最近はラノベでもいないよ、こういうノリがいいクラスメイトって。
どっと湧いた男子に対して、一部の女子が軽蔑の眼差しを向けていることについては黙っておこう。中には前向きな女子もいるっぽいし。
「えっと、一応確認。コスプレ喫茶ってのはスタッフがコスプレをして、コーヒーとか食べ物とかを提供するってことでいいんだよな?」
「その通り! でもやっぱりメイド喫茶的なサービスも欲しい」
「メイド喫茶的なサービスね……具体的には?」
「あれだよあれよ。萌え萌えキュン、的な」
男がやってもちっとも萌えないのな、それ。
そう心の中で呟きながらクラスメイトの反応を観察する。
コスプレで食品を提供ってところまでなら納得していた奴も、最後の提案を聞いて渋い顔をし始めている。とはいえ反対派が多いわけでもなく、今のところは半々って感じか。
かんかん、と音を立てて綾辻が黒板に『コスプレ喫茶』と書いた。その隣には『コスプレ喫茶 (特別サービスあり)』と別枠で並べてくれる。俺の考えていることはお見通しってことね。
まるで俺の仕事をずっと見てきた誰かさんみたい――って、今はそういうことを考えるのはやめだ。
「えー、じゃあとりあえずそのメイド喫茶的なサービスの有無は後で決めるってことで。次は……伊藤さん」
「やった! ウチのターン!」
「ターンとかねぇんだよなぁ……」
もういいけどね? こういう準備から楽しんでくれるのは学級委員としても生徒会の助っ人としても割と本望だし。
八雲に代わって元気よく席を立ったのは伊藤
今まで俺と絡みがなかった理由? そんなの、俺が学級委員のくせにクラスの中心にいないからに決まってるじゃん。行事以外だと所詮はサブキャラっすよ。
「ウチはね、ミュージカルがやりたい! できれば綾辻さんをヒロインにして、すっごい感動できるようなの!」
どうやらそれは、女子の中では既にそれなりの賛同を得ているらしい。
うんうん、と半数以上の女子が頷いた。根回し済みとか、何気に女子ってエグイよね。
だがヒロインが綾辻ってのはちょっと……。
俺含め教室中の視線が綾辻に向くと、彼女は困ったように笑った。
「えっと、私……?」
「うん! めっちゃ歌うまいし! 声とかもさ、結構通るじゃん。だから行けると思うんだよ」
「そ、そうかなぁ」
照れ笑いしながら綾辻は髪を耳にかける。
満更でもなさそうなその態度を見て、伊藤以外の女子も賛同の声を上げた。その勢いはコスプレ喫茶のときよりも強く、男子の中にも後押しする奴が出てきている。
まずい、と思う。
綾辻はこういう面倒ごとを嫌っていたはずだ。カラオケで歌っていたのはあくまで例外。何かあれば俺が助けてやる約束だ。
この勢いが過熱する前に、俺は一歩前に出て言う。
「ストップ。まだミュージカルにするか決まってるわけでもないのに主演とかそういう話をするのはなしだ。綾辻がやりたがるとも限らないのにそんな風に言ったら断りにくくなるだろ?」
「うっ……それは確かに。ごめん、綾辻さん」
「ううん。大丈夫」
ふぅ、なんとか止められたか……。
額に滲んでいた汗を拭い、付ける加えるように言う。
「もちろん俺も、ミュージカルは悪くないと思う。けど難点が幾つかあるとも思うんだよ」
「うーん……例えば?」
「大きく分けると、三つ」
三本指を立てて、一本ずつ曲げながら話す。
「まずは音楽の問題。劇じゃなくてミュージカルにするなら曲が必要だろ? オリジナルなのか、それとも既存のものなのか。どっちにしても――」
「あ、そこはだいじょーぶ。ウチ、作詞作曲できるし」
「えっ」
一つ目の難点はあっさりと解決されてしまった。
マジ? と目で尋ねると、こくこく頷かれる。
「さぁ、他には?」
「……二つ目。マジでやる演劇とかミュージカルは難易度が高いって話。ウケ狙いでネタに走るならともかく、ガチで行くなら相当演技力が必要になる」
「ぐぬぬぬぬ……今回は否定できない。いい右ストレートじゃん」
ツッコまないぞ。絶対にツッコまない。このままだと完全に伊藤のペースに乗っちゃいそうだしな。
三本目の指を曲げ、決定的なことを指摘する。
「第三に、うちには演劇部がある。あそこは毎年、文化祭に合わせて最高のものを出してくるし、今年は入江先輩の引退だから本気で凄い劇が披露されると思う」
「それに対抗するのはキツイ、ってことね」
俺が肯うと、ずーんと教室の空気が沈む。
少し否定的になりすぎたか……。が、俺だって別にミュージカルが嫌なわけではない。あくまで案をブラッシュアップをするために口を出しているだけにすぎない。
けど、うーん……このままだと今後に響く恐れもある。ちゃんとフォローをしておくべきか――と、思っていた、そのとき。
「一つ、いい?」
傍観を続けていた綾辻が声を上げた。
なるほど、確かに綾辻の声はよく通る。今まで意識していなかったが、声の高さがちょうど喧騒の中でも際立って聞こえるくらいなのかもしれない。
もちろん、と頷くと、綾辻は何かを決めたように目を見開いた。
「百瀬が懸念してることも分かる。でも、曲の問題さえ解決すれば、実施自体はできるでしょ」
「まぁな」
「ならやろうよ。ミュージカルって、結局はコスプレだし。コスプレ喫茶やりたい人も、喫茶店じゃなくてコスプレ目的じゃない?」
その通りだとしか言いようがない。
男子たちは自分たちがコスプレしたいわけではなく、女子がコスプレするのを見たいだけなのだから。
それゆえに、一気に空気はミュージカルの側へと傾いていく。
その動きを悟った綾辻は、とどめを刺した。
「私も、やりたい。もしやらせてもらえるなら主演とか。もちろんそれは後で決めればいいけど……どう?」
かちゃり、と何かがハマったような音がした。
あぁ……もう反対意見が出るはずがない。今の綾辻を見て、それでも『いや待て』と言える奴がいるなら会ってみたいものだ。
「えっと……じゃあ現実的なことは後々考えるということで。とりあえず、ミュージカルやりたい人は挙手」
クラスメイト全員の手が挙がる。
想定していなかった状況に、俺は苦笑せざるを得なかった。
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