第29話 えっちがしたい強化人間少女の秘事




 いくら軍属とはいえ、私はひと目見て未成年だと判る程度の背丈でしかない。大人だらけの基地内では、その存在は特に浮いてしまっている。

 さすがに初等部とは言わないが、せいぜい中等部くらいの見てくれだろう。とりあえず平日の昼間に街中を闊歩していたら、間違いなく教育的指導が施されるレベルである。……まぁ私は真面目ちゃんなので、そんなサボりなんてしないが。


 それでなくとも、軍隊というものは色々と時間に厳しい。起床時間や集合時間は言うに及ばず、食事の時間や就寝時刻に関しても、それは同様である。

 以前私が『歌姫』を始めたばっかのときは、その厳格な『時間厳守』をブッチさせるハメになり、少なくない兵士のみなさんが大変なことになったのだが……いやはや、懐かしい記憶だ。



 当初こそ、久しぶりの私のソロコンサート(※決してえっちな意味ではない)が催されるとあって、それなりに緊迫した空気が流れたりもしていたのだが……さすがにプロの軍人さんである。そう何度も無様な真似を見せることはなく、平穏無事に就寝の時間となった。



 辺境基地とはいえ、さすがに夜間は活動をほぼ休止している。夜間警戒および緊急出動担当の兵士以外、ほとんどの人員が休息を取っている時間帯。

 私は、私に貸し与えられた仮眠室(※他意は無いが残念ながら防音性能は低かった)をコッソリ抜け出し、人けのほぼ消えた第三格納庫へ……久しぶりの愛機テアのもとへと辿り着く。

 この基地に居た頃には、幾度となくこなしてみせた隠密機動だ。久しぶりとはいえ、どうやらその腕前は落ちていないらしい。




――――こんばんわ、ファオ。きょうはいい夜だね。


(こんばんわ、テア。……ちょっと中入っていい?)


――――いいよ。……ていうか、そんなとこ居ると見つかっちゃう。おしりぺんぺんされちゃうよ?


(さ、されないよ!? ……多分)



 換気ファンの動作音に紛れて、操縦席のハッチが開く。するりとその中へ身を滑らせれば、夜間警備の兵士に見つかっておしりを叩かれる心配もない。

 ほんの短い間……ひと月か、せいぜいふた月程度しか空いていないはずだが、なんとも久しぶりな感じがして、落ち着く。……やはりは私にとって、最も安全と感じる空間なのだろう。



 私が心から平穏を感じる、最も安全で、最も安心できる場所。

 危険が無い、何に襲われることもない、外敵が存在しない場所。


 …………誰が入ってくるでもない、誰にも見られない……ついでに音も遮断できる、私だけの場所?



 ……………………はっ!!




「ね、ねぇテア、あの、えっと、ちょっと相談なんだけど――」


――――ぜったいにおしっこ撒き散らさないって約束できるなら、いいよ。


「…………………………」


――――えっちなファオのことだし、なんとなく言いそうだなって思ってた。わたしはべつに良いんだけど、がまんできるの? おしっこ。


「…………いや、その、でも」


――――これから学校に戻って、そしたら調査のひととか、ファオ以外のひとも操縦席に入ってくるんでしょ。おしっこのにおいしたら絶対にいろいろとバレるけど、いいの?


「………………いや、えっと…………よく、わかった……ね?」


――――これでもわたし、ファオの相棒歴、けっこう長いから。


「うぐう」



 ちくしょう、なんてことだ、私ならではの良い考えだと思ったんだけど……確かにテアの言う通りだ。

 どんなに大声で泣き叫んだり、エグい嬌声を上げたり、思う存分イき散らかしても大丈夫だし、他の人が入って来られない安心な場所ではあるけど……しかし残念ながら、気軽に水洗いができるような場所じゃない。

 それに、あんなにエグい喘ぎ声が飛び出るような私である。強化処置が施された私の指が唸りを上げ、本気のソロライブに臨んだときには……その、なにがとは言わないけど、あそこから噴き出さないとも限らない。いやたぶんだけどめっちゃ噴き出す。なぜなら私は敏感なので。


 そしてテアの言う通り、首都の基地へと戻ったら、この機体はいろんなひとの手によって解析されることになる。そうなると当然、ここ操縦席にも技術スタッフが入ってくるわけで。

 もし私が今、ここで……何がとは言わないけど噴き出してしまった場合、おそらく噴き出た全てを完全に除去することは不可能だ。コンソールの奥とか制御レバーの隙間とかに入ってしまったおしっ……体液が乾燥すれば、多分だけどしつこくにおってしまうことだろう。それは、とても、嫌だ。

 そんな自分のおしっ…………くさい操縦席で、これから長いことテストパイロットするのは……なんていうか、ヒトとしてダメな気がする。



「…………おむつ、とか……はいてくれば、あるいは」


――――本気で言ってる? それにに出来ないけど、どうやってさわるの?


「………………おむつ、の……上から……」


――――ファオがそれでいいなら、わたしはべつに良いんだけど……おしっこしたおむつ、他のひとに見られないようにね?


