ヴァルライキ!!~女のフリをしてヴァルキリーに近付いたら、思ってた以上に仲良くなってしまって帰れなくなりました~

龍威ユウ

第1話:見知らぬ世界ではじまるデスゲーム

 彼――来栖蒼依くるすあおいにとって、そこはまったく見知らぬ場所だった。


 うっそうとした森の中である。明かりは、まるで上質な天鵞絨びろーどの生地をいっぱいに敷き詰めたかのような空にぽっかりと浮かぶ満月のみ。


 金色に輝くそれは氷のようにどこか冷たくも大変神々しい。



「ここは……いったいどこなんだろう」



 蒼依ははて、と小首をひねった。


 彼の記憶では、森に訪れるという予定はなかった。


 そもそも、夜の森がいかに恐ろしいかわからないほど蒼依も愚かな男ではない。


 だが、現実は――蒼依はこうして森の中にいる。それは紛れもない事実であった。


 状況がいまいち把握していない蒼依に、予期せぬ来訪者が現れた。



「……失礼ですが、どちら様でしょうか?」



 そう尋ねる蒼依の前に舞い降りた、美しい女性たちだった。


 絵に描いたような美人とは正しくこのことを言うのだろう、とそう思わせるほどの美女ばかりだが対する蒼依の表情はひどく険しい。


 何故ならば彼女たちは文字通り空からやってきたのだから。出で立ちについても、羽根つきの兜に鎧と、その装いはあまりにも猛々しい。



「――、予言していた人間っていうのは彼のことかしら?」



 一人の、ブロンド髪の女がもそりと言った。



「座標から随分と離れているけど、たぶん間違いないと思うわ」


「まぁどうでもいいじゃん。疑わしきはぶっ殺せっていうし」


「それを言うなら罰せよ、だろうに……」



 赤、青、黄色と……それぞれ特徴的な髪色を持つ女性たちが発する言葉は、とても物騒極まりない。


 まるで今から己を殺すような会話を目前にした蒼依が、更にぐっと身構えるのも致し方なかろう。


 不意に、ブロンド髪の女性が右手をすっと横に伸ばした。


 すると何もなかった空間より、それはパッと彼女の手中へと収まる。


 一条の槍だった。全長はおよそ四尺約120cmと短めでこそあるが、穂先は大変鋭利である。月光をたっぷりと浴びてきらめく黄金の輝きは、満月に劣らぬほど美しい。


 同様に、女性らの手にも槍が現れる。


 そしてその穂先は、すべて蒼依へと向けられた。



「い、いきなりなんのつもりですか……!?」



 蒼依が口火を切って吠えた。


 すると赤髪の女性が静かに口火を切る。紡がれる言葉はどこか憂いている印象を彼に与えた。



「――、あなたに恨みはないわ。だけど、これも運命なの」


「……私を殺すことが運命だというんですか?」


「そゆこと。というわけでサクッと死んでくれるかな?」


「せめて苦しまずに殺してやる……許せよ」



 槍を構える彼女らに躊躇いは一切なかった。



「くそっ……!」


「あ、逃げた!」



 蒼依はこの場からの逃走を図った。


(本当にいったいどうなってるんだ……!?)


 薄暗い森の中を疾走する傍らで、蒼依は幾度と自問を繰り返した。


 もっとも、いくら自問をしたところで納得する答えが出るはずもなし。


 やがて思考は現状をいかにして打破するべきか、それについて切り替えられた。


 女性たちは、いつの間にか背中には生やした純白の双翼をもって蒼依を追跡している。


 うっそうと木々が生い茂る中、飛行するのはさぞ骨が折れるであろうにも関わらず、彼女らの飛行技術の前には障害物はなきにも等しい。


 あっという間に蒼依の背中にぴったりと追いつくと、手にした槍を豪快に投擲した。



「あぶな!」


「ちぇっ! はずれちゃった~」


「あの人間、思いのほかずいぶんとはやいな」


「やはり、あの人間で間違いないわね……なにがなんでもここで仕留めるわよ!」



 黄金の槍が次々と蒼依へと襲い掛かる。


 さながらその光景は雨のようであり、一切の容赦がない。


 しかし蒼依はそれをひらり、ひらりと回避してみせた。


 彼の足さばきは例えるならば流水である。


 滞ることを知らない水を髣髴とする滑らかな体捌きが、彼女らからの攻撃をすべて回避し続けた。


(とは言っても、このままじゃいつかやられる!)


