第32話 魔法使いの攻略法は大体おなじ




 さて、『こんなときに』ではあるが……そもそもこの世界、遠距離通信の技術は、思ったよりも発達していないらしい。


 どうやら私の生きていた世界とは(まあ当たり前だが)異なるようで、周回軌道上に通信衛星を打ち上げているわけでもなければ、長距離通信用の光ケーブルを引いているわけでもない。

 いやそもそも、この世界の形状が『惑星』なのかすら怪しいところだ。機甲鎧なんていうビックリファンタジーメカが闊歩している異世界具合であることだし、『世界の端』が存在する平面世界である可能性も否定できないが……それは今気にすることじゃない。いや気になるけども。


 まあとにかく、少なくとも無線機などの電波通信技術ツリーはそこまで発展していない模様。戦闘中によく飛ばされる中近距離音声通信は、いわゆる『通信魔法』的なモノであるらしい。

 電波とはまた異なる性質を持つようで、魔法ツリーの理解に乏しい私では色々とわからない部分だらけなのだが……とりあえずひとつ、『有効範囲』という明確な枷が存在することは解った。


 ……よくわからないが、バフ魔法とか回復魔法に有効射程が存在するようなものなのだろう。術者たる通信兵を中心として、一定範囲で音声のやり取りをする支援魔法……そんな感じのイメージだろうか。

 当然ながら、有効範囲から外へ通信を繋げることは出来ない。そのため大規模な戦闘ともなれば、複数の通信魔法使いを分散配置し、全体の情報共有を図るというのが定石らしい。




 私がかつて上官を殺して投降した際、私の左眼が遠隔起爆させられたのも……私の離反を察知した前線指揮所から発せられた、通信魔法によるものだ。



 つまり……有効範囲内の指揮所、ならびに前線通信拠点を、一気に全て消滅させることができれば。

 特務制御体の体内に埋め込まれた『離反抑止用爆弾』の起爆は、不可能になるはずなのだ。





≪【アンセル2】より各機。タイミング合わせ……カウント、60≫



 先程、戦場を縦横無尽に飛び回っている間、地上戦力の後ろに隠れるように配されている通信拠点の数々を(テアが)バッチリ捕捉している。帝国軍の定常展開パターンと照らし合わせてみても、信憑性はなかなかに高いとのこと。

 そしてそれらの位置情報は、西側戦場を担当するアーサー副隊長を介し、地上主力部隊へと伝達済みだ。現在は作戦行動を気取られないよう細心の注意を払いつつ、同時攻撃に備えた位置調整を行っているところだろう。


 夜間戦闘ゆえ、どこまでいっても視界の悪さは付いて回るが……こと今回に限って言えば、長距離観測の専門家たる強行偵察機【ウルラ】、その実戦仕様が3機も出張っているのだ。

 スポッターを務める【ペンデュラム隊】の入念なバックアップにより、標的の動きもリアルタイムでモニターされている。地上部隊の砲撃精度も期待出来るだろう。

 ……いきなり実戦に駆り出すことになったエーヤ先輩ならびに特空課の皆さんには、帰ったらちゃんとお礼しにいかなきゃならないだろう。ゆるしてくださいなんでもしますから。えっちなことでもちゃんとしますから。むしろえっちしませんか。



≪カウント45≫


――――集中して。


(はい)



 私の任務は、同時攻撃開始のその瞬間まで、敵前線司令部の注目を引き付けておくこと。特に同時攻撃直前のタイミングは、可能な限り注目度を引き上げておくことが望ましい。

 怪しい動きを見せる連邦国軍に注意を向けさせず、また観測に専念する【ウルラ】の存在を秘匿するため、ひたすら派手に立ち回り注視を受けることを求められているのだ。


 だからこそ私は、こうして【シス】と【アウラ】に追っかけ回され、いちいち殺意の高い攻撃を避け続けながらも程々に反撃を行い、『注視しなければならない状況』を作り続けているわけで。

 っていうか、もう【ウルラ】と【アウラ】って紛らわしいな。トラ目がいい【ウルラ】とイニシャルAの【アウラ】、混乱しないようにしとこう。



――――【アウラ】機体周辺、魔力収束反応。


「また来るか! 今度は何…………ッぶねぇ!」


――――追尾式恒熱弾、16連。追尾パターン蓄積しとくね。


「お願い。まだまだ情報が足りない」


――――あ、【シス】砲撃体勢。回避推奨。


「当たるわけがないんだよな」



 規格外の防性力場シールドを備える防御特化の【シス】は、その機体性能を『防性力場シールド出力』にガン振りしており、そのため運動出力はお世辞にも高くはない。それは先に述べたとおりだ。

 しかしながら、それでは対処できない場合も存在する。今回のように『敵機が自機より速い』ケースに備え、遠隔攻撃手段も(いちおうは)搭載しているらしい。


 携行装備を握ることを諦め、防性力場シールド出力パネルを敷き詰めた、鳥の翼のような両腕……その第一指、ヒトで例えるならば親指の位置に設けられた砲塔から、固形化魔力の弾丸が矢継ぎ早に放たれる。

