留守番 ② 納屋の中
朝食を済ませ、洗濯を干し終えたドーチェは、次に納屋に向かった。
「よっこいしょ、っと」
納屋の重い木戸を開け、昨夜タイラーに教えてもらった通り、手探りで壁に取りつけられた灯石(あかりいし)に触れていく。
光が灯るにつれ、壁に掛けられた道具が徐々に暗闇の中に浮かび上がってきた。
見えるものだけでも鋏、シャベル、鉈、ロープにジョウロと、その種類は様々だ。
(道具を見るのは灯りを全て点けてから、と)
ドーチェは壁の方を見上げながら、タイラーの指示通り一歩一歩納屋の奥まで進む。 納屋の一番奥に突き当たると、そのままぐるりと納屋を一周し、入り口まで戻るように進んでいった。
(館の書庫よりもワクワクするかも……)
見えそうで見えない道具たちに、彼女の胸は好奇心で一杯だった。
どんなものがあるか、早く確かめたい。 出来れば手触りも確認したい。
はやる気持ちを抑えつつ、彼女は最後の灯石に触れ全ての灯りを点け終えた。
そして出入り口の前に立ち、恐る恐る振り向く。
「す、すごい……!」
納屋の全貌を見たドーチェの口から、思わず感嘆の言葉が漏れる。
彼女の進んできた四方の壁は、大小様々な道具で埋め尽くされていた。
中でも彼女から向かって右の壁には、剪定用の刃物類〝だけ〟掛けられており、そのどれもが灯石の光に照らされて鈍く輝いている。
「うわぁ、剪定鋏だけでこんなに種類があるの……?」
これだけで丸太が切れるのではないかと思えるほど巨大な鋏から、化粧箱の中に入っていてもおかしくないくらい細く小さなものまである。
タイラーが持っていったからかいくつか抜けがあったが、それらも合わせると剪定鋏だけで全部で十種類もあった。
その全てが隣に掛けてある鉈や鋸と比べても、特に光り輝いて見えた。
(『庭師の命』、なんだろうなあ……)
美しさと猛々しさが合わさったそれらの姿に、ドーチェはしばし見惚れていた。
それらの用途をこの一週間で学ばなければいけないのを、忘れてしまうくらいに。
すると……
「ごめんくださーい! タイラー、いるー?」
外から、女性の大きな声が聞こえる。
口ぶりからして、どうやらタイラーを訪ねてきたようだ。
(ど、どうしよう……?)
お客が来ることなどもちろん聞いていないし、応接の仕方も教わっていない。
適当に対応して帰ってもらってもいいが、その場合自分のことをどう説明しよう。
使用人? 弟子? それとも……
どんな説明をしても、どこかでボロが出そうな気がした。
(失礼かもしれないけど、ここは居留守を使おう……)
そう考えたドーチェは、納屋の扉に耳をつけながらひとまず様子を見ることにした。
「いないのー? この時間ならいるって聞いてきたんだけどー?」
(えぇぇぇ!?)
別に暑くもないのに、ドーチェの額に汗が浮き出る。
タイラーが忘れていた? いや、彼に限ってそんなことはあるはずがない。
大方どこからか噂を聞きつけて、彼に会いに来たとかだろう。
彼は顔立ちが整っているし、背は高いしで見惚れる人がいてもおかしくはない。
一目でいいから会いたいと思うのも、ドーチェには少しわかる気がした。
「奥にいて聞こえないのかしら? お邪魔しまーす!」
(ちょ、ちょっとぉ!?)
乱暴に門が開け放たれる音が聞こえる。
『なんて無作法な!』と叫べるなら叫びたかった。
まずい、ものすごくまずい。
このままだと、女性はほぼ確実にこの納屋まで来てしまう。
母屋の玄関には鍵が掛けてあるし、母屋以外に建物はこの納屋しかないからだ。
咄嗟にドーチェはその場から駆け出し、納屋の灯石を消して回った。
暗いとわかれば、女性が中を探ることなく諦めて帰ると踏んだからだ。
しかし慌てていたこともあって、乱暴に灯石に触れた拍子に壁から鋏が一つ、落ちてしまった。
ドーチェが振り向いた時には時既に遅く、石の床で鋏が小気味のいい金属音を立てていた。
「そこにいるの?」
音に気付いたであろう女性の足音が駆け足に変わった。 そしてその音は、次第に大きくなっていく。
(こ、来ないでぇぇぇ!)
ドーチェは灯石が消えたことで出来た暗がりに、その小さな身体を滑り込ませ、上がる息を落ち着かせようと胸を抑える。
しかしついに、納屋の扉が開け放たれてしまった。
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