第31話 真夜中の命懸け空中おにごっこ



 私と同じ出身地の、実質的には私のきょうだいであるとはいえ、彼女らとは直接の交友もなければ、血の繋がりがあるわけでもない。


 例の機関が所有していた生体サンプル……まぁ要するに『優秀な人材の精細胞と卵細胞』だが、度し難いことに複数バリエーションがあったらしい。

 自らの生殖細胞を変態どもの玩具にされると知りながら、提供者はいったい何を思って協力したのか。まったくもって理解に苦しむ。

 ともあれ、私の両親遺伝子提供元と彼女らのはそれぞれ別の人物であったらしく、強いて共通点を挙げるとすれば『どちらも美少女』そして『過度なストレスによる毛髪の脱色』くらいだろう、実際その容姿は大して似ていなかったはずだ。

 また……処置を受けた制御体パイロットは『虚ろな人形』のようになってしまうため、親交を深められるはずがない。あの施設に居た制御体パイロット候補が、趣味や興味を楽しめるはずもない。



 つまり……あの子たちは私にとって、ただ『出身施設が同じ』かつ『境遇が似ている』というだけの、赤の他人に過ぎない。

 たとえ私が手を差し伸べたところで、その手を握り返すことはない。それどころか躊躇せずに銃を向け、私やテアの命を奪おうと襲ってくる、厄介きわまりない『敵』でしかない。




 …………だとしても。

 ただ『敵を殺して終わり』というだけで片付けてしまうのは……私は嫌なのだ。




――――どっちから?


(【アウラ】から止める。手の内が見えない、放っとくと何しでかすかわかったもんじゃない。テア、奴らの通信拾える?)


――――もうすこし…………きた。音声だすよ。


(お願い!)



 特務制御体【A−8Skアウラ・エルシュルキ】……その特異な機体コンセプトは、従来の機甲鎧とは全くの別モノ。

 手札の何枚かは把握しているが、その全てを知っているわけではない。その能力は多岐に渡り、何をしてくるか予想が立たないのだ。


 その機体には両腕が存在せず、両の肩からは腕の代わりに、多関節接続アームに繋がれた外界出力端末――任意の方向へ指向できる『機甲鎧サイズの魔法杖』――が生えている。

 まあ便宜上『杖』とはいったが、魔法チックな結晶塊やら年季の入った大樹の枝なんかで作られているわけではない。他の機構鎧と同様、無機質な装甲材やらシャフトやらが主なマテリアルだ。

 外観的には長銃というか物干し竿というか……あれだ、RPGとかクラブとか言われる形の対戦車無反動砲、あんな感じのモノがアームを介して据え付けられているのだ。


 そんな異形の腕を備えるこの機体は、その性質もこれまた異様。

 搭乗者たる特務制御体の魔法を、機甲鎧の兵装用動力装置にて増幅・出力し、それを主たる攻撃手段として行使する。いわば『着込んで使う魔法増幅装置』として完成させた機体であり……要するに、戦略規模の魔法をぶっ放してくる機甲鎧なのだ。





≪――クソっ、ふざけるな!! 何故あの機体が動いて……しかも我々に弓を引いている!≫


≪それが【4Trフィアテーア】の動きだと!? 有り得ん……あの規模の特務機を、適合化された制御体無しで、こうも機敏に操るなど!≫


≪止むを得まい。【シス】、【アウラ】。優先排除目標を【4Trフィアテーア】に指定。連邦のザコ共は後回しだ!≫


≪機体は破壊して構わん。ただし制御体は生け捕りにしろ。何処でどうやって適合例を探し出したかは知らんが……優秀な個体だ、利用価値はある≫



「っっざけんなバーカ!! テアの破壊だと!? 調子のんな誰が許すかバーカ!!」


――――ばーかばーか!! ファオはわたしのなんだぞ! 利用なんかさせないぞばーか!


