第4話
「あ〜美味かった〜! みっちー、クレープごちそうさま! よし! 次行くよ、宝生!」
突然立花くんに腕を引かれたせいでバランスを崩し、思わずよろける。
「えっ? ちょっ……あ、クレープごちそうさまでした!」
私は慌てて店長さんに礼を言って、立花くんのあとを追った。
「お〜! ふたりとも仲良くな〜!」
クレープを食べたあとは、本屋に行って雑誌を立ち読みしたり、ブティックで服を試着してみたり、本当の恋人同士のような時間を過ごした。
立花くんは楽しそうにしていたけれど、私は、立花くんと楽しい時間を過ごせば過ごすほど、虚しさが募っていくようだった。
まるで、友達と遊んだあとのひとりぼっちの帰り道のような感覚だ。
ぬくもりは、危うい。だって、ぬくもりを知ってしまったら、失くしたとき息の仕方を忘れるくらいに絶望してしまう。
「私そろそろ帰る。門限もあるし……」
気が付いたら、そう言っていた。限界だったのだ。精神的に。
立花くんは商店街の広場の時計を見て、少し残念そうに瞬きをする。
「あー……もう七時かぁ。そだ、それなら家まで送るからさ、その前にあと一箇所だけ、付き合って」
「え……?」
立花くんが最後に行ったのは、彼の実家である立花精肉店だった。
看板には、『タチバナ』とカタカナで表記されている。
「ちょっとだけ待ってて! すぐ来るから」
そう言って、立花くんは店の奥へと消えていった。戻ってきた立花くんは、両手にコロッケと、にこにこ顔のご両親を連れていた。
「!?」
「あー……宝生おまたせ。ごめん、バレないようにコロッケ持ってくるつもりだったんだけど、このとおり捕まっちゃって」
と、立花くんは引きつった笑みを浮かべて言った。
「これ、よかったら。うちのコロッケなんだけど……」
立花くんが私にコロッケを差し出した直後、うしろにいた、お母さんらしき女性がぐいっと私の前に来た。
「まぁまぁまぁ! あなたが陽毬ちゃんね!? 爽の話のとおり、可愛いわぁ」
立花くんのお母さんは私を見るなり、瞳をキラキラさせて抱きついてきた。
「うんうん。やっぱり女の子はいいなぁ」
「ねぇ、爽とは付き合ってるの? いつから?」
「い、いえ、私は……」
「まったく爽ってば、こんな可愛い子を彼女にするなんてどんなマジック使ったんだ?」
「えっ!? いや、だから……」
戸惑いがちに女性を見上げると、間に立花くんが入ってきた。
「ちょっと、ふたりとも違うから! 宝生はただのクラスメイトだって言ってるだろ!」
「でも、好きなんでしょ? 爽が女の子の話するなんて初めてだもの」
「だっ……お母さん!! なんでそういうことを本人の前で言うんだよ!」
「…………」
……眩暈がする。
私は、ここにいていいのだろうか。聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がするのだが。
「ほら、もう! 宝生が困ってるだろ。こういうのはね、繊細なの。明日から宝生が話してくれなくなったら、お父さんとお母さんのせいだからな!」
「だって、ママはてっきり、彼女を紹介しに来たのかと思ったんだもの。……残念だわ」
「爽の片想いか……うん。まぁ、こんな可愛いんだし仕方ないな。諦めずに頑張れよ、爽! 父さんも昔はなぁ……」
「だから違うってば!!」
立花くんのご両親と立花くんの間に挟まれた私は、ただただ気配を消して小さくなっていた。
「あーもう! 宝生! 行こっ!」
「わっ!」
ぐいっと腕を引かれ、つんのめる。
「あっ……あの、お邪魔しました! コロッケもごちそうさまです」
私は立花くんのご両親に小さく頭を下げてから、慌てて立花くんを追いかけたのだった。
歩きながら、前を歩く立花くんの背中をぼんやりと眺める。
今日、放課後をずっと一緒に過ごしてみて思ったけれど……。
立花くんは、本当に明るいひとだ。純粋で、まっすぐで、どこまでも眩しくて……少し、羨ましい。
「……というか、いつまで繋いでるの?」
「え?」
「手」
「あ……いや?」
うかがうように、立花くんが私を見る。私は、サッと目を逸らした。
「いや……っていうか、だって私たち、べつに付き合ってないのに」
「まぁ……そうだけどさ」
パッと手が離れる。離れていく手をぼんやりと眺めていると、立花くんが私の顔を覗き込んだ。
「……ねぇ、宝生はさ、そんなに勉強してなにになりたいの?」
「え?」
「目標があるんだろ? 毎日、あんなに勉強してるんだから」
「目標……なんてない」
強いて言えば、私はただ、
「立派になりたいから」
「立派? ……それ、どういう意味?」
首を傾げる立花くんを視界に映しながら、私は鞄を持つ手に力を込める。
「……そのままの意味だよ。私は生きてるから、だからだれより頑張らなくちゃいけないの」
「……生きてるから……? どういうこと?」
私はその問いには答えずに、駅に入った。
改札前で立ち止まり、立花くんを見る。
「ここまででいい。今日はいろいろありがとう。それじゃ」
私は目を合わせないまま、逃げるように改札を抜けた。
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