2章#10 未成年対応版です!

 数日が経ち、ついにあいつが現れた。

 サービス業従事者以外の全人類が喜ぶと言ってもいいあいつ。そう、ゴールデンウィークである。

 GWと書くとなんだかゴッドウィークにも思えてくるこの最高な休日の群れにテンションが上がらない奴などいるのだろうか。いや、いない(反語)。


 折角の休み、どう過ごそうか。

 ゲームをやるのもありだが、あいにく最近はスマホゲー以外をやれていない。過去にやった作品をもう一度やるのも乙だけど、なんだかそれは勿体ない気もしてくる。


 ならWEB小説を読むのはどうだろう。百万字を超える長編を一気に読み切るのもいいし、隠れた名作をスコップするのも悪くない。WEB小説はどうしても埋もれる作品が多いからな。評価やレビューをして布教するのは結構楽しいものだ。


 あー、でもアニメを見るのもいいな。見よう見ようと思っていた古き良き名作に手をつけるのはありかもしれない。こういう機会でもないとなかなか見ないしな。


 こんな風に休みの過ごし方を考えるだけでも幸せなのだから、ゴールデンウィークが如何に素晴らしいのかが分かる。考えすぎて一日無駄にしたときの虚しさはヤバいが。


「ねぇねぇ先輩! せーんぱーい!」


 思考を遮るようにドンドンと勢いよくドアを叩く来訪者がいた。

 幽霊にでも追われているのかと思うほどに力強く叩いてくるので、少しドアが不憫になってくる。

 流石に無視をするわけにもいかないので、ドアを開けることにした。まぁ、もともと無視するつもりないしな――って。


「うわっ」

「先輩っ! 聞いてくださいよ、先輩!」


 開けた瞬間、ばっと雫が部屋に飛び込んできた。

 俺の胸へとタックルしてくるので、ぐへっと嗚咽じみた息が漏れる。


「分かった! 分かったから落ち着けって」

「落ち着いていられませんよ! 待ちに待ってたんですから!」

「何を待ってたのかすら分からないっつうの!」


 あんまり近づかれると色々とこそばゆいからやめていただきたい。ほんのり甘い匂いがするし、むんにゃりと女の子らしい柔らかさが伝わってきちゃうし。美緒よりも発育がいい分、どうしても色々と想像してしまう。


 雫との関係を決め切れていない状態で彼女を性の対象として見てしまうのは、どうしても嫌悪感がある。

 ……聖人ぶってるなぁ。

 内心で自嘲じながら、タックルを続ける雫を体から剥がす。。

 特に不服そうな表情を見せるわけでもなく、雫は星のように目を煌めかせていた。


「はぁ……そんなにテンションが高いのも珍しいな。何があった?」


 雫は基本的にテンションが高くて明るい。ボディータッチも多いし、俺を振り回すことも多い。でも痴女紛いな接触は基本しないし、俺を置いてけぼりにすることも少ない。

 例外があるとすれば、それは趣味関連でいいことがあったとき。

 雫の趣味と言えばオタクカルチャー、特にギャルゲーや乙女ゲーといった類のノベルゲームである。


 あのですね、と雫が飛び跳ねる。

 兎みたいなツインテールが元気だ。


「ついに届いたんですよ! 『フレイム・チェリー3』!」


『フレイム・チェリー』は、そっちの趣味に手を出したことがある人間なら知らない奴がいないほどに有名な成人ゲームだ。

 1が十数年前、2が五年ほど前に発売され、どちらも多くのオタクを号泣させた。アニメ化もされており、俺も中学生の頃にアニメを見てめっちゃ泣いたし毎年3月くらいになると見直してる。マジで超名作なんだもん。


「あのエロゲか。いいな、俺も買おうと思ってたんだよ」

「え、エロゲとか言わないでくださいっ! 私が買ったのは未成年対応版です!」


 迂闊な発言をした俺に、頬を紅潮させた雫が怒る。

 こいつ、ギャルゲーとかやりまくってるくせにエロゲって単語には恥ずかしがるんだよな……。変なところで初心なのが可愛――こほん、今はそーでなくて。


「悪い悪い。でもほら、『フレイム・チェリー』シリーズは行為のシーンにも伏線が張られてるからエロ目的じゃなくてもそういうシーン込みでプレイした方がいい、みたいな話聞くだろ? だから勘違いしたんだよ」