「……ちなみにテア、これコッチの音声は?」


――――つなげてない。あっちのを聞くだけ。あんしんして。


「よかった」



 侵攻してきた帝国軍勢は、空戦機と陸上兵機の大規模混成のようだ。総数で見ればかなりの数であり、従来のように広く浅い布陣ではなく、明らかにこの基地目掛けての一点突破で迫ってきている。

 視界が狭くて全容までは把握できていないが、どこかに空中管制機、ないしは前線指揮車輌てきな役割を果たす機体が潜んでいるのだろうか。騒々しく下される帝国軍側の指揮は、残念なことに相棒テアの働きによって丸裸だ。出鼻を挫くのは造作もない。

 しかしなんというか、それを差し引いても決定力不足というか……確かに陸戦兵用機械の数はそれなりに揃っているが、それじゃ【アラウダ】の餌になるだけだろう。


 そもそもどうやら……何らかの手段により魔物モンステロを誘導して辺境基地を襲わせ、基地の主力防衛戦力たる【アンセル隊】を誘き出したところに強襲を仕掛ける、という作戦だったらしいのだが……連邦国軍側が魔物モンステロを察知するのが遅れたようで基地付近への接近を許してしまい、帝国側の見込みよりも基地近くで会敵してしまったらしい。

 恐らく……帝国側から基地の設備を観察し、帝国側に向けられている警戒の密度をもとに、予測を立ててしまったのだろう。

 反対側もそれくらいバッチリ監視してると思われてたらしいが……まぁ、なんというか、残念でした。東側あっちそんなに警戒能力高くなかったって。

 あっち側では今現在、ゼファー大尉らが魔物モンステロの接近を阻止しようと必死に頑張っているのだが……その距離感のおかげもあって、こちら側に迅速に移動することが出来たと。怪我けがの功名ってやつかな。



 しかしそもそも『何故このタイミングで』との疑問も浮かんだが……奴らの通信を傍受する限りでは、やはりタイミング的にもこの機体【4Trフィアテーア】がお目当てなのだろう。

 遠隔信号による爆破の失敗、機体が現存していることが何らかの形で知られたと。先進技術の塊であるこの機体が内陸部に運び込まれてしまう前に破壊しようと、の戦力を投入してきた……ということか。


 ……いやまあ、えっと、現存が知られた理由というか、ぶっちゃけ身に覚えがありますと申しますか。

 あれだけ勝手に、そして大胆に出撃を繰り返してれば、そりゃ敵味方問わず多くの人目につくのはある意味当然といいますか。

 連邦国軍以外の、隊商だか開拓者だかの一般ピープルに目撃され、それで噂になってたとか……そんな感じのアレだろうか。



――――なるほど、つまりファオのせい?


「いや違うね!! 絶対に帝国軍あいつらのせいだね!!」


――――それは同意。撃てるよ、いま。


「うおお発射ふぁいあ!」



 機甲鎧サイズの魔法使い【A−8Skアウラ・エルシュルキ】目掛け、目視回避が困難な弾速の光学兵器が放たれる。しかしながら【アウラ】が扱う戦略級の魔法とは、なにも破壊のみに限らない。

 初手で帝国軍の大規模編隊をまるまる隠してみせた隠蔽魔法の他、自身の身を守る防御魔法にも抜かりはないらしい。特務型機甲鎧のものとは異なる形態の防御膜に絡め取られ、テアの光学兵器とっておきがいとも容易く散らされる。



――――攻撃失敗。【シス】が来たよ。


「喰い付いたか! 気をつけてテア、絶対に追い付かれないで!」


――――いわれるまでもない。あんなのに喰われるのはゴメンだから。



 傍受していた通信から予想はしていたが、やはりもう1機の特務型もこちらを狙ってきたようだ。

 特務型機甲鎧【X−7Axシス・セクエルスス】、こちらは逆に近距離での制圧力にとことん特化した、拠点侵攻を得意とする悪食な機体である。


 その特徴は……桁違いの強度と出力、そしてを備えた防性力場シールドを持ち、触れるもの全てを無に返しながら突き進む、突破力の高さにある。

 機体出力のほぼ全てを防性力場シールドに回しているらしく、降り注ぐ銃弾も防御陣地も触れた端から粉微塵に消し飛ばす。機動力こそ空戦型にしては控え目だが、そもそも一切の攻撃を通さないのだから問題ない。そういうコンセプトの機体らしい。


