第52話 懐かしいウィンターベル伯爵領


両親との対面を済ませたヴェイグ様と少し休めば、ウィンターベル伯爵邸を案内してくれというので、二人で庭の散策に来ていた。


「ご両親は、おおらかだな。気に入られただろうか?」

「お母様は、すっごくお気に入りだと思います」

「では、今度何か贈ろう。お父上はどうだろうか?」

「気に入っていると思いますけど……あまり、お互いに干渉するような親子ではないので……」


さすがに、王太子殿下との婚約破棄には驚いていたけど。


日傘を指して歩いていると、ヴェイグ様をふと空を見上げた。彼に倣い私も見上げると、飛竜がやって来た。

ヴェイグ様が指笛を吹くと、飛竜が気付いて降りてくる。


「アベル。早かったな」

「はい。あの後すぐにカレディア国の陛下が来まして……」

「ああ、やはり来たのは陛下か」


アベルが飛竜から降りながら、ヴェイグ様に言う。


「陛下が、何の用なのです? 直々にヴェイグ様を訪ねるなんて……」

「セレスティアは、知らないのですか? ヴェイグ様が、マティアス王太子殿下を闇の中に閉じ込めたそうです。だから、それをどうにかして欲しくて、陛下が来ました」

「……王太子殿下を?」


「いらんことを言うな」とアベルに言うヴェイグ様には、悪気は全くない。


「ヴェ、ヴェイグ様――! いったい何をやっていたんですか!?」

「仕置きだ。セレスティアに手を出そうとした」

「それでだけで?」

「色々腹立たしいことはあるが……そんな気がする」

「陛下が倒れたらどうしましょう……」

「閉じ込めた闇魔法は、一日ぐらいしか持たんから、ほっといても大丈夫だぞ。カレディア国の陛下の心労は、寝てれば治るだろう」

「では、すぐに帰る必要はないですか?」

「ほっとけ。俺は今、どうやってセレスティアのご両親に気に入られるか模索しているところだ」

「もう気に入られていると思いますので、お父様たちもほっといて良い気がしますけど……」


一日で闇から解放されるなら、確かに私が帰る必要はない。よく考えれば、良い薬だ。


「……アベルも今夜の晩餐に是非出席してくださいね。ヴェイグ様の部下の方たちもご招待致します。飛竜もウィンターベル伯爵邸の裏の丘に駐屯させてください。部屋も準備してますからね」

「ありがとうございます。では、俺はこれで失礼します」


アベルがまた飛竜に乗って行くのを見送る。ヴェイグ様は、ご機嫌なままだった。


日も暮れ夜になると、ウィンターベル伯爵邸の大広間に晩餐会は準備されていた。

向かい同士になっている長いテーブルに真っ白なテーブルクロスが敷かれて、食器が等間隔で並んでいる。


「シオンたちも、今夜はゆっくりと休んでくださいね」

「いいのですか? 私は、今は一応執事なのですけど……」

「いいのです。ヴェイグ様のせいで、落ち着いて休めなかったでしょうから……それに、竜騎士だとお聞きしました。それなら、騎士として晩餐会に出席しても問題はありませんよ」


ふっ……ヴェイグ様と私のせいで、何度逃亡させたことだろうか。

今夜ぐらいはゆっくりとして欲しい。ウィンターベル伯爵邸なら、ウィンターベル伯爵邸の使用人がいるから、休めるはずですよ。


そして、なぜ、ヴェイグ様の隣がお母様なのですか!?


ほほほとご機嫌なお母様は、いつもよりも張り切っている。

確かに歳に似合わずに、未だに美人ではあるけど。

そして、私の隣はお父様だった。


「……お父様。あれは、ほっといていいのですか?」

「お母様と言いなさい。娘の夫になる人物がどのようなものか、知りたいのだろう」

「自分の趣味ではないのでしょうか」

「レアンは、趣味がいいからな」


ははは、と軽快に笑うお父様の乾杯の合図で晩餐が始まり、穏やかな晩餐を堪能する。


久しぶりのウィンターベル伯爵邸のお料理は昔の味とそう変わりがなくて、意外と覚えているものだなぁ……と懐かしい気分で食べている。


「デザートは、セレスティアちゃんの好きなベリーのタルトだぞ」

「もしかして、覚えて下さっていました?」

「娘のことは覚えている。レアンが、セレスティアちゃんはベリーのタルトを一番よく食べていたと、今夜のデザートに決めたのだ」

「まぁ、お母様が……」


お母様に目をやれば、ヴェイグ様の隣でご機嫌だ。


「セレスティア」

「はい。いつも、そう呼んでくださいね。お父様」

「……よく頑張ったな。また、会えない日の方が多いだろうが……会えてよかった。いつでも、帰って来なさい」

「……部屋も置いてくださってましたものね」

「一生お前の部屋だ」


胸がじんと来た。私に興味のない夫婦だと思っていた。王都にもほとんど来ないで、私のことをそう気にかけない。でも、私に何かを押し付けることはない。邪魔をすることもなくて……お父様の真面目な側面を垣間見たからか、言葉に詰まったままでお父様のことばを嚙み締めていた。

