3章#11 プレゼントくらい用意しました

「今日はお疲れ様。とりあえずあと少しでなんとかなりそうだし、そろそろ七夕フェスの方の準備にも取り掛かれそうだね」

「折角仕事が終わったのにまた仕事の話を……まぁ覚悟はしとくよ」


 午後6時半。

 体育会系の部活が片付けを始めた頃に、本日の生徒会の仕事は終わった。まだ若干体育祭の事後処理は残っているものの、後は教師にチェックをしてもらうようなものばかりだ。時雨さんに任せておけば問題ないだろう。


「じゃあ私は帰ります。会長、お疲れさまでした」

「うん、ありがとね」

「いえ。あ、それと百瀬くん。私は知らなかったけれど……誕生日おめでとう」

「そりゃどうも」


 如月を見送り、俺たちも帰り支度を整える。戸締りを時雨さんに任せ、俺たちも生徒会室を後にした。

 放課後の廊下。

 窓の外を見るが、遅い時間とは思えない明るさだった。夏も近づく6月。新しい季節の訪れをじんわりと感じつつ、なあ、と口を開く。


「この前の件で報告したいんだ。帰り道、どっか寄らないか?」

「……やっとですか。遅いですよ、言うのが」

「じゃあ今日はやめておくか?」

「そんなことは言ってません。行きますよ、行きます」


 まったく、と観念したように入江妹は吐息を漏らす。

 元気がなさそうなポニーテールが、首を横に振ったせいで少し揺れた。


「時間も時間ですし、どこかでお夕飯にしませんか? もちろんモモ先輩の親御さんが用意していらっしゃるなら、無理にとは言いませんが」

「分かった、それでいい。まだ作ってないと思うし、連絡だけさせてくれ。そっちは?」

「私は一人暮らしなので」

「ほーん」


 納得しかけて、寸でのところで疑問が浮かぶ。


「あれ、姉の方は?」

「……色々あるんです」

「色々、な」

「モモ先輩が気にすることじゃありません。というか、今のモモ先輩に他人のことを気にしている余裕があるとお考えですか?」

「ごもっともで」


 ド正論すぎて苦笑した。

 肩を竦めて返し、一言断りを入れてから家族ラインに夕食が要らない旨を送る。


【ゆーと:今日はちょっと用事があって、外で夕食食べる】

【ゆーと:悪いけど、二人で食べておいてくれるか?】

【MIO:了解】


 考えてみると、夕食を三人で一緒に食べないのはこれで二度目か。

 一度目は雫が勉強合宿に行っていたとき。

 あのときと今を比べる気にはならないけれど。


「じゃあ行くか。食いたいものは?」

「特にありません」

「ならファミレスだな。あそこなら色々あるし」


 そういうわけで。

 まだ不服そうな入江妹と共に、俺は近場のファミレスに向かった。



 ◇



「あの。どうでもいいんですけど」


 と断って、入江妹は言ってきた。

 注文したメニューが届くまでの雑談ということだろう。流石に、店員に聞かれたくはない話だからな。

 ん?と首を傾げて話の先を促すと、入江妹はどこかムッとした口調で尋ねてきた。


「どうして誕生日のこと、私に教えてくれなかったんですか?」

「へ?」

「これでも、モモ先輩にはお世話になっているとは思ってるんです。誕生日を教えていただけたら私だってプレゼントくらい用意しました」

「あ、あぁ……」


 そういえば、と学校でのやり取りを思い出す。

 時雨さんとも如月とも、誕生日について話していた。何も知らない入江妹は、少なからず不快に感じたのかもしれない。


「悪い。別に理由はないぞ。ただこの年になって『俺誕生日なんだ』って吹聴するのも変だろ?」

「それは、まあそうでしょうが……」

「それに、プレゼントとかもくれなくていいからな? 妹子をこき使ってるのは俺だし。ほら、如月だってプレゼントは用意してなかっただろう?」


 おそらく、と前置きは必要だけれど、如月は俺に誕生日プレゼントを用意することはないと思う。俺たちはそこまで濃い関係じゃないからだ。

 しかし、入江妹は未だに納得していない様子。俺は少し考えてから、あのさ、と付け加えて言う。


「RINE、交換しとくか? そうすれば誕生日とかの通知もいくし、今後連絡とるときにも便利だしな」


 世の中にはスマホを使ってない奴もいるし、RINEに抵抗がある奴だっている。だから学級委員や生徒会では、個人同士が繋がることはあっても、グループを作ることはないようにしている。それが時雨さんの方針であり、俺も一理ある考えだと思っていた。


 だが、それはあくまで仕事の話。

 俺と入江妹は、それだけの関係ではない。これから彼女を巻き込むのだ。


「……別に、構いませんが。今さらですね」

「すっかり忘れてたんだ。RINEを使う頻度が少ないからな。妹子もだろ?」

「否定しませんが」


 ぷいっ、と顔を逸らす入江妹。ばつが悪そうにした彼女は、テーブルの上にスマホを差し出した。そこにはRINEのQRコードが表示されている。

 俺はアプリを起動し、QRコードを読み込んだ。友達登録のボタンを押すと、『大河』という名前のアカウントが登録される。


【ゆーと:よろしくな】

【大河:よろしくお願いします】


 淡泊な文字。声のトーンや表情抜きで言葉だけを受け取ると、いつも以上にトゲトゲしく感じる。かといってスタンプを使うのも合わないしな。

 そうこうしている間に、注文したものが届く。

 俺はハンバーグセット、入江妹はチーズインハンバーグセット。ついでにフライドポテトも頼んでおいた。


「雑談はこれくらいにして……お話、聞かせていただいてもいいですか?」

「ああ、もちろん。今日はそのために呼んだんだからな」


 こくりと頷く俺。

 ばらばらに、いただきます、と告げて食べ始めながら、俺は何から話すべきかと考える。


 体育祭の日。入江妹は、俺と美緒がキスしているところを目撃している。だからこそ、彼女は俺と綾辻が付き合っていると考えて、あの日俺に問いただしてきた。

 だが、入江妹は何一つ真実が見えていない。俺が付き合っているのは美緒であって、綾辻じゃないのだ。そんなことを知る機会などあろうはずがないので、入江妹の勘違いは当然なのだけれど。


 あの日、俺は言った。


『君には関係ないことだ。脅すつもりはないんだよな? だったらこの話は終わり。これ以上、俺から答えるつもりはない』


 入江妹を突き放したのは、正しく在りたかったからだ。

 雫を振って、俺と美緒だけで堕ちていく。俺たちの間違いに雫や入江妹を巻き込みたくなかった。

 でもその考えは打ち破られ、大きく事情は変わってしまっている。


 どこまで話して、どこからは話さないべきだ?

 その自問にはほとんど意味がなかった。何故なら、体育祭の日に答えを出したから。


 俺はもう、止まらない。

 俺が欲しいのは美緒だけ。他はどうでもいいんだ。


「まず、端的に結論から述べておく」

「…………」

「いま、俺は二股をかけている。もちろん相手は雫とあや…美緒だ」


 どうせ『美緒』じゃなく『澪』だと思うだろうから。

 俺はなるべく真実を語ることにして、話を続けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る