第51話 ご両親対面


飛竜で飛び立って数時間後。ウィンターベル伯爵領の森へと降り立ち、休んでいた。

シオンを筆頭に、すぐさま食事の準備に寝床の準備がテキパキと進められて、今はシオンの作った美味しいスープとサンドイッチを食べている。


「……ヴェイグ様。ウィンターベル伯爵邸に行かないのですか?」

「何を言っている? 今は深夜も過ぎているとはいえ、普通なら就寝時間だろう。セレスティアのご両親にご迷惑をかけるわけにはいかん」

「なんで、そこだけ常識的なのですか!」

「セレスティアのご両親に嫌われたら困るだろう」

「お父様たちなら、大丈夫だと思います」


ずいぶんと緊張(?)しているらしいが、まったくそんな素振りが微塵も見られない。


「シオン。日が昇れば出発だ。スーツを準備しておいてくれ」

「こんな森の中でスーツを着る人なんていませんよ……」


どこまでマイペースなのか……ヴェイグ様は、お父様たちに挨拶をすることしか頭にない気がする。

カレディア国で何をしてきたのかも言わないし……。


怪しいと思いながら、晩餐を食べ損ねたためにサンドイッチを齧り、ヴェイグ様の予定通りに日が昇ると出発した。



ウィンターベル伯爵邸に到着すれば、飛竜に囲まれた邸に驚いた使用人たちが慌ただしく当主であるお父様たちを呼びに行っていた。


ヴェイグ様の飛竜だけがウィンターベル伯爵邸の庭に降り立ち、他の飛竜は空で待機していると、目を丸く見開いたお父様とお母様が玄関外にやって来る。


「セ、セレスティアちゃん……?」

「お父様。お母様。ただいま帰りました」

「いったい、どうしたのだ?」


飛竜に驚きながらも、手を広げて抱きしめてくれる。まだ、子供だと思っているのだろう。

もう何年も会ってなかったのだ。


「セレスティアちゃん……後ろの方は……」

「お父様、お母様。ちゃん付けしないでください。私はもう大人ですよ」


のほほんとした両親だが、後ろにいるヴェイグ様と帰って来たことは、この両親を酷く驚かせたらしい。


「突然の訪問お許しください。私は、ヴェイグ・シュタルベルグと申します」

「まぁ、男前だわ……」

「お母様。ちょっと静かにしてください」


引き締まった目元に端整なお顔、長い足に似合うスーツ姿のヴェイグ様を見て、ぽっと頬を染めるお母様にしっかりと目を合わせてにこりとするヴェイグ様。


「シュタルベルグ……?」

「私は、シュタルベルグ国、王弟殿下ヴェイグです。本日は、セレスティア嬢のご両親にご挨拶に参りました」


シュタルベルグ国の王弟殿下と聞いて、お父様がすかさず礼をとる。


「失礼いたしました。私は、ウィンターベル伯爵家当主ハーシスと申します。こちらは、妻のレアンです」


お父様に挨拶をして握手すると、次はお母様の手をとりそっとキスの挨拶をする。

妙に色気のあるヴェイグ様が挨拶をすると、母に艶顔を見せてどうする! と呆れてしまう。


「しかし、挨拶……?」


そう言って、お父様が隣にいる私をちらりと見る。

突然大国シュタルベルグの王弟殿下が私と帰ってくれば、驚くことは無理もない。むしろ、貴族らしく、ヴェイグ様に続いて挨拶をしたお父様に、のほほんとしていても、やはり当主だと感心するところなのだろう。