すると、お父様が、立ち上がり軽く私の頭を撫でた。


「セレスティアちゃん。見てなさい」


何をするのだろうと顔を上げれば、お父様のテーブルの前にワゴンが置かれた。


「では、ウィンターベル伯爵の余興を少し……シュタルベルグ国、そして王弟殿下を讃えて」


晩餐会の注目をお父様が集めると、目の前のワゴンに、ウィンターベル伯爵家が得意とする氷の魔法で、飛竜を形作っていった。

ウィンターベル伯爵家は、氷の魔法の使い手が多い。お父様も、もれなく氷の魔法が得意な魔法使いだ。その魔法の余興を直々にしてくれることに心打たれた。


「では、デザートも含め、カードやお酒をご自由に堪能下さい」


お父様が一礼をすると、ヴェイグ様がワイングラスを持って立ち上がった。


「ウィンターベル伯爵に感謝を」


そう言って、和やかな晩餐会は終わった。

各々が席を立ち、大広間に用意されていたバーカウンターで好きなお酒を取りに行っている。いつの間にか、下僕(フットマン)たちは、ボーイのようにお酒を持って歩きだしていた。


イチゴのタルトを食べていると、先に食べ終わったヴェイグ様がさっそく私のそばに来て、私の身体の左右に手を伸ばしてテーブルに手をついた。


「セレスティア。デザートは美味しいか?」

「久しぶりでしたので……」

「ああ、絶品のデザートだったな」

「ヴェイグ様も気に入りましたか?」

「気にいった。シュタルベルグ国でも出そう」


最後の一口を食べ終えてヴェイグ様を見上げれば、男らしい引き締まった目と合う。


「お母様とは、楽しかったですか? 若作りの母なので……」

「ああ、とても楽しかった。セレスティアが、昔はよくベリーのケーキを食べていたことも教えてくれた」


ヴェイグ様が差し出した手に、私の手を添えて立ち上がると、お母様とお父様がやって来た。

お母様は、マティアス様よりも、ずっとヴェイグ様を気に入っている。


「セレスティアちゃん」

「お母様……まだ、ヴェイグ様にご用ですか?」


そんな頬を薄く染めて来られても、対応に困惑する。天然にもほどがある。

ヴェイグ様の腕の中で、眉間にシワが寄ってしまう。


「まぁ、とっても素敵な婚約者をお連れしたから、褒めてあげようと思っただけよ」

「はぁ、いろいろ問題発言のような気がしますが、久しぶりなので聞かなかったことにします」

「そうしなさい。それと、お休みと言いに来ただけよ。ヴェイグ様。セレスティアちゃん。私たちは、これで失礼しますわ」

「遊ばないのですか?」

「我々がいては、ゆっくりと遊べないだろう……セレスティアちゃんを助けて下さったシュタルベルグ国の方たちだ。ゆっくりと遊んでいただきなさい」


そのために、晩餐会に全員招待してくれたのだ。今まで、離れて過ごしていたから、お父様たちが私への感謝をヴェイグ様たちに現わしてくれるとは予想外だった。


「ウィンターベル伯爵。夫人。感謝いたします。部下たちを代表して申します」


……なぜ、ヴェイグ様はお父様たちには、礼儀正しいのだろうか。

まったくヴェイグ様の思考回路が理解不能のまま、お父様たちをおやすみなさいの挨拶をして別れた。


大広間で、アベルやシオンたちがカードやお酒にと楽しんでいる中で、私とヴェイグ様はバルコニーに出ていた。


「……ウィンターベル伯爵領は、カレディア国やシュタルベルグ国の王都よりも寒いのものだな」

「そうですね。雪が降れば、もっと寒くなりますよ。でも、とても綺麗なのです」

「それは、ぜひとも見たいものだ」

「はい。一緒に見たいです。私も、ずっとウィンターベル伯爵領の雪を見てないので……」


懐かしい雪景色を思い出せば、冷たい雪の中を一緒にお母様と歩いていた記憶がある。

今夜は、何もかもが懐かしい。見知った料理に、好きだったデザート。今も、小さくカットしたベリーのパイをお皿に乗せて、バルコニーに来ており、ベリーのパイを食べようとすると、ヴェイグ様が腰に手を回してくる。


「……一口くれるか?」

「食べたばかりですのに……」


バルコニーの手すりに二人で立っていたヴェイグ様が、そっと顔を近づけてくる。

その節目な表情が艶顔に見えて、どきりとした。

そのせいで、小さくカットしたパイを持っていた手が微かに震えたままで止まっていた。

小さくカットしたパイは、ヴェイグ様に一口で食べられてしまい、カットした部分から、少しだけはみ出たベリーのジャムが付いてしまった私の指をヴェイグ様がなめた。


「好きだよ。セレスティア」

「私もですよ……早くシュタルベルグ国に連れて帰ってください」

「そうする」

「でも、逃亡は無しですよ」


抱き寄せたヴェイグ様の胸板にもたれて、くすりと笑みがこぼれた。






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