第13話

「海さん、おつかれ!」

そんな元気な声がスマホから聞こえてきた。

「……おつかれ、青崎さん」

そんな声に結喜は疲れた様子で言葉を返した。

すでに夕刻。家に帰宅した結喜はベッドでぐったりしていた。その時、結喜はこの日スマホで撮影した世知原の写真を青崎に送っていた。それからしばらくして、青崎から電話がかかってきたわけである。

「おつかれ! 見たよさっきの写真! あれって世知原? すっごくいいよ!」

興奮気味に話す青崎の声が、結喜の疲れた脳に響いてくる。そんなことはお構いなしに青崎はどんどん話し続けてきた。

「全部よかった……癒されるなあ……」

まるで恋する少女のようなため息が聞こえてきた。もしかしたら本当に、青崎は世知原の写真に恋をしているのかもしれない。

そう思うと、結喜も悪い気はしなかった。これほど人の心を捉えて離さない、そんな写真を撮れたのなら、とても気持ちのいい話だった。

「……そう。それならよかった」

だから結喜はそれだけ返した。誉められてとても嬉しいのだが、それを言葉にするのが難しくて、それだけしか答えられなかった。

その時、スマホの向こうから、青崎が意外な一言を口にした。

「ねえ? 海さんも『フォットネット』やってみたら?」

「フォットネット?」

フォットネット、通称フォトネ。写真や動画を共有するSNSであり、世界中で利用されているサイトだ。シンプルに風景写真や絶景写真を載せたり、中にはライブ動画を流したり、企業広告や宣伝などを公開する場にもなっていた。中には一万人以上のフォロワーを持つ人もおり、世界に影響を与える人間もいる。それがフォットネットと呼ばれる世界だった。

「フォットネットって、私が?」

青崎の言葉に首を傾げる。世間に疎い結喜でも、フォットネットのことは知っていた。だが知っているからこそ、青崎が勧めてくるのが理解できなかった。自分には縁遠い話だと思っていたからだ。

「フォットネットって写真とか載せるやつでしょ? 私の写真をそこに載せるの?」

「そうだよ! だってすっごくいい写真だもん!」

「そう? そりゃいい写真を撮ろうと思ってやってるけど、そんなにいいかな?」

「いいと思う! 私も写真のことはよくわからないけど、海さんの写真は綺麗だって思うもん! やってみていいと思う!」

「ふーん……」

それだけ呟く結喜。元々彼女はフォットネットみたいな流行ものには、あまり興味がなかった。写真も撮るだけ撮って、それで終わらせるつもりだった。

だけど、青崎に写真を誉められて、結喜も悪い気はしなかった。

……それなら、調子に乗ってやろうじゃないか。結喜がニヤリと笑った。

「そう。それなら、やってみようかな」

そんな一言が結喜の口から出てきた。その言葉に青崎が驚いたように声を上げた。

「え? 本当に?」

「うん。せっかくだから、やってみるよ」

結喜のことをよく知る青崎は、彼女はそんな風に言うとは思っていなかったのだろう。素敵な意味で予想を裏切られた青崎が、嬉しそうに笑うのが聞こえた。




夜になって、風呂から上がった結喜がスマホを手に取った。青崎に言われたように、フォトネに登録しようとしていた。

「えっと……アドレスと番号と……住所? 日本でいいのか?」

あまりこういったことに慣れていない結喜。四苦八苦しながらスマホを操作し、何とか登録を終えると、次に世知原の写真を載せることにした。

「えっと……ここをこうすればいいのか?」

フォットネットにある記号が、何をすればいいのか教えてくれた。結喜はそれに誘われるようにスマホを操作して、写真を数枚選択し、キャプションを作成した。

「……よし。これでいけるはず」

そうして結喜は世知原の写真をフォットネットにアップし終えると、倒れこむようにベッドで横になった。

「やっと終わった~」

疲労感たっぷりの溜息を吐いた。スマホもそうだが、SNSなどに慣れていない結喜にとっては大変な作業だった。こんなことをみんながやっているかと思うと、呆れにも似た感心を抱いた。

「でも、これでなんとかなるかな」

そこで満足したように笑う結喜。あとで青崎に登録したことを伝えないといけない。そんなことを考えていると、スマホから通知音が流れてきた。

何の通知かと結喜が手に取ると、フォットネットからの通知だった。何事かと結喜がもう一度ログインしてみた。

「……あ、いいねが付いてる」

先ほど結喜がアップした世知原の写真に、いいねが付いているのが見えた。

「…………」

結喜がその画面をじっと見つめた。いいねをしてくれた相手のアカウントを見ると、ここからとても遠い場所に住む人だった。

結喜が初めて世界に伝えた写真。それを世界のどこかにいる誰かが見てくれる。

言葉にするとそれだけのことだけど、そんな途方もないことが自分の手の中で起きている。

出会ったこともない、この世界のどこかにいる誰かに、自分が撮った写真を見てくれて、それを誉めてくれる。

今では普通のことで、どこにでもあることだ。だけど、目の前に起きている当たり前のことに、結喜が嬉しそうにはにかんだ。

それからも何人かが結喜の写真にいいねを押してくれて、その度に結喜は嬉しそうに笑うのだった。

この日、結喜は初めて世界に手を伸ばしたのだった。

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