第15話
結喜がしばらく車を走らせると、目的の場所が見えてきた。
九十九島パールシーリゾート。通称パールシー。昔からある佐世保の観光公園だった。
長崎県は全国でも海岸線が最も長い県であり、その海岸線のほとんどが無数にある離島によるものだった。いわゆる多島海と言われる海である。
佐世保も同じく多島海となっており、多くの島が見られる場所だった。その島の多さから『九十九島』と呼ばれており、自然公園として知られていた。
パールシーはその九十九島を臨む観光施設であり、ここから二隻の遊覧船が観光客を乗せて出航し、九十九島の海を泳いでいた。
時刻は七時になろうかとしていた。当然ながらパールシーに人の姿はほとんどなく、結喜以外はジョギングをする人や、犬の散歩に来た人くらいしかいなかった。
結喜がパールシーを歩く。朝の静かな空気と穏やかな波の音が流れる中、結喜の目の前にヨットの係留所があった。
九十九島は多島海なので、波も穏やかな海域だった。そのためヨットが安全に帆走できる海となっており、ヨットの愛好家に好まれていた。パールシーにあるヨットハーバーには数十隻のヨットが係留されており、休日になれば多くのヨットが九十九島を帆走する姿が見られた。
結喜の前に多くのヨットが並び、さらに真っ白なマストが空に向かって伸びていた。
その時、向こうの山から太陽が姿を現した。それまで薄暗かったパールシーに光が注がれ、辺りは一気に眩しくなった。
「うわ……」
結喜が思わず声を上げた。彼女は目の前の光景に息を飲んだ。
太陽に照らされたパールシーは一気に輝き始めた。海は太陽の光を吸い込んで黄金色になり、九十九島の島が鮮やかな色を灯していた。
そんな太陽に照らされるように、目の前に立ち並ぶマストが純白に光るのが見えた。
太陽を背に整然と並ぶマストたち。その光景はどこか荘厳で、何かの神殿を思わせる神々しさを感じさせた。
その光景を目にした結喜は、勢いよくスマホを取り出して、目の前に広がる光景に向かって写真を撮り始めた。
一心不乱に写真を撮り続ける結喜。何枚か撮ったところで写真を見直し、その出来に彼女は満足そうに笑った。
最近結喜は、写真を撮るのが趣味になっていた。フォトネを始めたこともあり、暇を見つけてはこうして出かけて、そこで目にした光景を写真に撮ることを繰り返していた。
佐世保の街はもちろん、海や山、公園などの光景を撮ってはフォトネットに投稿していた。
こういったものに興味がなかった彼女がこうしてフォトネを続けている。以前ならやることもなかったはずなのにこうして続けている。その理由は青崎の言葉だった。
『海さんの写真は綺麗だって思うもん!』
青崎の言葉で結喜はフォトネを始めた。言い換えると、青崎の言葉に『調子に乗ってしまった』のだと、結喜は思っていた。
そんな自分に呆れつつも、それでもやはり写真を撮るのはやめられなかった。
時々フォトネットに写真を投稿しては、青崎はその都度嬉しそうな言葉を言ってくれた。それでますます調子に乗って結喜はさらに写真を撮り続けるのだ。
昔の自分ならバカなことだと思っていただろうが、今はそんなバカなことが楽しいと思うし、素敵なことだと思えるようになっていた。
そんな自分に結喜は呆れながらも笑っていた。
それから彼女は再び、パールシーを歩き出した。
パールシーは観光施設なので、色々なお店があった。お食事処はもちろん、『海きらら』と呼ばれる水族館があり、そこではイルカショーが行われたりもしていた。
結喜がパールシーを歩いていると、色鮮やかなシーカヤックが目に入った。パールシーではシーカヤックの体験コーナーがあり、夏になればたくさんのカヤックが海を漂うのが見られた。
まるで色とりどりの花びらが海面に広がっているように見えて、ちょっとした夏の風物詩にもなっていた。
そのカヤックの先を歩いて行くと、そこに二隻の遊覧船があった。遊覧船みらい。そしてパールクイーンである。
この二隻の遊覧船がパールシーのシンボルであり、これまでに多くの人を乗せて、九十九島の海を走ってきた。
今、その二隻は出航を待つように並んで停泊していた。波に揺らされて、巨大な船体が揺りかごのように上下に動いていた。
その時、結喜は二つの船の船首像に目を向けた。航海の安全を祈るために備えつけられる船首像。それが二つ、見守るように結喜を見下ろしていた。
微笑みを向けてくる船首像に、結喜も笑みを浮かべた。結喜はその船首像にスマホを向けて、また写真を撮った。
撮影した写真を見る。それはこの日、会心の出来だったようで、結喜は嬉しそうにはにかむのだった。
「……さ、帰るか」
休み明け。結喜はいつも通り職場に向かっていた。車を走らせながら、結喜は視線を空に移してみた。
空には薄暗い雲が広がっていた。今朝のニュースでは梅雨入りが近いことを告げていた。
結喜は暗い空を見つめながら、つまらなそうに溜息を吐いた。
「しばらくドライブは無理かな……」
世知原のドライブ以来、結喜はドライブに行くのが趣味になっているのだが、多くの人がそうであるように、やはりドライブは晴れた日に出たいと結喜は思っていた。
気持ち良く走りたいというのもあるが、結喜は旅先での光景を写真に撮るのを楽しみにしていた。そこでしか見られない絶景をスマホで撮影して、フォトネに公開する。そのためにはやはり快晴の日に行くのがベストだった。
そうなると当然のことながら、梅雨時期に行ける日など全く期待できなかった。梅雨明けまでこの状態かと思うと、結喜は憂鬱な吐息を漏らすのだった。
「次はいつ行けるのかな……」
憂鬱な気持ちのまま職場に到着した結喜。そのまま自分のデスクに向かうと、すでに宮島がそこにいた。
「やあ、おはよう海さん」
梅雨空と違って晴れやかな笑みを見せる宮島。結喜も気持ちを抑えて笑みを浮かべて見せた。
「おはようございます。宮島さん」
「おはよう。この前の飲み会どうだった? 海さんきつくなかった?」
そんなことを問いかけてくる宮島。飲み会が苦手な結喜を気遣っての問いかけなのだろう。
「ああ、大丈夫です。疲れましたけど、みなさん色々お話してくれて、楽しかったですよ」
正直かなり疲れてはいたのだが、あまり気を使わせては申し訳ないので、結喜は当たり障りのない言葉を返した。
それをどう受け取ったのか、宮島は笑みを返すのだった。
「まあ、次の機会があったらまた来てね。みんな海さんと話ができて喜んでいたし、また来てほしいって言ってたよ」
「……そうですね。楽しみにしてます」
そう言って席に座ろうとする結喜だったが、それは叶わなかった。
「すいません! 海鳥さんて、ここですか!?」
そんな声が響き渡った。結喜が後ろを振り返ると、美人のヤンキーが一人、そこに立っていた。
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