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三十七番札所岩本寺は二日ぶりにお参りしたお寺だ。


山門の手前に村上隆の作品を思わせる派手な色使いのパネルが立ち、その前には真っ青なオート三輪が駐車していた。屋根にはタクシー行灯が備え付けられていて、「SHIMANTO」の文字が見える。ひょっとしたら観光用の三輪タクシーなのかもしれない。


早朝にもかかわらず気温はすでに高いが、風が境内をそよぐ度に、山門と手水所に吊るされた風鈴が涼しげな音色を響かせる。平坦な境内はいかにも風の通りが良さそうだった。


岩本寺の本堂は天井を埋め尽くす格天井画で有名だが、これらは一九七八年に本堂を新築した際に全国から公募された作品である。私と同い年の本堂には不動明王、観世音菩薩、阿弥陀如来、薬師如来、地蔵菩薩と、ご本尊が五体もあるが、こんなに豪華な札所はほかに見当たらない。正面には、本尊ごとの真言を記した短冊状の金属板が五枚、横一列に並んでいた。


実を言うと、私はお参りの際にもしばしば真言の詠唱を省いてしまうのだが、五つの異なる真言をまとめて唱える機会などそうはない。その珍しさも手伝い、岩本寺では全て唱えることにした――のうまくさんまんだばざらだんせんだまかろしゃだそわたやうんたらたかんまん、おんあろりきゃそわか、おんあみりたていぜいからうん、おんころころせんだりまどうぎそわか、おんかかかびさんまえいそわか。私にはもちろん意味などまるで分からないが、リズムを付けてそれらしく唱えると、長い詠唱はそれだけでご利益があるように感じられ、何か得した気分で岩本寺を後にした。


しかし、歩き始めるとすぐに気持ちから爽快さが失われ、気分は沈み始めた。春のお遍路では終盤まで水ぶくれと無縁だったが、今回は三日目にして早くも両足の足裏を負傷していた。暑さだけでなく靴も水ぶくれの原因だろう。春の巡礼を共にして穴が開いたスニーカーを今回再び履いてきたのが、そもそもの間違いだったのだ。足元のクッションがまるで効いていないし、アスファルトの熱がじかに足裏へと伝わってくる。しかも、この暑さの中、ハイカットである。何という馬鹿な選択をしたのかと、私は深いため息をついた。


道中の大半は国道五十六号線を南下しながら歩き、所々、蛇行する国道を突っ切るように峠道を進んでゆく。こうした峠道は何ということもない自然路で、アスファルトの国道よりもむしろ歩きやすいくらいなのだが、道が登り坂に差し掛かるたびに私の両足は決まって歩みを止めてしまう。酷暑のせいで息切れが激しく、休みながらでないと登れないのだ。しかしそれを別にしても、この三日間で私はすっかり登り坂嫌悪症に罹ってしまったのだった。


峠を過ぎて道が下り坂に変わり、ふと足元を見ると黄緑色の蛇が横に伸びていた。ぴくりとも動かないいが目力の強さは生きている証拠だろう。前回と今回を通じて蛇を見たのはこれが初めてだ。私が幼少時に田舎で見たことがあるのはアオダイショウ、ヤマカガシ、それにマムシだが、目の前の蛇はそのいずれでもない。毒蛇のようには見えないが、無用の刺激を与えないよう、私はできるだけ蛇から離れて歩いた。その間も、黄緑色の蛇はみじんも動かずに息をひそめているようだった。

峠道を麓まで降り切ると、遍路道が再び国道に合流した。


冷たい飲み物が欲しい。赤でも青でも何色でもよい、どこかに自動販売機が見えないものかと目を凝らしてみたが、近辺には見当たらなかった。気を落としても仕方がない、その内に見つかるだろう。


「お遍路さん、休んでいかんか」


突然の声に後ろを振り返ると、マスク姿のおじいさんが縁側に立ち、体をこちらに向けていた。


「冷たいお茶やラーメンもあるから。お接待や」


冷たいお茶のひと言に、私は一も二もなく飛びついた。


お接待専用なのか、軒下には小型冷蔵庫が置かれ、中には麦茶や緑茶の冷えたペットボトルとチョコレートが入っていた。


「麦茶を頂きます」と言ってペットボトルの中身を一気に飲み干した。ふう、生き返った。本当はもう一本欲しかったのだが、さすがに図々しいと思いそれを口に出すのは思い止まった。チョコレートやラーメンも勧めてくれたのだが、これらは身体が欲してなかった。


「おじさんもお遍路をされたことがあるんですか」


「ああ、あるよ」


まあ、そうだろう。歩き遍路が喜びそうな物が何なのかをいかにもよく理解していそうだった。


「そうなんですか。結願するまでに、どれくらいかかりましたか」


「通しで三十七日かかった」


このおじいさんが何歳の時にお遍路へ出たのかは知らないが、私よりはだいぶ回り方が早い。私は結願まで六週間と踏んでいた。


この先の、金剛福寺や延光寺への道中にある宿について訊ねてみると、それぞれの宿の特色や、残念ながら営業を止めてしまった宿についてこと細かに教えてくれた。金剛福寺から延光寺までゆくルートが五つあることも教えてもらった。話を聞く度に驚くのだが、お遍路の関係者にはこの手の情報に詳しい人が本当に多い。きっと、そうした情報の多くは、お遍路さんから彼らをお接待する方たちへ、そしてまたお遍路さんへと口伝えで共有されていくのだろう。こうした話を聞く度に、私はインターネットとは違う昔ながらのネットワークの凄さを感じるのだった。


けれども、このおじいさんはお薦めの宿やお遍路のルートについては私に何も言わなかった。


「情報はいくらでも教えてあげられるけど、どれが良いかは個人の好みだから」


なるほどと思う一方で、おじいさんのこの態度に私は感じ入った。実際、このような態度で人に何かを教えるのは難しいのではないか。自分でも実際に歩き遍路の経験があるならば、あれがよい、これはだめ、と意見を述べたくなるのが自然のように思えたからだ。


もっとも、三十八番から三十九番まで行くのに海岸沿いを進み、月山神社を越えてから姫ノ井を往くルートは「途中に店も自動販売機もなく、夏の暑さで補給が切れたら死んじまう」そうで、これは選ぶべからずと知った。


のんびりと三十分近くも休ませてもらい、ありがとうございましたとお礼を述べた。私は納め札を持参しなかったことも詫びたが、持参しなかったのを今日は後悔した。


二十キロほど先には遍路宿が何軒かあるようだ。距離的にはまだ歩けると思うが、今日はそこまでにしようと決めた。暑さと足の痛みで弱気になっていたのだ。電話をかけて、ようやく五軒目で部屋を確保することができた。宿があるのが本当にありがたい。


普段なら何ともないことに感謝の念が湧くのはお遍路の魅力の一つだろう。願わくば、お遍路を終えてもこの気持ちが続きますように。

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