2書#26 よく頑張ったな
5月も中旬に突入した。
中間試験は無事終わり、今日は丸一日テスト返しが行われた。朝から各教科の解答用紙を返却され、昼には各学年の教室がある廊下に上位30名の点数と名前が貼りだされる。
こんな風に掲示するのは時代錯誤なんじゃ、と思わなくもない。
ただこうしていることで競争意識が生まれていることも事実なので、わざわざやめるメリットもないのだろう。どうしても名前を掲示されたくない場合には教師に相談してもOKということになっているしな。
そんなわけで二年生の順位がどうなっているかというと――。
「うわっ、友斗1位かよ。とんでもないねぇな、お前」
「
俺と綾辻が同率1位、という結果になっていた。
八雲にはバレないようにしているが、ちょっと自分でも驚いている。いつもは綾辻が1位で俺はトップ10位をうろついている感じなのだ。
きっと雫との勉強会が効いたのだろう。今回は一年生のときに習った内容に関わる部分も多かったし、雫のおかげで俺も勉強に集中できた。
「いいなぁ。今度勉強教えてくれよ。俺、数学がもうヤバい」
「赤点ギリギリだったんだっけ」
「そうそう。夏休み補習になるとか嫌すぎる」
「はぁ……はいはい。考えとくよ」
今から夏休みのことを考えるのは気が早いだろ。
そんな風に言うのはやめておいた。時間を意識したら、目と鼻の先にある体育祭のことで憂鬱になりそうだ。やらなきゃいけないことの山が……うへぇ。
これ以上ここにいると他の生徒の邪魔なので、俺は八雲と共に教室に戻った。
そういやさ、と八雲が話を変える。
「順位と言えば、あっちの方も結果が出たんだぜ」
「……あっちの方?」
「『可愛い女子ランキング』」
「それか」
そっかぁ、結果出たのかぁ。
今年も俺、そのライングループに入ってないんだけどなー。知らなかったなー。
地味な疎外感で傷付きつつも、八雲にスマホを見せてもらう。
『一学期中間可愛い女子ランキング
1位 霧崎時雨 (三年B組)
2位 入江恵海 (三年F組)
綾辻澪 (二年A組)
3位 綾辻雫 (一年A組)
4位 佐藤遥 (三年C組)
5位 月瀬来香 (二年B組)
6位 入江大河 (一年A組)』
他にも票数とか細かいことが書かれているのだが、そこはどうでもいい。
いやもっと言うとこのランキング自体が割とどうでもいいんだけど。
驚いたのは、綾辻の順位が上がっていることだった。
「綾辻、順位上がったのか」
「そうそう、そこなんだよ。まぁ一年生は去年の文化祭の霧崎先輩と入江先輩を知らないからっていうのもあるんだろうけどさ」
確かに二人の去年の文化祭での活躍は伝説級になっている。
ミスコンでの激闘はもちろんのこと、入江先輩を主演にした演劇部の劇は大好評だったし、ステージにできた穴を即興ライブで埋めた時雨さんは後輩の心を見事に掴んでいた。
とはいえ新入生歓迎会で二人とも一年生の前には立っているし、認知度という点ではみおよりも遥かに有利だったはずだ。
「綾辻さんはさ、今年で一気に人気を上げてるんだよ。特に二年生からの。妹ちゃんへの溺愛具合とか、どっかの誰かさんとの絡みとか。そういうのを見て、印象がガラッと変わったらしい」
「……ほーん」
なるほどな、と思う。
言われてみればそうだ。今年のみおは去年までとは丸っきり別の印象を受ける。
「まー、その妹ちゃんも凄いんだけどな。三年生からの人気が凄いぜ。おかげで開票作業もめっちゃ楽しかった」
「開票してんのお前かよっ⁉」
「まぁなっ!」
「お前の成績が悪いのはこの時期にそんなくだらないことをしてるからだよな、とだけ言っておく」
ったく、こいつは……。
そろそろ真面目に八雲の彼女がどんな人なのか気になってくる俺だった。
◇
「じゃっじゃーん! 見てくださいよ先輩」
いつものように第二会議室に行くと、雫がぴっかぴかの笑顔を浮かべながら何かを見せてきた。