 一直線に基地中枢を目指されていたら、ちょっと面倒なことになっていただろう。

 【アウラ】を狙った私達の光学兵器を脅威だと感じてくれたのか、私達を狙って追っかけてきてくれるというのなら、正直かなり有り難い。



――――【アウラ】、高濃度魔力放出を感知。推定、投射型追尾式攻撃魔法。


「追えるモンなら! 追ってみろっての!」



 巨大な両肩を後方に向けて畳み、両前腕を前方に向けてロック。両脚を開いて真後ろに向けて主推進機を構築し、腰背部武装コンテナを股下を通すように前方へ向けて機首を形成する。

 もともと大型の主脚や膝の整流装甲板を展開し、姿勢制御翼として各部をロックすれば……最高速度と加速能力と運動性能と突破能力に特化した姿へと、機能転換が完了する。



――――巡航形態シフト……完了。主動炉出力上昇、ふりきるよ。ファオ。


「まーかせとけって! 【グリフュス】の飛行能力をナメないでよね!」


――――なめていいのは、えっちするときだけなんでしょう?


「そうそう」



 この姿の【4Trフィアテーア】の最大速力ともなれば、その速度は【アラウダ】の倍近くにも及ぶだろう。ただでさえ速度控えめな【シス】は当然追い付けるはずがなく、また【アウラ】の戦略級魔法とてそうそう狙いは定まるまい。

 高速で空を飛び回り、デタラメな機動の姿勢制御を行い、縦横無尽に夜空を駆け……ついでに敵地上戦力を減らしていく。


 この馬鹿げた機動力には、帝国軍前線指揮所も盛大に混乱しているようだ。悲鳴というか怒号というか、前世でいうところのFワードと思しき罵声が飛び交っている。

 これまで巡航形態このすがたは、せいぜい長距離移動にしか使ってこなかったからな。帝国の奴らの前では散漫な動作しかしてこなかったことだし、私達の真の実力を奴らが知らなくても、それはそれで仕方のないことだ。



 そうとも。私達【V-4Trファオ・フィアテーア】とは、そもそもが『絶対的な制空権確保を目的として建造された実験機』であり、その根底には『全ての航空戦力を捻じ伏せる』という戦術目標が存在する。

 航空目標に対する火力制圧はもちろんとして、空対空のドッグファイトさえも当たり前の如くこなせるよう、この機体にはそのための性能が付与されているのだ。


 私の身体に付与された頑丈さも、伝達速度を加速された敏感な感覚も、高速空中戦闘の高負荷に耐えるためのもの。全力を出した機体テアの戦闘機動は、恐らくファオにしか耐えられないだろう。……相性バツグン、ってやつだな。



――――ファオ、第一戦術目標を発見。仕掛ける?


「もうちょっと放置で。消し飛ばしてもいいけど、やぶれかぶれで『起爆』されないとも限らない。まだ『やや劣勢』を演じといて……共有だけお願い」


――――了解。


「そのためにも……敵視ヘイト、ちゃんと稼がないとね」


――――わかった。派手にいこう。



 ただただ愚直に、指示されるままに、私達を追い掛けてくる【シス】目掛けて、やや速度を落としつつ後方制圧射撃を仕掛ける。

 真後ろを向いた肩部砲塔の光学兵器と、背部上面に設置された高角砲塔が唸りを上げ、機体は縦横無尽の変則機動で逃げ回りながら、正確な射撃をドッカドッカと叩き込んでいく。


 ……ただ当然ながら、あれだけの砲火を浴びた敵機【シス】は健在である。怪物じみた防性力場シールドを破ることは叶わず、今なお何事もなかったかのように追撃を継続している。

 私達が何度攻撃を仕掛けても、その結果が覆ることはない。私達に付与された空戦能力のように、『絶対的な防御力を』と組み上げられた特務機の性能は、悔しいかな一定以上の成果を出しているのだ。


 傍受している通信の向こう、敵軍前線司令部の面々も、【シス】の防御力と勝利を確信しているのだろう。当初こそ盛大にFワードしていたが、今はすっかり落ち着いているらしい。

 こちらの戦闘……と呼ぶには物足りない追いかけっこに、皆揃って夢中のようである。



 私達を最大の脅威だと認識し。

 それに対し最大戦力を差し向け。

 刻一刻と変化する戦況に一喜一憂し。

 優勢に気が緩んでいるようなので。



 つまり……ということだ。

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