3章#15 七夕フェス
「さてさて、みんな。ついに七夕フェスの時期がやってきたよ」
週明けの月曜日。
陰鬱な雨がジトジトと窓を叩く生徒会にて、テンション高めの時雨さんが言った。
それに対しての反応はまちまちだ。
去年のこの時期にも生徒会をやっていた三年生たちは、ずーんと沈んだ表情に。
一方の二年生たちは三年生の表情を見て首を傾げている。そりゃそうだよな。七夕フェスで生徒会が行っていることは、実際に生徒会に身を置かない限り分からないだろう。
「あの。霧崎会長、聞いてもいいですか?」
「んー? いいよいいよ、なんでも聞いて」
ピンと手を挙げるのは大河。
もはやすっかり生徒会の一員みたいになっている。
「えっと……まず、私ってまだここにいてもいいんでしょうか?」
そもそも、といった感じで大河が疑問を口にする。
思春期に特有の『私ってここにいてもいいの?』みたいな質問だとは思えないのでまじまじと大河を見つめていると、彼女は続けた。
「モモ先輩が学級委員長と生徒会の助っ人で忙しいから補佐をするように、という話だったので。体育祭が終わったのにいてもいいのかな、と」
「あー、そういうことか」
実に大河らしいな、と苦笑する。
時雨さんと視線で会話をし、俺が答えることにした。一応、大河は俺の管轄ってことになってるしな。
「別に体育祭が終わっても忙しいことは事実だからな。大河がいてもいいってことなら、いてくれた方がいい。今後も生徒会の仕事はそれなりにあるし、勉強にはなるはずだぞ」
「なるほど……なら今後も勉強させてもらうことにします。未熟者ですが、よろしくお願いします」
「大丈夫だよ。入江ちゃんは大活躍してくれてるからね」
よろしくね、と時雨さんが微笑む。
大河はおずおずと頭を下げ、改めて生徒会に挨拶をした。ほんのりと嬉しそうな横顔が見える。きっと褒められたのが嬉しかったんだろうな。
こういうのを見ると、後輩っていいな、と思う。
たった一つか二つしか年が違わないのに先輩と後輩の違いがあって、受け継がれていくものがある。
「で、すみません。もう一つ質問をしてもいいですか?」
「積極的だね。七夕フェスについて、かな?」
時雨さんも大河の真面目さは把握しているらしい。あっさりと看破すると、大河は少し驚きながら肯定した。
「二年生の子たちも、そこのキミを除いては分からないだろうし……大丈夫だよ。これから説明するつもりだったから」
ね? とこちらにウインクする時雨さん。
肩を竦めることで返事に代えると、時雨さんは手元の資料を俺に渡してきた。あぁ、説明を手伝うのは俺なのね……。
文句を言ってもしょうがないので、俺は素直に資料を配る。
全員に行き届いたところで、時雨さんは説明を始めた。
「まず、そもそも七夕フェスとは何か。簡単に言うと、このあたりで七夕の日に行うお祭りのこと。行ったことある子もいるんじゃないかな」
「あ、私は行ったことあります」
そう手を挙げたのは如月だった。相変わらず擬態が上手すぎるだろと思うが、黙っておく。
「河川敷のところでやってるやつですよね。笹とか竹が飾られてる」
七夕フェスは、俺も小さい頃からちょくちょく行っていた地域のお祭りだ。
多摩川の河川敷を借りて行われ、様々な縁日が出てくるし、ステージを作って有志団体が出し物をしたりもしている。この辺りの夏祭りは9月後半と遅いため、七夕フェスの方が夏の風物詩みたいになっている節があるだろう。
がっつり梅雨を感じる今日には合わないな、この話題。
そう苦笑している間にも時雨さんは七夕フェスの概要を説明した。配布された資料にも、毎年行われていることが記されている。
「もう分かってくれたと思うけど、うちの学校もこの七夕フェスに参加することになってるんだよ」
「なるほど……じゃあ生徒会が何か出店するんですか?」
「ううん、そうじゃないよ。ボクたちはうちの学校のブースの管理をする。出店するのはうちの部活の子たち」
現在の生徒会メンバーは部活に所属していない。関連する部活に知り合いがいない限り七夕フェスでの出店を耳にする機会はないので、知らないのも当然だろう。
そんな無知がゆえに、大河はぽつりと呟いた。
「それってそこまで大変じゃないんじゃ……」
「そうじゃないんだよね、これが」
時雨さんが不敵な笑みを浮かべる。
大河の言う通り、ここまで聞く感じでは体育祭より遥かに楽だろう。というか体育祭ほど人手が要る仕事じゃないのは事実だ。
七夕フェスについて言えば、そもそも大変さのベクトルが違う。
「知らない子は知らないんだけど……一部の部活にとって、七夕フェスは文化祭の前哨戦扱いされてるんだ」
「前哨戦、ですか」
「そう。ほら、うちの学校って部活動も盛んでしょ? だから当然文化祭も部活動の出店もたくさんあるし、売上とか評判で競ってもいる」
三大祭の中で言うと、文化祭が最もお祭り騒ぎになる。これはそんな風に部活などの団体が競い合うタイミングだからだと言えよう。
文化系部活は例年、文化祭が終わるタイミングで三年生が引退することになっている。
で、だ。
夏休み目前の七夕フェスは、毎年のように文化祭の前哨戦として扱われる。文化系部活って、コンクール以外では活躍の機会もないしな。
「そんなわけで、今年もたくさんの部活動から参加したいって声が上がっているんだけど……設けられてるブースにも限度があるし、学校として許可を出していいと言えないようなものを出店する余裕はない」
だから、と時雨さんが続ける。
「期間中に手分けして回って、ちゃんと出店できるのかを確かめなきゃいけない。適宜相談にも乗ったりしてね。それが一つ目の仕事」
つまるところは、出店希望の部活の審査とアドバイザーを兼ねればいい、ということだ。
出店希望の部活動は15ほど。
こう数字にすると少ないようにも思えるが、どの部活もそう簡単には終わらないからこれがなかなか手間がかかる。
けれど、生徒会の仕事はそれだけではない。
「もう一つはステージだね。これも今、幾つかの部活動が希望をあげてくれてる。うちの学校用に用意されている時間は一時間くらいだから、ステージについて時間とか機材の搬入についてを調整しなくちゃいけない」
ステージに出ることは想定外だったのだろう。
さっきまで『楽そうじゃん』とでも言いたげだったメンツの表情に陰りが差す。
「それとは別にボクは地域の方と詰めなきゃいけないことがある。だから今回は三手に分かれるって形になるね」
そこでようやく事実に気付いたらしい。
大河がこちらを見てくるので、俺はうむと頷き返した。
「時雨さんを除いた残りの人員で二手に分かれなきゃいけないってことだ」
うちの生徒会は計五人。
時雨さん、三年の副会長、書記の如月、そして二年生の会計と総務が一人ずつ。
ここから時雨さんが抜けて、代わりに俺と大河が入る計算だ。
「……結構大変そうですね」
「だろ? だから大河に抜けられると困るんだ」
梅雨が染み出してきたみたいに、生徒会室にはどよーんと嫌な空気が広がった。
人材不足の波は、本校の生徒会にまで押し寄せているのである。
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