「それはそうですけど! お義母さんに頼んで成人用も買ってもらいましたけど! 特典は部屋に飾りましたけど! ……で、でもえっちぃのは大人になるまでばってんです」

「お、おう」


 ばっちり買ってもらった上に特典は部屋に飾ってるんだ……。

 それでもきちんとレーティングを守るのはオタクの鑑だった。恥ずかしそうに股をもじもじさせるのを見ると、次第に変な気持ちになってくる。

 こほん、と咳払いをして話を戻した。


「で? 『フレイム・チェリー3』が届いたのか」

「はい、届いたんです。なので先輩を誘いに来ました」

「誘いに?」


 イマイチ理解できずに聞き返すと、雫はこくりと頷いた。


「私、夢だったんですよ。先輩と一緒にゲームするの」


 ああなるほど、と思った。


「小学校のときに先輩からゲームを教えてもらって……そのときから、一緒にやりたいなって思ってたんです。二人で並んで音楽を聞いて、物語を読んで、キャラに萌えて。そういのいいなって」

「あぁ」

「でもお姉ちゃんがいるから私の家は無理でしたし、先輩もおうちはちょっとって感じだったじゃないですか」


 そうだな、と肯う。

 俺だって雫のように考えたことはあった。可愛い後輩と一緒にゲームをしたりアニメを見たりしかった。それでも雫を家に招いたら、自分の中の感情が止められない気がしたから、一線をきちんと引いていたんだと思う。


 本当は、と雫がしょぼしょぼ呟く。


「いつか先輩と付き合い始めて、おうちデートとかできるようになったら。そんなハッピーエンドが訪れてくれたら、そのときに言おうって思ってたんです」

「……っ」


 呼吸が俄かに浅くなる。

 その『いつか』を遠ざけているのは俺だ。


 雫に対して抱いている想いに名前をつけられていない、だけじゃない。

 雫の姉である綾辻に美緒の代わりをさせて、隠れて付き合っている。あろうことか、雫と付き合うことさえ視野に入れながら、だ。


 罪悪感が胸を打つ。

 幾度も幾度も、胸を打つ。


 そんな俺の顔を見て、雫は慌てたようにぶんぶんと首を振った。


「あ、あの違うんです! ヘタレな先輩のことを責めてるとかじゃなくてですね? あ、もちろん先輩が私を大好きでしょうがないって言うなら今告白されるのもやぶさかではないんですけど」


 んんっ、と場を整えるような咳払いをする雫。

 その言葉に俺が後ろめたさを覚えるのは、多分雫の本意じゃない。ならこの感情は、今はしまっておくべきだろう。

 気を取り直すように雫が続けた。


「そうじゃなくて、ですね! 今日は純粋に先輩と楽しみたいなって。彼氏と彼女になる前に、先輩と後輩としてハッピーエンドの先をお試しするのもいいかなーって」

「っ」

「……ダメ、ですか?」


 遠慮がちな上目遣い。

 甘えるような声色はあまりにも心地よくて、心臓が激しいビートを刻む。

 こんな風に言われて断れる奴がいるとしたら、そいつはきっと心に重大な問題を抱えている。こんなの誰も断れるはずがない。健気で、可愛くて、そして真っ直ぐな後輩の頼みだぞ?


 と、くだらない一般論に還元せずとも答えは決まっている。問題は少しだけ照れてしまう点だけだ。

 勇気を出して俺を誘ってくれた雫に報いるためには、当然払うべきコストだろう。


「ダメなわけ、ないだろ……っ。俺も『フレイム・チェリー3』やりたかったしな」


 俺が答えると、パァと満開の笑顔が咲いた。


「やったっ! じゃあやりましょう! 私の部屋にレッツゴーです!」

「分かった、分かったから。だからそんなぐいぐい手を引くな」

「ダメです! いいですか先輩。ゲームは逃げませんが時間はすぐ逃げるんですよ」

「大したこと言ってないんだよなぁ、それ」


 本当に敵わないな、と。

 太陽の恵みのような雫の横顔を見て、俺はしみじみ思った。

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