留守番 ⑦ 口頭試験


「……では、これから幾つか質問をする。 用意はいいな?」

「はい!」


 時は経ち、夕食前。

 タイラーとドーチェが、テーブルをはさんで座っていた。

 タイラーはテーブルの上で両手を組み、じっとドーチェを見る。

 ただしその眉間に皺は寄っておらず、落ち着いた様子だ。


 対するドーチェも、膝の上に両拳を置き、真剣な面持ちで臨む。


「まず初めに、これを見ろ」


 そう言ってタイラーは、背中の方から何かを取り出しテーブルの上に置いた。

 それは、小型の【剪定鋏】。 上の刃が下の刃より少し大振りだった。


「この【剪定鋏】の用途と、使うときに気をつける点を一つ述べてみろ」


 お手並み拝見とばかりに、タイラーが一瞬ニヤリと笑う。

 しかし、ドーチェはその目に慄くことなく答え始めた。


「はい。 それは、ごく細い枝を切り揃えるために使うものです。 気をつけることは、枝の太さを決して見誤らないこと。 横着して太い枝を切ろうとすれば、すぐに刃が欠け、使い物にならなくなります。そのくらい繊細な鋏です」

「では、例えばどんな樹になら使える?」

「えっと、上層に咲くバラやアジサイなどの枝葉、後は果樹の細枝にも使えるかと」


 ほとんど詰まることなく整然と答えたドーチェに、タイラーも「上出来だ」と称賛の言葉を投げかけた。


「次の質問だ。 お前の行く手に、大きな〝枝〟がそびえているとしよう。 根元から切ることを依頼されてはいるが、見たところ枝も葉もまだ柔らかい若い枝だ。 お前なら、この枝をどうする?」


 次にタイラーが出したのは実例問題。 それも考えるほどにドツボに嵌る、「若い枝」の問題だった。

 まだ若いのならば、切るのは少々酷だ。育つまでほっといてもいいのではないか。

 そう考えるのが人情、なのかもしれない。

 しかし……


「はい! 依頼通り、残さず切ってしまうべきです!」


 ドーチェがきっぱりと「切る」と答えたのを聞き、タイラーの眉が少し上がる。


「……その理由は?」

「第一に、人々の通行を邪魔していること。 第二に、そのまま伸びていけば他の枝と絡んでしまいかねず、更なる整備が必要になるからです!」

 しっかりとした声音で説明を述べるドーチェ。 そんな彼女に、タイラーは更なる

 質問をぶつけてきた。


「……だが、若い枝だぞ? その成長を見守り、替わりに迂回路の整備を提案するという手もあると思うが?」


 今度は、タイラーの口の端が少し上がる。

「試されている」と感じ取ったドーチェは、不格好ではあるものの、彼と同じような笑みを作った。


「【庭師】の時間も〝有限〟です。 整えなければならない枝は、無数にあります。 ですから、〝見守る〟という選択肢を取る理由は薄い。 それに、この枝が通りに生えているとするなら、管理者は交通省です。 その省庁からの依頼を、庭師が覆すのは難しいかと思います」


 彼女の回答に、タイラーが少し目を見張る。

 ドーチェもそれを見逃さず、更に畳みかけた。


「伸び続けた枝は処分に困りますし、際限なく伸ばし続けてしまえば他の次元、下界や地の国にも影響を与えてしまう恐れがあります。 それがやがて境界争いの口実を作ってしまうとすれば、【世界樹】に住む者としても避けるべきかと思います」


 説明を終えたドーチェが、ふうと一つ息を吐く。

 その様子に、タイラーは少し苦笑いを浮かべた。


「……いいだろう。 では、最後の質問だ。もしお前が【世界樹】の神秘を目撃したととき、どうする?」

(タイラーさんも、意地が悪いなあ……)


 そう心の中で愚痴りながらも、ドーチェは冷静にこう答えた。


「そうですね、最初はその美しさに惚けてしまうかもしれません。ですが、出来る限りの記録をし、その場を離れて交通省に報告します」

「なぜだ? ともすれば、姉たちを凌ぐ力が手に入るかもしれんぞ? 手始めに背丈を伸ばすだけでも、どうだ?」


 彼女のコンプレックスを、タイラーが的確についてくる。 だがドーチェはその誘いに動じることなく、淡々と答え続けた。


「今私がなるべきは【庭師】であって、【戦乙女】ではありません。 まずはただ適切に、粛々と【世界樹】を整えるだけです。 それに、そんな歪んだ力で姉たちに勝っても、ちっとも嬉しくありません」

「【庭師】を買ってくれるのは嬉しいが、本当にそれでいいのか? 立派な【戦乙女】になるのが、お前の夢なのだろう?」

「それでも、です。 なによりそんなインチキをしても、オーディン様の目から逃れられはしないでしょう」


「――オーディン、だと?」


 突然、タイラーの表情が険しくなった。 しかし、ドーチェはそれに気づかないまま敬愛する主神【オーディン】のことをのべつ幕無しに話し続けてしまう。


「はい! あのお方は、全てを見て、聞いて、知っておられるんです! この【世界樹】にある通りも、ほとんどあの方が整備したと聞きました! 私、ゆくゆくはそんなオーディン様のお傍で働きたいんです!」

「……」


 タイラーが、顎髭をいじりながら黙り込む。

 そこで初めてドーチェは、自分のしたことに気づいた。


(しまった! 私ったら、調子に乗って……!)


 オーディンが偉大なのは周知の事実だろうが、その事実をあんなに早口で、捲し立てるように話してしまったら……。

 不快に思われても、無理はない。

 ドーチェは、申し訳なさそうに首を屈める。

 テーブルを中心に、肌がひりつくほどの静寂が流れた。

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