第15話 お風呂
「ほわあ…。」
温かいお湯が張った浴槽に身を浸かり、アリスは感嘆の声を上げた。
「気持ちいいでしょう?」
「うんー。」
狭い浴槽に肩を並べるようにして、紅夜もお湯に浸かる。
「こうや、この水は何で緑色なの?」
アリスは不思議そうに、手のひらで器を作ってお湯を掬う。
「うん?ああ、薬湯にしてみたの。少しは森っぽい香りがしない?」
「する。何か懐かしい香り。」
よかった、と紅夜は微笑む。
真昼の光りが差し込む中、白い湯気が立ちまるで浴室は繭の中のようだった。ぴちょん、と時折天井から雫が落ちる音が響く。
「アリスさん、体を洗おう。」
そう言って先に浴槽から出る紅夜を、アリスはじっと見つめる。
「? なあに。」
「こうやの肌、白くてきれいだね。」
「そう?ありがとう。」
タオルを石けんで泡立て、アリスの柔い肌に宛がう。大人しく、アリスは紅夜にされるがままだ。
「アリスさんの肌も、健康的でとてもすてきよ。」
彼女の背中を洗いながら、紅夜は言う。
「本当?えへへ…。」
アリスは照れくさそうに笑った。
「あれ?こうやの左腕、傷跡があるね。痛い?」
アリスの視線の先には、桃色の肉がふっくらと盛り上がる線が引かれたような傷痕があった。その痕は紅夜の肌が白く美しいだけに、よく目立った。
「…痛くないわ。昔の傷だもの。」
そう言って、紅夜は傷痕を一回撫でるのだった。
浴槽から汲んだお湯で体を洗い流し、今度は髪の毛を洗う。アリスの髪の毛は鈍い灰色で、しっかりとしたコシがあった。丁寧に手入れすれば優雅で落ち着いた色になるだろうと思う。
「…私、ルイス以外の人に優しくされたの初めて。」
「そうなの?」
アリスの髪の毛を念入りにくしで梳かしながら、紅夜は彼女の話を聞く。
「私たちはずっと、ふたりぼっちだったから。それでも良いって思ってたし、今でも思う。だって、ルイスが大好きなの。」
「うん…。」
「私ね…、ルイスが人に大事にされてとても嬉しいんだ。だから、こうやとちょうちょうにありがとうって思う。」
アリスがそっと紅夜を振り返ってみる。アリスの蒼い瞳に映る自分と目が合った。
「こうや、すきだよ。」
彼女の真っ直ぐすぎる瞳と言葉に、紅夜の胸がいっぱいになる。その想いは涙腺を直撃して、目の前が潤んでしまった。
アリスは紅夜の目の縁に浮かんだ涙を見て、首を傾げる。
「どうして泣くの?」
「なんでかな…。嬉しいから、かな。」
不意に、アリスが紅夜の鼻の先を甘噛みした。そのささやかな刺激に、紅夜は驚く。後にその意味を蝶々に聞くと、狼の親愛の情の現れだと教えてもらった。
「あ、ありがとう。」
「涙止まったね、こうや。」
にっこりと笑うアリスはとても可愛らしかった。
「あがりましたー。」
「ルイス、おふろどうぞー!」
ほかほかと湯気をまといながら、紅夜とアリスが居間にいる蝶々とルイスに声をかける。
「アリス、大丈夫か?」
「うん。気持ちよかったよ。」
心配で駆け寄ってきたルイスに、アリスは笑顔で答えた。
「だから、大丈夫だって言ったろ。」
蝶々がルイスの頭をくしゃりと撫で、さて、と声をかける。「じゃ、今度は俺たちの番だ。行くぞ。」
着替えを持ち、蝶々はルイスを浴室へと促した。
「うー…。」
「ルイス、行ってらっしゃい。」
ファイト、と可愛らしく応援するアリスに背中を押されて、ルイスは覚悟を決めて蝶々と連れだって行った。
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