「んグぅッ!!」



 ううむ……さすがにこれは、根本的に無理があったのかもしれない。思いつきで言ってみるもんじゃないな。

 もし私がテアの操縦席なかでソロライブにふけるとしたら、おしっ……排水の対策について、万全にしておかなければならないだろう。

 おむつをはいていくのか、もしくは瓶的な何かを持ち込むのか。どちらにせよ、その……事後に、排水を溜め込んだそれらを、人目に付かずに処理する手段まで講じておかなければならない。

 しかしながら残念なことに……こと軍関連施設では、そうやってとかしてるのはとても怪しいので、誰かに見つかったらたぶん確実に声を掛けられる。たとえ夜間だろうと、百%無人なんてことは有り得ない。



「何者だ!? そこで何をしている!!」


「はい! おしっこを捨てようとしてました!」



 …………ダメだ。ダメだダメだ。どう考えても犯行に至った経緯を……その『捨てようとしたおしっこ』の出処に関して、詳細を追求されてしまう。

 そうなれば洗いざらい白状するしかなく、そうなれば私は『機甲鎧の操縦席でおしっこした変態』扱いされてしまうのは間違いない。



――――しようとしてたよね? おしっこ。


「しようとしてたのはひとりえっちだから!」


――――そう思うならそうなんでしょ、ファオの中では。


「ごめんって! あやまるから!」



 うん、やはり『テアの中でソロライブ』作戦は、封印せざるを得ないだろう。

 仮に【ウルラ】のように簡易トイレが備わった機体であれば、操縦席はソロライブにもってこいな完全プライベート閉鎖環境となるのだが……残念なことに【グリフュス】の操縦席は、ごくごく標準的なものなのだ。

 また……胴体および後背部にスペースを捻出するために動力部分を腰後ろに移設した【ウルラ】と異なり、この【グリフュス】の高出力動力機関や浮遊機関なんかの重要パーツは、操縦席のすぐ後ろ……張り出した背部ブロックに組み込まれている。

 フレーム構造から見直しを図り、操縦席を拡張しておトイレを付けることなど、はっきりいって不可能に等しいだろう。



――――あきらめて……ホテル、いこう?


「……そうだね、やっぱそれが良さそう。もしくはお金貯める」


――――テストパイロット、だっけ? ちゃんとおちんぎんもらえるか確認しなきゃダメだよ?


「うん……おちんぎんほしい。おちんぎんでいっぱいにしてほしい」




 私が密かな野望操縦席ひとりえっちを打ち砕かれつつも、首都に戻ってからの目標に想いを馳せ、めくるめくえっちな妄想を掻き立てていた……そんなとき。


 明日も早いから、そろそろお部屋に戻って寝ないとダメだよと……そうしてテアが私を窘めようとしていた、まさにそのタイミングで。




――――ファオ、座って。戦闘機動用意。


「っ、……主機動力を戦闘出力へ。機体制御を構築、起動アイドリング浮遊機関グラビティドライブ出力フロー正常」


――――時間がない、引きちぎるよ。あとで謝っといてね。


「まかせて。私いいこだから。……【グリフュス】、浮上」



 言葉を介さずに、テアからダイレクトに伝えられる緊急情報。私達が昼間に遭遇した【ギンヤンマ】との関連性は不明だが、後方に位置するヨーベヤ大森林方面から魔物モンステロの軍勢が接近中とのこと。

 この基地の監視塔からの、直接望遠視覚で確認されたとのことで……つまりは、それなりに近いということだ。


 機体を固定するアームを無理やり押し退け、連邦国軍カラーに塗り改められた愛機を解き放つ。携行装備もなし、残弾も万全とは言い難いが、それでやれないわけが無い。

 拘束を引きちぎり、自由の身となった私達。このまま引き続き……少々気乗りしないが、正面の大型シャッターを破らなきゃならないだろうかと考えていたところ、ちょうど格納庫内管制席からの通信が届けられる。



≪全く、何処から聞きつけたやら……! なのは変わらずだなァお嬢は! 30だけ待て! 正面シャッター開けるぞ!≫


「あ、あっ………あり、がと……ますっ」


≪気にすんな、建屋壊されるよかマシだ! ……すぐに【アラウダ】も出る、くれぐれも無茶すんな!≫


「はいっ」


≪絶対に帰って来い。今度はシュト土産も忘れんなよ?≫


「…………はいっ! 【グリフュス】、でますっ」




 甲高いような低いような、遠く響く土笛のような独特な駆動音を響かせ、私達は格納庫から外へ出る。こうして私達が(まぁ強引ではあったが)迅速に出撃できたことで、これ以上の魔物モンステロ接近は阻めるだろう。

 つまり、私がテアの中でひとりえっちしようとしていたからこそ、こうして素早い対応が取れたということだ。つまりえっちのおかげなので、お願いですからえっちさせて下さい。




――――集中して。……数が多いよ、なにか変。


「こいつら、ドコから来た? ……どうしてこっちに向かって来てる?」


――――魔物あいつらも、機甲鎧が危険だって、理解してるはず。この行動はおかしい。


「…………とにかく、落とす。当座の危険を排除して、それから考える」


――――同意。浮遊機関グラビティドライブ出力上昇、高度160。火器管制オンライン。


「ありおー。【グリフュス】、エンゲージ」





 基地内に警戒音が鳴り響き、そこかしこで動き回る人々が見られるようになった。恐らく私達の姿もバッチリ見られていることだろう。もう言い逃れできないぞ。

 しかし、そんなことはどうでもいい。私はたとえ、後でどんなにおしおきされるとしても、どんなに折檻されるとしても、どんなに緊縛放置制汗せいかん開発されるとしても……それでも、私に出来る攻撃ことをするまでだ。



 戦うことが得意な私が、いっぱい褒めてもらうためには。

 私が得意とする分野にて、存分に活躍すれば良い。それだけの話なのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る