第93話 みっしょんあっぷでーと





 私にとってはひさしぶりの、コトロフ大尉やイーダくんたちにとっては初めての訪問となる、シャウヤの築いた地下拠点『キャストラム』。

 部隊は無事に目的地へと到着し、あとは【リヨサガーラ】を引き渡すだけ。私達のおシゴトも無事に終わりそうである。


 あとはエルマお姉さまたちを回収して、シュトへと引き返すだけだ。

 なんならもう一度キャストラムを見学させてもらうのもいいかもしれない。前回はマノシアさんの工房くらいしか覗けなかったからな。





(…………なーんて思ってたわけなんですけど)


――――事態はおもわぬ方向に進んじゃったねぇ。




 例の林間ヘリポート……もとい駐機場へと、若干ギッチギチめに機体を停めた私達。

 フィーデスさんに迎えられて、例の入国管理局てきな外壁部建造物内の会議室……の隣の部屋へ、現在は通されていた。


 ちなみにこの部屋にいるのは、私と(テアと)シスとアウラ。……キャストラム2回目組といえるだろうか。

 残る皆――コトロフ大尉やイーダくんやエルマお姉さまたち――は例の会議室にて、フィーデスさんの部下と思しき交渉担当の方々とお話し合いの真っ最中である。


 私達3人4人も、ほんのついさっきまではそっちだったのだが……なにやら思い詰めた様子のフィーデスさんに「チョト別室に」と連れ出され、曰くの『大切な話』を聞かされているというわけだ。




「……あの、え、と、えっと……つまり、いま、トゥリオさん、が?」


「ウム。現地に……例の『スバヤ生体工学研究所』とやらを、様子見に動いてるネ」


「それで、その…………急いだほう、が、よさそう……って、こと?」


「…………ウム。ビオロギウス……アー、トゥリオに同行シテる者が言うに、『ヤツらアヤシイ動きしてイル』らしいヨ。……恐らくは、近いウチに……」


「また、ろくでもない、処置、を…………実験体、を……犠牲、が、でる、かも?」


「…………その可能性は、高イかと」


「………………んうー」




 ……わたしたちが、この『願い』を明確に意識したのは、以前シスとアウラがケンロー辺境基地にけしかけられ、彼女らを返り討ちにして拐ったとき。


 おぼろげながらも漠然と抱いていたのは……それこそ、私達がまだ奴らの玩具オモチャにされていた頃。



 私達は……最近こそ気ままに、新しい暮らしと生を謳歌していたが。

 その『願い』が――その濃さが増減することはあれど――心の中から消えることは、今まで一度も無かったのだ。



――――ファオ……わたしは、いまは反対。ファオがだいじだから、ね。


(テア…………でも、)


――――やさしいファオの『願い』は、わたしも知ってるよ。わたしも力になりたいって思う、けど……でも、わたしたちだけじゃ、たとえシスとアウラをみちづれにしても……たぶん、勝てない。


(………………ん)


――――わかって、ファオ。今はまだ、動けない。……今はまだ、足りてない。


(…………わかっ、てる)




 確かに、私とテアは『実験動物にされている子を全員連れ出せたらなぁ』という、漠然とした願いを抱えてはいる。

 私達を……なによりテアの人生と尊厳をもてあそんだ奴らが、今も好き勝手に研究しているというのが気に食わないし、そんな奴らの犠牲となる子がいるという事実は、確かに我慢ならない。


 しかし残念ながら、私達がひとりふたりで義憤に駆られたところで……スバヤ生体工学研究所が擁する戦闘用強化人間部隊、その数の暴力で磨り潰されてオシマイだろう。

 相手は私達を撃墜する気で押し掛けてくるが、しかし私達は相手を殺さず無力化しなければならない。性能が伯仲している実験機を複数相手取るとなると、さすがの私達でも困難が過ぎる。

 そう考え、これまでは意図的に思考から外していた。……明確に思考を詰めていってしまえば、動きたくてたまらなくなってしまうからだ。



 しかし……そんな折、おシゴトで訪れた私達に告げられたのは……フィーデスさんたちシャウヤ有志が『スバヤ生体工学研究所』打倒に動いている、という情報であり。


 以前シュトに遊びに来てくれたトゥリオさんとそのお仲間が、今まさに現地を偵察しているという情報であり。


 そして――これはおそらくだが、シュトで私が帝国の潜入工作員らをぶち壊したことを、何らかの手段で聞きつけ――戦力というか手駒の補強のために、近々ろくでもないことを企んでいるらしい……という情報である。




「……イロウアの連中は、アエらワタシたちとの取引で得た魔法を用いて、欲求を満たすト共に多くのヒトを危害シタヨ。……アエらワタシたちは、ヒトの社会に干渉スルはあまり良くナイが……アエらワタシたちが持ち込んだ火種は、消さないとイケナイネ」


「…………っ、……シャウヤ、の、持ち込んだ…………もしかして、その……」


「ファオに……そして、シスとアウラに隠すはイケナイネ。……魂を分離し、魔核へと封じ込める魔法マギア……コレは元々、シャウヤがイロウアに齎したモノだたヨ」


「………………ゅ、」


――――やっぱり。そんな気がした。


(……え? どういう、こと?)


