クーデレなセフレと小悪魔な後輩が義妹になったので距離を置きたい。
兎夢
第一部『First Kiss』
第一章『ラブレターは漂流瓶の中に』
1章#01 セフレとの話
『忘れないでね。兄さんと初めて××をしたのは私だから』
初恋はたぶん呪いに似ている。
ファーストキスは、レモンの味なんかじゃなかった。じゃあどんな味だったんだろう? 思い出そうとしても、淡い唇の感触が蘇るだけだ。
彼岸花の花弁のような彼女の唇を忘れてはいけなくて、なのに、忘れたくて……。
だから俺は、彼女たちと距離を取らなくちゃいけないはずだった――。
◇
「みおっ、ああ、そろそろ――ッ」
「うんっ、んん……きてっ」
――ビリリリリリっ
甘い痺れが弾けた。どく、どくどく。自分の意思とは別に体が震える。鼓膜をノックする少女の喘ぎ声が、何にも代えがたいほどに心地いい。
多幸感と解放感、それから虚無感が胸の中を満たした。虚無感だけが息苦しいが、それすらないよりはマシだと思った。
「ふぅ……お疲れ」
汗が滲んだおでこには、その少女の黒い髪がぺっとりと貼りついている。
からかうような笑顔にドキッとした。微笑むとき、この子は決まって目を細める。きゅっ、と下がる目尻が愛らしい。彼女の目に入りそうだった前髪をそっと指で払うと、ありがと、と妹みたいに笑った。
ずっと見ていたら変な気分になりそうだったので、俺は話を変える。
「今日は一段と声が出てたし、顔も崩れてたな」
「セクハラ」
「お互いに裸の状態で言ってもなぁ……」
「確かにそうかもね。……いっぱい出たじゃん」
無愛想な彼女は、ほんの少しだけ恥ずかしそうにする。顔を背けはせず、ジト目で抗議をしてくるだけ。
俺たちは互いの感情に触れあう仲ではない。中学の頃からの知り合いだが、俺が彼女の感情を一番汲み取れているのはセックスをしている瞬間だろう。
――そう、俺たちは今までセックスをしていた。
果てたばかりの俺は、たぷんと揺れるコンドームを少女に渡して、絨毯の上に転がる。
少女の方を向けば、息を呑むくらいに綺麗な肢体が目に映った。
染み一つない肌は、ホワイトクリスマスのように白い。胸は小ぶり。けどそこには官能的な魅力が詰まっている。お尻はちょっぴり大きめで触り甲斐があって──。
一度果てた後ですら、こうして眺めていれば欲情できるほど。
ついでに言うと、顔も抜群に可愛い。目鼻立ちは整っているし、唇はぷっくりと色がいい。ちょい垂れ気味の目尻のおかげで、全体的に柔らかい印象がある。
美少女、と。
はっきりそう言うことに躊躇しないくらいには、綺麗だ。
そんな子とセックスしていたと聞いたら、きっと誰もが羨むだろう。リア充爆発しろなどと宣うかもしれない。
けれども、俺こと
友達や親友、幼馴染といった表現ですら適切ではないだろう。だって、お互いの連絡先すらも知らないのだから。
俺たちの関係は――セックスフレンド、即ちセフレ。
高校一年生の俺たちには、どう考えても不似合いな関係性だ。
「暑い……暖房つけなくてよかったかも」
「どうせ風呂から出たらまた寒く感じてるって。ほら、シャワー浴びに行くぞ」
「それもそっか。ゴム、どうする?」
「あ、預かる。いつも通り偽装しとく」
「うん、お願い」
セックスする場所は決まって俺の家だった。
都会の一軒家。俺と父さんの二人暮らしにしてはでかい。当たり前だろう。元々は家族四人水入らずで過ごすつもりだったのだ。
けれど、ここで暮らすはずだった家族のうち半分はもう、この世にいない。
俺が小学生の頃、母さんと妹が交通事故で死んだのだ。
それからというもの父さんは仕事人間になり、この家をまともに帰る場所として使っているのは俺だけになってしまった。
って、そんなことはどうでもいいな。
暗くなりそうな気分を捨てるべく、俺は綾辻と共に風呂に向かう。
綾辻と共に浴室に入り、シャワーハンドルを捻って熱湯を出した。
水温はいつも44度。普段は39度前後で浴びるのでかなり熱いが、くたくたな身体に染みる感じが好きだ。
「ボディーソープ借りるよ」
「ん。緑の方がいいぞ。青いやつは父さんの安いやつだから」
「ふっ。思春期の女子みたいなこと言ってる」
「綾辻に気を遣ってやってるのに酷くない? どれがいいか分からなくてすっげぇ調べたんですけど?」
けらけら。
シャワーからの水音と綾辻の可笑しそうな笑い声か綯い交ぜになる。それなりに広い浴室に響くおかげで、あまり大きくない綾辻の声がはっきりと聞こえた。
お腹のあたりの透明な体液を熱湯が流す。コンドームを外したときに飛び散ったはぐれ者の体液はなかなか流れず、綾辻のおへそで粘っている。
「おかしー。たかがセフレにそこまで気を遣わなくたっていいのに。そういうとこ真面目だよね、百瀬って」
「真面目って言うか、当然の気遣いだろ。セフレとはよりよい関係を築いていきたい」
「ふぅん……それにしては、今日は結構乱暴だったけど?」
「うっ」
はっきりと指摘されてしまった。
そりゃ気付くよな。もう何度交わってるんだ、という話だ。
綾辻の言う通り、今日はセックスの最中に乱暴になってしまった節がある。
そういうプレイをしたい気分だったわけではなく、少し心がささくれだっていたせいだ。
「なんかあったの? まぁ、別にどうでもいいんだけど」
「悪い。ちょっと家のことで色々とな」
「ふぅん」
どうでもいいと思っているのか、それとも単なる相槌なのか。
どうとでも取れる相槌だ。
「実は近々、環境に変化がありそうでな」
「環境? 引っ越すとか、彼女ができるとか?」
「引っ越さないし、彼女に関してはできるわけなくね? 俺だぞ?」
「ま、それもそっか」
「おいこら」
自分で言うのと他人に言われるのとでは全然違うんだからね?
