2章#12 後輩との対峙
「ふぁぁぁ」
ゴールデンウィークも中盤に入った。
ニュースでは最大何連休だのと話をしていたが、学生には有給のシステムはない。まして大学に繰り上がり入学を決めたい二年生の俺がズル休みをできるはずがなく、渋々ながら登校していた。
雫と『フレイム・チェリー3』をプレイし始めたのが一昨日のこと。
その日のうちに誰ともくっつかないエンドを攻略した俺たちはそこで力尽き、昨日まるまる半分惰眠を貪るという暴挙に及んでしまった。
「あぁ、やっときた。そこの先輩、ちょっといいですか?」
時間を取り戻すように夜中までメインヒロイン二人のノーマルエンドを攻略していた結果が、先ほどの大欠伸である。
ちなみに雫は全然眠そうじゃなかった。あいつ、何気に寝起きがいいんだよな。朝からヘアセットとかスキンケアに時間をかけてるから自然と目が覚めるってのもあるだろうけど。
「あの! そこのだらしなく欠伸している先輩」
俺も今日は念入りに顔を洗ったし、それでも甘えてくる睡魔には似非ラジオ体操をして振り払ったつもりだったんだが……どうやら、睡魔はヤンデレヒロインだったらしい。
あー、でもいいな、それ。欲求を擬人化したソシャゲとか何気に面白そう。七大罪を基本属性みたいにして、そこから派生する欲求を可愛かったりかっこよかったりするキャラにすれば……ヤバい、俺は天才かもしれない。
「あ・の! 今変な顔しながら歩いてる冴えない……けど、もしかしたらほんの少しかっこいい……? 可能性を秘めているかもしれなさそうな先輩!」
「その名乗り出るのも名乗り出ないのも地獄な感じがする婉曲表現はやめてッ⁉」
と、叫ぶことになった原因は玄関にいた後輩だった。
ほんのりくすんだブロンドヘアーが、サラブレッドの尻尾みたいに高く揺れている。
眼光が鋭いのは、比較的誰でも不機嫌になりやすい朝だからではないだろう。まだ二度しか会っていないが、彼女が柔らかな目つきをしているところを見たことがない。
彼女の名を入江妹という。嘘、フルネームは入江大河だ。
「呼ばれている自覚があるなら反応してくださいよ。何度も呼ぶはめになったじゃないですか」
「なら最初から名前で呼んでくれればよかっただろ。俺みたいな奴は1%でも自分以外が呼ばれている可能性があると反応できないんだよ」
ほら、返事したときに自分以外を呼んでたって気付くと辛いじゃん? なまじ友達が少ないので、そういうことは結構多かったのだ。百瀬にしろ友斗にしろ、似たような名前って多いしな。
「そうですか。では、行きましょうか」
「何が『そうですか』なのか聞いてもいいか?」
「何の意味もない薄っぺらい相槌です。あなたみたいな人はそういうことができる
見事に腹にくる皮肉だった。
警戒されていることは分かっていたが、今日の入江妹は確実に敵意を向けてきている。不器用な野良猫が頭をよぎった。
前を通り過ぎられたら不幸なところも含め、こいつってば黒猫すぎる。
「はぁ……どうやら俺に対して大きな誤解があるみたいだな。別に俺は――」
「こんなところで話していて変な噂が立つのは甚だ不服なので、とりあえず来ていただいていいですか?」
生意気極まりないな、こいつ。
でも言っていることは一理ある。俺もなるべくなら悪目立ちはしたくないからな。
分かったよ、と俺は肩を竦めた。
「遅刻はしたくないからな。早くしてくれよ」
「それは私も同じです。来てください、こっちです」
かくして。
休日と休日に挟まれてオセロみたいに休日に変わってほしかった今日は、俺を明らかに警戒している後輩との遭遇によって始まった。
◇
入江妹と俺の気まずくてキケンな散歩は、当然のように無言で行われた。
何の用だ、とか、どこまで行くんだよ、とか。そういう現実的な質問は喉仏のあたりまでせり上がるが、すぐに腹に戻っていく。
とっこんぱっこん、とくたびれた上履きが足音を鳴らす。入江妹の足音は何だかピッチリと堅苦しくて、そんなところにも彼女の真面目さが窺える。