――――あの技術、他人の『魂』を加工するなんて……帝国のものにしては、れべるが高すぎる。


(…………言われてみれば、たしかに)




 それは……ある意味では、私達の身に降り掛かった悲劇の元凶であると、そう自白したようなもの。

 テアの、そしてシスとアウラの魂を弄んだ邪法……それはシャウヤがイードクア帝国に授けた技術であると、フィーデスさんはそう言っているのだ。



「…………アエらワタシたちは、被害者たるヤウアアナタたちに、可能な限りの償うつもりヨ。……しかし先に言たとおり、今は時間が惜しいネ」


「じかん、て?」


「もはや猶予は少ナイヨ。コレ以上の犠牲は、できることなら出したくナイネ。……だから、ヨ」


――――それ、って……。


「……あの、動くって……まさか」


「……ムシのいいハナシと、理解はしてイルが……どうか、ファオらの力を貸してホシイ。アエらワタシたちの作戦…………どうか、手伝てくれないカ?」


「…………そん、なの……」




 なんだそれは。冗談じゃない。そんな申し訳無さそうに言われたところで、最初から私達の答えなんて決まっている。

 だいたい、いつの間にそんな大それたことをしていたのだ。というか私達が帝国の、悪名高い研究所の被検体だったと、いったいどこで聞きつけたというのだ。


 左右を見れば、私のかわいい妹分たち……他ならぬ奴らの邪法によって魂を穢され、普通の人生を歩めなくなった彼女たちも、当然のように私と同じ答えを秘めているらしい。

 それもそうだ、当たり前だ。まだ長いとは言えない付き合いだが、それでも人生の半分以上はほぼ同じ環境で過ごしてきたのだ。



 あんな最低な環境……真っ白で無機質な地獄のような施設で育った私達が、この状況を突き付けられて選択する道なんて。

 ……そんなの、とうに決まっている。





「…………あの……作戦」


「ウ、ア? ……作戦?」


「うん。いや、えっと、はい。……私達、どう動く、良いのか……教え、ください」


「っ、では…………ファオ……」


「実験体……姉妹、可能な限り、助ける。……私達、やりたいこと、なので。……ねっ?」


「……んうっ」「……はいっ」


「…………ハハ……感謝しても、しきれないネ」




 ……当たり前だ。本来であれば、いつかは私達の手で成し遂げようとしていた『願い』だったのだ。

 それを、フィーデスさんやトゥリオさんたちが手伝ってくれるというのなら――まぁ、どうして私達の出身がモロバレしてるのかは後で考えるとして――断る理由などないし、むしろこちらが助けてほしいくらいだ。


 それに……このタイミングであれば、私達には【リヨサガーラ】もついている。あの3機があれば、相当数の人員をいっきに運ぶことが出来ることだろう。救出作戦にはもってこいである。

 加えて、試作機とはいえ【エルト・カルディア】にも人員輸送能力は備わっているし、なんなら広域隠蔽の魔法を行使できるアウラと併せて、被検体の搬送はとても効率良く行えることだろう。



 ただ、懸念を上げるとすれば……これは純粋に私達の『わがまま』であるからして、エルマお姉さまたちを巻き込むことができない。

 彼女たちはあくまでも、カーヘウ・クーコ士官学校の『わくわく交易部』として力を貸してくれているので……ただのいち女学生にすぎない彼女たちを、危険だらけの敵国深部への強行侵入作戦なんかに巻き込むわけにはいかないのだ。




 私達も、そしてフィーデスさんも、そう考えて話を進めようとしていたのだが。


 なんなら……受領直後の【リヨサガーラ】を駆る予定のシャウヤ人員まで、用意してくれてたらしいのだが。






「絶対ついてくから!!」


「えっ!? エルマ、おねえさん?」


「……私も同行しよう、いつ出発する?」


「えっ!? い、イーダい…………イーダ、くん?」




 カーヘウ・クーコ士官学校の学生さんは、私が思っていた以上にやさしくて。


 自分たちの危険を顧みずに、私達のような(見た目)子どもに力を貸してくれる……とても他人想いの、いい子たちだった。



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