 しかしながら……追尾能力が付与された【アウラ】の恒熱魔法ならともかく、そんな単純な軌道の攻撃が私達に当たるわけがない。



≪カウント30≫



 刻一刻と迫る同時攻撃タイミング……つまり私が帝国軍前線司令部をための演出も佳境を迎えているわけで、自然と演技戦闘機動にも力が入る。

 仕上げを仕掛けるまでは、もう少しばかり時間がある。交戦の積極性をアピールするべく砲火を交え、テアからの助言に従いタイミングを図る。


 私達と【シス】との追っ掛けっこ、現在はやや【シス】側が優勢……というふうに演出している。そもそもこちらの攻撃が通用しないのだから、そう思われて当然なのだが。

 ともあれ、ここから怒涛の展開をお見せするには丁度いい状況だろう。あちらさんがちょっと安心しているであろうタイミングで……そろそろ、動く。



≪カウント10。9、8――≫



 空中で急制動を掛け、まぁ普通の人なら失神するだろう負荷を受けつつ、急速転回。今までは距離を取っていた【シス】へと、今度は真っ向から突っ込んでいく。

 自意識を殆ど塗りつぶされている【シス】とて、これにはさすがに面食らったのだろう。ほんの一瞬とはいえ機体の性能を忘れ、反射的にその身をすくませ、動きを止める。

 そこへ叩き込むのは、機体テア腰背部おしり――今は機首部分を形成している武装コンテナに収められた、とっておきの自翔誘導爆弾。……要するにミサイルだ。

 共和国軍では補給が難しいであろう、強力ではあるが貴重な弾頭を惜しげもなく披露し、【シス】の纏う防性力場シールドへと叩き込む。



 響き渡る轟音、大気を揺らす衝撃、そして盛大に広がる爆炎……と、



 まだまだ暗い夜空と、派手に上がる爆炎。ヒトの視覚は急激な明暗差に追従することは出来ず、おまけにこの黒煙ときた。

 尋常ならざる速力を纏う私達に、それらは充分すぎる隙をもたらす。



 役割としては前衛に当たるであろう【シス】を突破し、なお私達が突き進む先。

 そこには……未だ硬直から立ち直れておらず、また私達の自殺じみた速度に反応しきれず、防御魔法の展開も間に合わない【アウラ】が、こちらを仰ぎ見て無防備を晒し。




≪――――放て!!≫


戦闘形態スタンドマニューバ、ッ!!!」


――――作動肢衝角、展開っ!




 航空巡航形態から(ちょっと歪な)ヒト型へと可変しつつ、両腕と両脚に備わる計4基の対装甲衝角を展開、【アウラ】へと一斉に突き立てる。

 攻撃の起点となる魔法杖を繋ぐ両肩、機動の要となる股関節ブロック、そして何よりも……機体に動力を供給する動力機関。背部に背負うように設けられた特務機の心臓部を、天頂から刺し貫く。


 ときをほぼ同じくして大地が揺れ、西側戦場のあちこちより爆炎が上がる。私達がコッソリちゃっかり傍受している通信も、ひときわ耳障りなノイズを最後に沈黙したままだ。

 誤差にして1秒も無いだろう、ほぼ同時タイミングでの一斉攻撃……軍を動かす頭脳を一瞬で吹き飛ばされては、残る一般兵に出来ることなど何も無いだろう。

 前線指揮車輌の特徴を知る私達が探し出し、アーサー副隊長が各部と連携を取り、観測能力に秀でた【ウルラ】を動員し、陸上部隊が忠実に指示をこなす。チームワークの勝利というやつだ。


 動力部を破壊され、また浮遊機関グラビティドライブの出力も落ちていき、それに伴い【アウラ】の残骸もゆっくりと堕ちていく。

 この戦場に存在する通信拠点が全て消滅したとなれば……少なくとも代替通信要員が補充されるまでは、制御体がされることはない。

 また……私達の駆る特務機に仕掛けられた自爆装置とは、そもそも動力機関を暴走させて浮遊機関グラビティドライブもろとも吹き飛ばすものだ。動力機関が死んでいるのなら、暴走のしようもないだろう。



――――わたしだから、知ることをできた、特務機の秘密。ほめていいよ?


「すごくえらい。最高。大好き」


――――ふふん。



 ほぼ全ての機能と動力とを喪失し不時着した【アウラ】へと、ヨツヤーエ連邦国軍の医療衛生兵団が向かっていくのを確認しながら、私はこの場に残る最後の脅威【シス】へ再び相対する。

 【アウラ】の制御体パイロットのことも気掛かりではあるが……今の私達は【シス】の無力化が最優先だ。


 【シス】はもちろんとして、機体を喪った【アウラ】も、現在は『私達【V−4Tr】の撃墜』を最優先、かつ『その他のザコは後回し』とインプットされているはずだ。

 たとえ帝国謹製の戦略パッケージ『特務制御体』とて、私達【V−4Tr】しか眼中に無い生身の制御体パイロットならば、衛生兵達でも容易く鎮静化させられるだろう。

 まあもっとも、生身でありながらも私達を撃墜しようと魔法を行使するかもしれないが、増幅装置【8Sk】無しならば警戒には値しない。


 あの子アウラのことは、きっぱり彼ら衛生兵に任せるとして……私達の相手はこっち【X−7Ax】だ。

 攻めるには困難極まりない機体だし、できることなら(面倒すぎるので)戦いたくはないのだが……しかし他に適役が居ないのだ、私達がやるしかない。



 なにせ、ここから先は時間との勝負。

 帝国軍が通信環境を再構築し、遠隔処理の準備を整えるよりも早く……【アウラ】同様に機体を無力化、制御体パイロットを確保しなければならないのだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る