 程なくして、蒼依は開けた場所へと出た。


 月明かりを遮る木々もなく、円形状に設けられた空間で蒼依は立ち止った。


 もちろん、彼女らからの追跡から逃れるのをあきらめたからではない。


 彼の口から言わせれば、今自分はわけもわからないまま殺されようとしている。


 ならば当然、自己防衛のために闘わなくてはならない。これは正当防衛である。



「……どうしても私を殺すというのなら、もう容赦はしませんよ?」



 そう冷たく言い放つ蒼依に、女性たちにちょっとした変化が生じた。


 彼女からすれば、単なる人間を一人殺すだけだっただろう。それは造作もないことだったし、すぐに終わるはずだったかもしれない。


 だがたった今、己が追いかけているのが単純な獲物ではなく、獰猛な獣であると理解した瞬間。これが狩りではなく、戦いであると意識を切り替えたのだった。


 女性らをじろりと睨む蒼依のその赤き瞳は、まるでごうごうと燃ゆる烈火のようだ。


 すべてを飲み込み、骨さえも焼き尽くさんとする荒々しくも猛々しい眼光が、女性らをけん制した。



「……私にこれを抜かせたんです。それなりの覚悟はしていてくださいよ?」



 そういって蒼依が手にしたのは一振りの太刀だった。


 刃長はおよそ二尺四寸一分約72cm、直刃の刃文に棒樋が入った刃の重ねはとても厚い。


 そのため一般的な太刀よりも、彼が所持するそれはずしりとした重量感を仕手に伝える。


 剛刀……切れ味と耐久性に特化したそれは、まさしく業物と呼んで相応しい。


 事実、蒼依が所持する太刀はかの国では大変有名で、その名を知らぬ者は一人としていない。



「――、かの刀匠……千子村正せんじむらまさが打ちしこの一振り。恐れないのでしたらどうぞ、遠慮なくかかってきてください」



 千子村正せんじむらまさ――妖刀作りにおいて、かの右に出る者はなし。


 そう謳われる彼の作刀は等しく呪われていた。


 仕手に凄惨な不幸をもたらすとして、都では販売はおろか所持することさえも固く禁じられるほど。


 それを所持している蒼依も当然ながら立派な法律違反者であるのだが、肝心の当人はそれについておもんぱかる気持ちはさらさらなかった。


 好きなものを所持して、いったい何が悪いというのか。



「……やはり、ただでは殺させてはくれないみたいね」


「もちろん。あなたたちが何故私の命を狙うのか、それについてはぜひともお聞かせ願いたいところではありますが……いずれにせよ、私はここで死ぬつもりは毛頭ありません。ですので、精いっぱいの抵抗をさせていただきます」


「その意気やよし! ならば思う存分神のご意思に足掻いてみせるがいい!」


「……神?」



 黄色の髪をした女性が先陣を切った。

 力強い羽ばたきは、たちまち両者の間にあった距離を一瞬にして縮める。


 女の槍がごう、と大気をうならせた。まっすぐと空を穿つ強烈な一刺しは、蒼依の心臓へと狙いを定める。


 けたたましい金打音が幾度となく静寂を裂いた。


 太刀と槍がぶつかればわっと激しく火花が散り、けたたましい金打音が奏でられる。


(この人……見かけによらず強い!)


 蒼依は決して、相手が女性であるからなどという理由で軽んじてはなかった。


 むしろ、背中に双翼を生やしただけでなく空まで飛ぶような輩を軽んじるなど愚の骨頂という他ない。


 蒼依は全力で挑んだ。それこそ、相手が誰であろうと敵として対峙したからには本気で打つつもりで、彼は太刀を振るっている。


 その一撃が、技が、未だ敵手を仕留めきれずにいるという事実に蒼依は驚愕するのを禁じえなかった。


(このままだとこっちがやられる!)


 長期戦になることをなによりも恐れた蒼依に、突如として青白い炎が彼のすぐ横を疾走した。ごうごうと激しく燃え盛るそれはあっという間に女性達を包み込む。


 耳をつんざく断末魔が上がった、のもそれはほんのつかの間のこと。


 苦しむ間もほぼ与えず死に至らしめる青白い炎は、ある意味慈悲深くもあった。


 さて、予期せぬ乱入者に蒼依が向ける眼光は、手にした太刀のようにぎらりととても鋭い。



「……あなたはどちら様ですか?」



 蒼依の問いかけに、老人が立派な白い顎髭をくしゃりと撫でた。



「――、まぁまぁ。そう警戒せんでも大丈夫じゃわい。ワシの名前は――そうじゃな、わかりやすくロキと名乗っておこうかの」



 愉快そうにからからと笑う老人――ロキを、蒼依はただ怪訝そうに見やった。

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