06 絆

 長い夏が幕を開けました。僕は毎日兄の家に通わされました。しつけが始まったのです。兄のものをくわえさせられ、指示通りに動かしました。

 僕が逃げなかった、いえ、逃げられなかったのは、動画を撮られていたからです。それを見せられました。僕の苦しみ悶える姿が一部始終映っていました。

 兄にさせられながら、僕は父のことを思いました。なぜ、父は兄の存在を僕に隠していたのでしょう。一回目の結婚は、そんなに知られたくない過去だったのか。

 あの戸籍を見る限りでは、すぐに兄にはたどり着けないのだと知りました。転籍をしたのも、結婚の履歴を分かりにくくするためだったのでしょう。

 僕は父を恨みました。最初から兄のことを告げてくれていて、面会でもすることができれば、こんな形の再会はなかったでしょうから。

 しかし、全ては遅すぎました。僕は兄に犯されました。そして、これからも続く。兄はこう言いました。


「瞬。俺はお前のせいで人生狂わされたんだ。だから瞬のことは一生離さない。一生な」


 それは、こんな理由でした。僕の母との関係は、不倫でした。まだ兄の母と婚姻関係がある時に、僕の妊娠がわかったのです。

 父は妻子を捨て、僕の母と再婚しました。兄の母は、離婚から一年後に自殺したそうです。父を呪う遺書を残し、首を吊って。


「俺が最初に見つけたんだ。ぷらーんってな。首吊り死体見たことあるか、瞬。えぐかったぞ」


 そんな話をされた後、初めてのキスをされました。兄は僕のことを好きだといいました。しかし、それは憎しみの裏返しでもありました。兄の持つ複雑な感情を、僕は身体でわからされていきました。

 僕は行為自体を好きになろうと努力しました。どうせさせられるのなら、気持ちいい方がいい。相手は血の繋がった男ですが、一度やってしまったことは変わりません。僕は貪欲に兄を求めました。


「ふぅ、巧くなったな、瞬」


 そう褒められて、赤面してしまう自分がいました。兄の言うとおりのことをしてさえいれば、殴られないし、優しくされました。僕は兄に尽くしました。

 バイトでは、今まで通り坂口さんと彼を呼びました。梓さんともごく普通に接していました。兄が働いている様子を見て、あの制服の下の屈強な身体を知っているということを思うと、優越感にひたることができました。

 そして、傷が治った頃、兄は僕の身体をほぐすようになりました。


「本当はこうしてゆっくり広げるんだよ。大丈夫、じきに気持ちよくなれるから」


 兄の言った通りでした。指を入れられ、曲げられ、動かされ、僕は徐々に快感を得られるようになっていきました。

 お盆休みくらい帰ってこないのか、と母に言われましたが、バイトが忙しいからと断りました。本当に忙しかったというのもありますが、父の顔を見たくなかったのです。

 母についてはまだわかりませんでした。不倫と知りながら僕を身ごもったのか、確証がありませんでしたからね。

 そして、お盆が終わった頃に、梓さんと夕食に出掛けたことがありました。


「はぁ、やっぱりお盆は忙しかったね、瞬くん」

「梓さんの立ち回りのおかげで、僕も何とかこなせました」

「坂口さんも気がきくし、助かったよね。いい人が入ってきてくれたよ」


 肉体の快楽を覚えてしまった僕です。梓さんのことも、いやらしい目で見てしまうようになりました。

 あの服の下を見てみたい。下着を剥いでやりたい。鳴かせてやりたい。それには、梓さんの信仰が邪魔でした。


「ねえ、梓さん。梓さんは、好きな人いないんですか?」

「えー? 内緒」

「僕には色々聞くのに?」

「お姉さんには秘密が多い方がいいでしょう?」


 どうにかして、梓さんを僕のものにできないだろうか。そのことで頭がいっぱいになりました。そして、可愛いバイトの後輩を演じつつ、懐に入り込むことを決めたのです。

 兄にはそのことはバレていました。僕の身体を突きながら、聞いてくるのです。


「本当は梓ちゃんとやりたいんだろう? なぁ? 瞬は淫乱だもんな。やることばっかり考えてるもんな」


 そうです。僕は性欲に溺れました。自分から兄を欲し、積極的になりました。そんな僕の様子を兄はどう思っていたのでしょうか。今となってはわかりません。

 僕は兄の言うことなら何でも聞きました。料理を作ってやる、なんて健気なこともしました。ずっと一人っ子でしたからね。兄という存在がいてくれて、嬉しかったという気持ちもあったんです。

 兄は僕にとって、なくてはならない人になりました。僕の指針になり、何もかも導いてくれると思い込んでいました。

 痛みさえ愛おしくなり、例え乱暴に玩具のように扱われても、文句一つ言いませんでした。


「なあ、瞬。俺はお前が憎い。けどな、好きだ。好きになっちまったんだ。こんな俺の気持ち、わかってくれるよな?」

「はい、兄さん」


 兄を理解できるのは、この世でたった一人、弟の僕だけ。それを思うと、あの喪失さえ兄弟の絆のように感じました。

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