こうなってくると、気になるのは雫との関係だ。
新入生歓迎会にまで二人で来るくらいなのだから、クラスの中で雫が一番仲がいいのは入江妹なのだろう。
入江妹と雫では、どうにもタイプが違いすぎる気がする。程よく制服を着こなすJKと膝小僧すら隠すほどにスカート丈が長い女子高生。下手をすれば喧嘩が勃発しそうなアンマッチだ。
「この辺でいいかな……」
小さい入江妹の呟きは、俺に向けて発したものではないだろう。
入江妹がつれてきたのは校舎の隅っこ。玄関から三分ほどは歩いたと思う。
何度か確かめるように周囲を見渡すと、入江妹はこちらに向き直った。
「とりあえずここで話しましょう。ついていただきありがとうございます」
「お、おう……。なんか急に丁寧になったな」
「たとえ相手が敵でも礼を払うべきときには礼を払います。さっきはあなたが抵抗したのと、噂が立たないよう早く行きたかったのとで乱暴になっただけです。……お望みなら謝ります」
入江妹の言葉を聞いて、くすっと笑みが零れる。
そのことが癪に障ったのか、入江妹はムスッとした。
「何が可笑しいんですか?」
「いいや、何にも。それより俺は君のこと、何て呼べばいい? 入江って呼ぶのは、君のお姉さんのことを知っている都合上ちょっと居心地が悪いんだけど」
ひらひらと手を振って否定し、話を変えた。
流石に直で話すのに入江妹って呼び方をするわけにはいかないからな。
一瞬仄暗い顔をした入江妹は、こほん、と咳払いをして答えた。
「あなたに名前を呼ばれるのは嫌なので適当にあだ名をつけていただいて結構です」
「……なんか面倒なことを言ってくるな、君」
「わざわざ呼び名の話を出してくる先輩も面倒な部類に入ると思いますよ。君って呼んでるんだから、そのまま続ければいいじゃないですか」
「ぐっ……まぁそうなんだが」
ああ言えばこう言う、とはこのことか。
弁えるべきところでは弁えていると思ったが、それはそれとして俺のことを嫌いすぎている気がする。
そんな態度をとって、プレイヤーや読者から嫌われても知らんぞ。後々好感度が上がるような展開になったとしても初っ端でヘイトを貯めてしまったらプレイヤーや読者はついてこないんだゾ!
と、本格的にうざいノリになりそうだったのでさっさと話を進めることにした。
「じゃあ妹子と呼ぶ。いいな?」
「タチが悪いですね」
「小野妹子に謝って来い」
「どうやってですか。タイムトラベルでもしろと?」
「……妹子、意外とノリがいいな」
「~~っ!」
ぎりり、と歯軋りの音が聞こえそうなほどに睨まれる。
黒猫っていうか虎だぜ、これ。そういえばどこぞのツンデレヒロインも……。
入江妹がツンデレヒロインになる未来はちっとも見えないが、悪い奴じゃないのは何となく分かってきた。
「で、妹子。一応言っとくが俺の名前は百瀬友斗だ。この前言ったし、覚えてると思うけどな」
「もちろん覚えていますよ。ただ名前を呼ぶのは躊躇われただけです。それに、百瀬姓に先輩ってつけると『せ』が連続になって気持ち悪いので」
「人の名前を気持ち悪いとか言うな」
「どこかの誰かさんは私を苗字で呼ぶのが居心地悪いそうですが? 特に関係がないはずの私の姉が理由で」
ぐぬぬ……地味に面倒臭い。
はぁ、と溜息をついた。
「分かった。けど先輩とか代名詞だけだと面倒だから今後呼ぶときは何かしら分かるように呼んでくれ」
「……分かりました。ではモモ先輩と呼びます。今後呼ぶことがあれば、ですが」
「そうかよ」
適当な相槌を打ち、不毛な呼び名論争にピリオドとする。
で? と見遣ると、入江妹は単刀直入に切り出した。
「私がお話したいのは、モモ先輩の三股についてです」
早速呼ぶことになってるじゃん。
あまりにも単刀直入すぎる発言に対して俺が抱ける感想は、さしあたってはそれくらいしかなかった。
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