SS#01 幼馴染
SIDE:雫
体育祭が近づく今日この頃。
私、綾辻雫は広報班のメンバーと共に準備に精を出していた。やりなれない班長の立場に最初こそ戸惑っていた私だけど、今ではなんだかんだ皆と仲良くやっている。
とはいえ、体育祭までは残り一週間。諸々の準備が順調に進んでいたこともあって、私たちが精を出しているのは準備というよりかはガールズトークだったりする。
お話の場合は『精を出す』じゃなくて『花を咲かせる』かな?
ま、なんでもいいや。楽しいしね。
こんな風に余裕ができたのは、私の秘めたるカリスマ性……ではなく、私を支えてくれた先輩が優秀だったからだ。
「ねぇねぇ。雫ちゃんは好きな人とかいる?」
「へっ?」
ちょうど本人に話しかけられた私は、なんだかすっごく間抜けな声を出してしまう。はっとして振り返ると、その先輩はくすくすと楽しそうに笑っていた。
「今のなにぃ~? めっちゃ可愛い反応!」
「う、うぅ……だって月瀬先輩が急に変なこと聞くから!」
「変なことでもなくない? あっち、恋バナしてるし」
「あー」
広報班の主たるメンバーは女子だ。ガールズトークにも色々あるけど、イベント前の盛り上がったテンションは恋バナを選ばせたみたいだ。
かくいう私も恋バナは大好物。この前の合宿でも大河ちゃんと話してたくらいだし。
でも――
「あちゃあ。ごめん、ちょっと図々しすぎた?」
「い、いえ! 全然嫌とかじゃないのでっ!」
嫌とかじゃない、のは事実。
本当はたくさん話したい。先輩のことが好きで、大好きで、すっごくかっこいいんだって自慢したい。
でも、でもね?
私にはどうしたらいいか分からない。先輩とお姉ちゃんが
私が困っていると、月瀬先輩はからかうように笑った。
「少なくとも、好きな人はいるって反応だね」
「う、ま、まぁそうですけど! 乙女ですし!」
「そっかそっか。ってことは噂が当たってたり?」
「内緒、ですっ」
話しながら私は自分のペースを取り戻していく。
きゅるるんっ、と可愛らしく答えると、月瀬先輩はふむぅと仰々しく唸った。
「雫ちゃん、なかなかやるねぇ~? そういうの、長いでしょ?」
「そういうの?」
「キャラを作るの。ちょい小悪魔な後輩が板についてるもん」
「あっ」
あっさり『キャラ』と言われてしまったことにびっくりして、またしてもペースを乱されてしまった。
と言っても、月瀬先輩の指摘に慌てる必要があるかと言えばそうじゃない。これまでの人生でも、何度か似たようなことは言われてきた。
ぶりっ子とか、キャラ付けが痛いとか、そういう冷たい言葉。
きっと言ってくる人たちは、何か特別なものを見抜いているつもりだったんだろう。別に痛くも痒くもないのに。
「え~? なんのことです? 素に決まってるじゃないですかぁ」
素かどうかは分からない。
でも、今の私の『キャラ』はなりたい自分の体現なのだ。あざといと言われようとも、なりたい自分として振る舞うことが悪いことだとは思わないし、思いたくなかった。
「うんうん、そうだよねっ。それも素だよねっ!」
「ふぇ?」
「お、流石に三回目だと驚いた反応もあざといね」
「~~っ! 月瀬先輩、意外とからかうの好きなタイプなんですねっ!?」
いや、ボロ出しまくりの私も悪いんだけど!
あえて驚きそうなことを言ったり、私が出したボロを必ず拾ったり、月瀬先輩もなかなかに意地悪だ。
むぅとむくれて見せると、ごめんごめん、と謝ってくる。
「違うんだよ。あたしもさ、たまに『いい子ぶってる』とか言われることがあって。実は前々から雫ちゃんにシンパシー感じてたんだよねー」
「なるほど?」
「別にキャラを作るのって悪いことじゃないじゃん? 好きな自分になることの何が悪いんじゃー!って感じ」
なるほど、と思わず納得した。
私ほどあざとくはないけれど、月瀬先輩の外見からも似たような雰囲気を感じたからだ。
身長は私より低くて、お姉ちゃんよりちょっと高い程度。首のあたりには栗毛色の髪で出来たお団子が二つあって、どこか小動物っぽさを感じる。ぱっつんと切り揃えられた髪はどこか不格好に見えなくもないけど、それさえ可愛さに繋がっていた。
うん、可愛い。それでいて『クラスの明るい子』くらいの、割と嫌味じゃないポジションに収まれそうだ。
……ツインテールは流石にちょっと狙いすぎだしね。
月瀬先輩の言い分が可笑しくって、くすくすって笑っちゃう。
ここまで明け透けな会話を先輩以外と出来たの、初めてかも?
「そーですよねっ。ありのままがいいって言うなら、まずメイク落としてから言ってほしいです」
「分かる~。キャラだってメイクとおんなじで、あたしたちの武装なのにね」
「ですです」
うんうん、と二人で頷き合う。
それから少し笑い止んだところで、でもさ、と月瀬先輩が言った。
「ほんとに好きな人にはすっぴんも認めてほしくなっちゃう、みたいなところあるよね」
「それは……」
「相手の前でだらけられるって言うかさ。運命の相手って、そういう気の置けない幼馴染みたいな関係だと思うんだよねー」
月瀬先輩が髪を耳にかけながら、くしゃっ、と笑った。
その横顔は、誰かに似ていたような気がする。誰だったっけ? 考え込みそうになる私だったけど、不自然な沈黙が出来上がってしまいそうなのに気付いて、会話を優先することにした。
「もしかして月瀬先輩、幼馴染が好きな人だったり?」
「お、さっきの反撃のつもりー?」
「ですです。私だけ聞かれちゃうのはフェアじゃないですから!」
そういえば先輩のお友達に、幼馴染と付き合ってる男子がいるって話を聞いた。先輩の話を聞いて、素敵な恋だなぁと思ったのを覚えている。
しかし、んー、と月瀬先輩は煮え切らない反応を見せた。
「どうだろ。好きかどうかはともかく、幼馴染のつもりって相手はいるんだけどねぇ……相手に気付かれてない、みたいな?」
「えー、なんですかそれ!? 幼馴染に気付いてないとかあります?」
「あるある、めっちゃある。幼稚園からずっと同じなのに、全然気付いてもらえないんだよ。あたしって実は高校デビューだったりするし、しょうがないと言えばしょうがないんだけどね」
「あー、なるほどです」
それなら納得とは言わないまでも理解はできる。それでも気付いてさえもらえないのは可哀想な気もするけど……。
ひとしきり月瀬先輩の幼馴染(?)について話し終えると、月瀬先輩はぐいーっと伸びをしてから、ぽつりと呟いた。
「ま、そゆわけだから。雫ちゃんはすっぴんになれる運命の相手を好きになった方がいいな、って先輩は思うのでした。ちゃんちゃん」
適当な反応を返す私。でも月瀬先輩の言葉は案外ぐさっと刺さった。
私がなりたい私は重要だ。でもたぶん、それだけじゃあ先輩には届かない。嫌われるリスクを取ってでも、すっぴんを見せなきゃいけないときが来るんじゃないだろうか?
良い子が演じる小悪魔、じゃなくて。
私そのままの悪い子を見せるべき時が訪れるのかもしれない。
醜い素顔にキスされたオペラ座の怪人は、結局、想い人が他の誰かと幸せになるのを見送ることになってしまう。
昔の人が書いた筋書きを思い出して、私は苦笑した。
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