第4話 入学式3

 スクリーンに手書きのアニメが投影される。壇上のスピーカーが音楽をかき鳴らす。生徒たちの顔にアニメーションの光がちかちかと反射している。皆、言葉を飲み込み、日芽香はわたしの席に身体をねじ込んで、うきうきとスクリーンに熱い視線を注いだ。否、日芽香だけでなく、全生徒の視線が、スクリーンに注がれていた。


 ――結論から先に言おう。


 ネマコンが魅せてくれたアニメ映像は、悪い噂など一瞬にして吹き飛ばすくらい、紛れもなく素晴らしい出来だった。

 尺は十五分のショートムービーで、劇映画というよりもミュージックビデオのような構成だった。

 まず男子高校生が寝坊するところから始まり、朝の通学路を駆けていたら角でパンを咥えた女の子とぶつかって、ときめいてしまうというド定番な展開が冒頭に配置されていた。そして「ありがちな展開だな」などと呆れさせる前に、画面全体が大爆発に包み込まれる。

 なんだなんだと思わせているうちに煙が晴れていくと、一気に二人の深層世界に突入する。厚みのある演奏が始まり、世界の名だたるロマンティック作品である『ロミオとジュリエット』、『美女と野獣』、『タイタニック』、それからわたしの世代が知ってるのだろうか『風と共に去りぬ』と『ローマの休日』、『雨に唄えば』の名シーンをその男女が演じ分け、男の子が一目惚れした衝撃をオマージュをふんだんに使用しつつ、有名なシーンになぞらえた演技がアニメーションに変化し、リズミカルに詰め込まれていた。

 ハーモニー処理と言われる止め絵に絵画的なエフェクトを足す手法が取り入れられており、ハーモニー処理が薄れていくと単色塗りの二人がクロスフェードして、意匠を凝らしたドレス衣装を着たままキャラが踊るという、鼻血が出そうなほどカロリーの高い芝居も描かれていた。まるで絵画からそのまま人が出てきたようなワクワク感が胸を高鳴らせ、そのシーンだけでも有り余るほどに見ごたえがあった。

 止め画の映るシーンでも常に上手から下手へゆっくりとスライドしたり、QTB(※クイックティルトバッグ……早い速度でズームアウトすること)を入れたりと動きをつけていて、立体感を強調するためか手前のブック素材(レイヤー分けされた背景素材)にぼかしを強めに処理して望遠感を作り出していたりと、躍動感溢れる演出が意図的に行われていた。更には撮影担当者の腕がいいのか、撮影処理が各オマージュごとに色合いを変えており、加えて全体の色味はフィルムルックを採用し、レンズフレアやボカしのさじ加減が絶妙で、尚且つ色の多いシーンではあえて四隅を暗く落として中央の主役達を際立たせるといった基本に忠実な演出も行われていた。

 なによりも背景の質が段違いに素晴らしかった。男女二人のキャラクターを目立たせるために、あえてふわっとした色合いやぼかし具合で描かれたものと、はっきりと描くものをきちんと使い分けている。しかも背景だけで数分は持つレベルの細かな彩色、パースをあえて無視した広がりのある遠景は見事で、なによりも主役のキャラクターをより美しく見せるだけでなく、オマージュしているそれぞれの世界観を最初のワンカットだけで理解させるために塗りや描き方をそれぞれで変えており、おそらくテレビアニメですらこのクオリティのものを出し続けるのは困難とも思えるレベルの出来映えだった。

 最後は一番の見せ場なのか、主役の二人が唐突に空から落ちていくシーンが流れ、落下している二人の周りをカメラが三百六十度回転するという大技を繰り出した。更には二人がこれまで着ていた衣装が風に脱がされながら変化し、最後には学生服に戻って地上に着地する。

 そして二人の魂が元の身体に戻ってくると、男子生徒が女子生徒に手を差し伸べるところで、わざとダサく作ったのか『LOVE』のテキストが全面に押し出され、そのままENDの文字に変わって上映が終了した。ストーリー性などまるでない、まさにやりたい作画を全部詰め込んだ、めちゃくちゃながら、素晴らしい仕上がりだった。


「…………」


 上映が終わると、体育館は静まり返っていた。程なくして興奮が徐々に膨れ上がり、生徒達が一斉に喝采を打ち鳴らした。


「わー! やっぱすごいー! ネマコンさいこー!」


 隣で日芽香が叫び、わたしも思わず拍手を繰り返していた。

 また部長が壇上に上がって、頭をぽりぽり掻きながら、


「ご鑑賞ありがどうございましだ。ネマコン部の紹介は以上になりまず。最後に部員募集に関してでずが、」


 部長はそう言葉を区切ってから、


「入部には恐れながら実技デストを行いまず。画力に自信のある方は是非足を運んでみでくだざい」


 と、告げた。

 それを聞いて、周りの生徒達が「えー、私絵描けないよ」「なんだ、入りたかったのにな」と、がっかりしたような声を零す。


「ねえ、ヒメ」

「うん?」


 日芽香が爛々と目を輝かせたまま、顔も向けずに返事をする。


「わたしたちが去年、ここの文化祭で見たのもあの映像だったよね?」

「うんうん! ほんとっ、よくできてるよね!」


 そういうことじゃない。

 あれは〝去年〟も見た映像だ。去年も見たということは少なくとも一年前には出来上がっていた作品ということだ。こういう場では最新の作品を流すものじゃないのだろうか。例えば、『今年の冬』に完成させたという噂の最新作、とか。

 しかし実際に流したのはそれよりも過去の作品。もしかすると、今のネマコン部ではなく、昔の先輩が関わっていた時代の作品かもしれない。

 〝例の噂〟。


 ――今のネマコン部は最悪。


 脳裏によぎった考えは、少しの不安を胸の中に呼び込んだ。

 ネマコン部を最後に、全てのレクリエーションは終了した。

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