「あのですね……とりあえず、邸の裏の丘をお借りしてもいいですか? 飛竜を下ろす場所に使わせていただきたいのです」

「ああ、それはかまわないが……」


お父様が空を見上げれば、何頭もの飛竜が上空で羽ばたいている。


「ヴェイグ様。竜騎士団はウィンターベル伯爵邸の裏になだらかな丘があるのでそちらで飛竜を休ませてください。邸に部屋も準備をすぐにいたしますから」

「ああ、助かる」


そう言って、ヴェイグ様が飛竜に合図すると、一頭の飛竜が降りてきて、ヴェイグ様の指示を聞いていた。


「セレスティアちゃん。ここでは失礼だから、王弟殿下ヴェイグ様と邸に来なさい」

「はい」


そう言って、竜騎士団に指示を出した後に、ヴェイグ様と久方ぶりの邸へと足をふみいれた。


久しぶりの邸でも、内装はそう変わりなく、辺りを見回しながら進んでいると懐かしいと思えた。


本棚に囲まれた書斎に案内すると、書斎机の前にあるソファーにヴェイグ様が座り、ヴェイグ様が「おいで」と言って私を隣に座らせていた。

ソファーテーブルには、シュタルベルグ国の王弟殿下が突然訪問したことに緊張した執事が、お茶を準備して扉の前で控えている。


「セレスティアに結婚を申し込みました。どうか、許していただきたい」


私が説明しようとすると、ヴェイグ様が立ち上がり、胸に手を当てて礼儀正しくお父様にはっきりと言う。

お父様は、また驚いた表情を見せた。


「まぁ、セレスティアちゃんと結婚を?」

「はい」


お母様も驚いて聞くと、ヴェイグ様が返事をする。


「セレスティアちゃん。王太子殿下はどうした?」

「婚約破棄をされました」

「いつ?」

「色々ありまして……」


のほほんとしているお父様でも、さすがに婚約破棄には顔を引きつらせた。

簡単な事情を説明すると、目を瞑ったままでお父様が考え込んでいる。


「……で、婚約破棄をしたと?」


ニコニコとお茶を飲んでいるお母様の隣で、お父様が頷いた。


「ですので、すぐにセレスティアに婚約を申し込みました」

「お父様……反対しますか?」


反対はないだろうと思っていたけど、ヴェイグ様が礼儀正しいせいか、無性に緊張する。


「反対などしない。娘を傷付ける王太子殿下よりも、大事にしてくれる王弟殿下様のほうが、ずっといいじゃないか」

「そうですわ。それに、とっても男らしくて礼儀正しいわ」


確かに礼儀正しいのですが、ここには挨拶と言いながら何をやったかわからないヴェイグ様と逃げて来たのですよと突っ込みたい。


「結婚式はシュタルベルグ国かな? 我々も呼んでもらえるのだろうか?」

「もちろんです。特等席を準備いたします」

「まぁ、楽しみだわ」

「では、次の旅行はシュタルベルグ国だな。楽しみだ」


笑い交じりでお父様が言うと、お母様も笑顔で手を合わせて喜んでいた。


「では、ヴェイグ様の部下の方たちに部屋をご案内しますので……」

「ああ。今日の晩餐は早めに用意しよう」


お父様がそう言って、書斎の扉の前に控えている執事に伝え始めた。


「お父上たちとの話しはいいのか?」

「みんなを休ませてあげないと、シオンたちも疲れますよ。ヴェイグ様が晩餐もキャンセルして出発したのですから……お父様、お母様。お食事を楽しみにしてますね」


久しぶりの両親との食事は楽しみだと思えた。するとお父様がヴェイグ様を呼び止めた。

笑顔のままだけど、目は真剣な眼差しに見える。


「……ヴェイグ殿下」

「どうぞ、ヴェイグと呼び捨てでかまいません。セレスティアのご両親です」

「呼び捨ては、ちょっと難しいかな……ですが、ヴェイグ様とお呼びしても?」

「もちろん」

「セレスティアちゃんは、親に似ずに少し冷たい印象だが、いいのかな?」


それが親の言うことか!


冷たいと言われればそうなのかもしれないが、それは威厳を持った妃になるためです。大聖女になる予定だったのですから、お父様たちのようにはなれなかったし、そもそも、私はウィンターベル伯爵邸では、10歳になる前から離れて暮らしているのです。


「そこも可愛いくて、俺はセレスティアに夢中なのですよ」

「ひっ……」


そう言いながら、ヴェイグ様が私の頭に唇を落とす。思わず、声にならない声がでる。

赤くなった顔。両手で頭を押さえれば、ヴェイグ様は、「何だ、今の悲鳴は?」と呆気に取られていた。






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