ってか、セックスした相手にはっきり言われるとマジで恋人じゃなくてセフレなんだよなって実感する。
まぁ実際、女子の知り合いなんて綾辻以外に約二名いるかなって程度だしな。片方はガチの親戚で、もう片方は妹みたいな後輩。どっちも恋愛対象にはなりえない。
「じゃあ、環境の変化って?」
「あぁ、それなんだけど」
綾辻が話を戻してくれたので、俺は素直に答える。
「父親の様子がちょっと、な。明らかにソワソワしてるし、絶対に近々再婚したいって言い出すと思うんだ。いい人がいるっぽくてさ」
「…………ふぅん」
「それでちょっとだけむしゃくしゃして、乱暴になった。マジですまん。痛かっただろ?」
「別に。ああいうのも悪くはない。気になっただけだから」
「そか」
そりゃそうか、と考え直す。
俺たちはセフレ。セックスしかしないフレンド。お互いの事情に踏み込むほどの関係ではないのだ。
シャワーを止めて、俺から先に浴室を出る。
タオルを渡すと、綾辻はぽんぽんと丁寧に体を拭き始める。
俺は、その瞬間が結構好きだった。エロいんだけど日常的な感じがあって、性欲よりも先に綺麗だなという気持ちの方が湧いてくる。
「うちの母親も最近帰りが遅いんだよね。帰ってくるとニヤニヤしてるし。幸せオーラが凄いし、再婚とか考えてるのかも」
「へぇ」
綾辻から家のことを聞くのはこれで二度目だ。
セフレになってから、父親がいないって話を一度だけ聞いた。たまたま三者面談の話になったときだったか。
「案外うちの母親と百瀬の父親が再婚したりするのかもよ?」
「流石にそれはないだろ。今は離婚も再婚も珍しいことじゃないし、綾辻の母親と父さんが再婚なんて万が一にもありえないっつーの。最近流行りのラノベじゃないんだから」
「冗談に決まってるじゃん。なんかガチで否定しすぎじゃない?」
「……悪い。いやほら、セフレが妹って流石に気まずいからさ」
綾辻が義妹になるなんて、絶対にダメだ。
そんなことになったらきっと、止まれなくなる。
健康的に白い肌。ツンと主張する突起。きゅっと引き締まった肢体。
綺麗な彼女を、決定的な過ちで穢してしまいそうで――
「……ねぇ、あんまりジロジロ見られると着替えにくいんだけど」
「あ、悪い」
ぴしゃりと冷水シャワーを浴びせるように言われて、はっと我に戻る。
人生は物語じゃない。ドラマティックな「もしも」は現実に存在しないんだ。くだらないことを考えるより、建設的なことに思考リソースを割くべきだろう。
今は3月。
いつまでも裸でいると風邪を引くかもしれないし、さっさと着替えてしまおうと思う。
「あ、そうだ。もしも本当に再婚することになったらどうする?」
「どうするとは?」
「する場所。家でする訳にもいかないでしょ」
「言われてみればそうか」
再婚相手が主婦になるのか、それとも仕事をするのかは分からない。仮に働くとしても、今までのようにラブホ代わりに家を使うってわけにはいかないだろう。女性はそういうのに気付くだろうし。
「んー。そのときはホテルでもいくか?」
「……それしかないか」
「金はかかるけど色々設備がいいって言うしな」
「それね」
話しているうちに、俺も綾辻も着替え終わる。
コンドームやシーツの処理も終わらせた。今日はこのあたりで解散だろう。
「じゃあ、また」
「送ろうか?」
「セフレにそこまでしなくていいよ。防犯ブザー持ってるし」
「そうだな。……でも、事故には気をつけろよ」
「分かってるって。過保護だなぁ」
くすくすと苦笑して、綾辻は家を出ていく。
今日は終業式だったから、綾辻と次に会うのは数週間先になるだろう。
それまでにこの熱が冷めてくれることを、願った。
――・――・――・――・――・――
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