じっと目を凝らすと、どうやらそれは試験の結果が書かれている個票らしい。
こんなところで見せつけてくるのはどうかと思うが、こうも誇らしげな顔をしていると突っぱねる気にもならない。
少し苦笑しつつ、雫の結果を確かめた。
各教科の点数はそこそこ。80点を切っている教科はない。ほとんどが90点前後で、現代文に関しては満点だった。
そして総合順位が――15位。なかなか上出来な結果だと言えよう。
「おお、凄いじゃん。よく頑張ったな」
「はい! 自分でもちょっとびっくりです。これも先輩のおかげですね」
俺の手を掴み、ぶんぶんと雫が上下に振る。そんな頭の悪い仕草に呼応するかのように、ぴょんぴょんとツインテールも跳ねていた。
相当嬉しかったんだろうな。
努力を褒められるのが大好きな雫は、努力が目に見えた結果になることも好む。テスト結果はその分かりやすい例だ。
……ただあれな。
できれば『先輩のおかげ』とか言わないでほしい。既に第二会議室には人がいるから。あんまり肉体接触をしてると色々疑われちゃうから。
俺は雫を振ると決めた。
だからこそ仲がいい先輩と後輩になれるよう、程よい距離を見極めていきたい。
「雫ちゃん。あんまりやるとモモ先輩の腕が捥げちゃうかもしれないし、それくらいでやめてあげな。それに……皆見てるよ?」
「はっ……あ、ほ、ほんとだ」
入江妹の指摘で、きゅーっと雫が我に返る。
耳の先っちょと頬に仄かな朱が差した。
「ご、ごめんなさい先輩。ちょっと嬉しくてはしゃぎすぎちゃいました」
「いや、別に気にすることはないぞ。ただもうすぐ今日の活動も始まるし、席に戻ってくれると助かる」
「りょ、りょーかいですっ!」
元気に返事をしてから、雫は自分の席に戻っていった。
既に学級委員の大半が揃っている。今日からは体育祭に向けて、ノンストップで進まなくちゃいけない。
「よかったです。上手くいったみたいで」
「まぁな。ちなみにそっちは?」
「不服ですが……モモ先輩と同じ順位です」
「そんなところで不服の意を表すな。いいじゃん、1位。よく頑張ったな」
ニカっと笑って言うと、入江妹はパチパチと瞬きをした。
驚いたような、戸惑ったような、そんな顔でそっぽを向く。
「――とう――ます」
「ん? 悪い、聞こえなかった」
「ありがとうございます、と言ったんです。そんなことより体育祭に集中してください。私語が多いのは感心しませんよ」
「ふっ。へいへい、そうだな」
なんだ、照れただけか。
可笑しく思うが笑うのは我慢しておく。そうしないとめちゃくちゃ怒られそうだし。
やがて定時になり、生徒会メンバーが入ってきた。
学級委員もほとんどのメンツが揃っている。
……ほとんど?
「あれ。二年生の綾辻先輩がいませんね」
「あっ、すみません。綾辻澪さんは生徒会長に呼ばれていて今日はここに来れないみたいです。救護班のことは私が担当します」
「そうなんですか。了解です」
入江妹がふと呟くと、生徒会のうちの一人が答えてくれた。
綾辻が時雨さんに呼ばれて来れない……?
なんだそれ。
俺、全く聞いてないんだけど。そういえばこの前も昼休みに呼ばれてたよな。気になる部分だが……いちいち気にしている場合でもないだろう。
「まぁ救護班は急な仕事もないですし問題ないですよね、モモ先輩」
「あ、あぁ。事前に連絡は入れてほしかったけど、しょうがない部分もあるか」
俺でも時雨さんが何をやっているのかは把握しきれていない。
気にしてもしょうがないと結論づけ、俺はこちらに集中することにした。
「えー、それじゃあ今日も始めます。皆さん試験お疲れ様でした。試験が終わったので、いよいよ放課後に競技の練習が可能になっています。皆さん、自分のクラスに――」
体育祭まで二週間弱。
来るべき終わりに向けて、俺は頭を回し始めた。
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