第15話 私はがまんが出来る子なので




 このカーヘウ・クーコ士官学校における教育カリキュラムは、どうやら大きく『予科』と『本科』の2つに分類されているらしい。



 そのうち私の好きな座学、国語や外国語や歴史や地理や算術なんかの講義は、このうちの『予科』に分類される。

 大雑把に纏めると、俗に言う『一般常識』と呼ばれるものは、だいたいコッチなのだろう。


 では、もう片方の『本科』とはなんぞやと申しますと……この専門学校、もとい士官学校ならではのカリキュラム、いわゆる『兵士として必要なこと』全般に関する講義のようだ。

 基礎体力トレーニングや、実戦さながらの踏破訓練、近接格闘術や剣術・ナイフ術、銃を始めとする武器類の取扱訓練から射撃訓練などなど。ゆくゆくは模擬戦闘訓練や、行軍訓練……いわゆるサバイバルなんかも控えているらしい。



 講堂にて行われる『予科』のほうは、別段特筆すべきことは無い。前世における義務教育9年間プラスアルファのノウハウを活かし、効率的かつ真面目に取り組んでいる。


 問題なのはもう片方、実技を多く含む『本科』のほうだ。



 何度も言うようだけど……現在のファオの身体はというと、要するに小柄で儚げで可愛らしい白髪美少女なのである。しかも片手と片目は義肢装具が整っておらず、未だに欠けたままと来た。

 そんな小さな女の子が、軍隊さながらの苛烈なシゴキに晒されては……それは悲惨なことになってしまうのでは。普通は、そう考えるだろう。



 しかし、はならない。ならなかったのだ。


 骨格の強度も筋繊維の出力も、またそれらを制御する神経の感度と伝達速度も、常人とは比較にならないレベルに高められている。なぜならそういう処置を施されたから。

 そんな私が、あくまでも一般人の学徒レベルの体力訓練をこなせないハズが無く。

 また……昆虫もとい【魔物モンステロ】相手に高速近接戦闘を挑むような私が、加速するでもない生身のヒトとの取っ組み合いで負けるわけが無く。


 ……一応、それなりに手は抜いたつもりではあったが……しかしそれでも、私の容姿でその成績は、やはり色々とぶっ飛んでいるのだろう。

 どうせ手を抜くなら負けとけばよかった、と気付いたところで、もはや後の祭りである。

 ……とはいえ格下に負けるのはやっぱり嫌なので、これでよかったと思うことにする。訓練であろうと無駄に黒星を刻みたくはない。

 幸いなことに、ゼファー隊長らから通達を受けた教官たちはがわの人員だ。私の「身体強化魔法のおかげです」との供述をそのまま受け容れ、よしなに計らってもらっている。



 そんなわけで、生身での訓練では驚異的な成績を叩き出し、多くの同輩からの尊敬と極一部からのヘイトを集めていた私だったのだが。

 今日のカリキュラムでは……ついに、待ちに待ったを用いての訓練となるようだ。




 この士官学校はそもそも、連邦国首都の郊外に設けられた大規模基地に併設されているらしい。

 私が初日に感じた「めちゃくちゃ広い」との印象は、どうやら基地施設も含めて感じたものだったらしい。そりゃ主力機の格納庫やら防衛戦力やら整備ハンガーやらもあるだろうし、広いのも当たり前のことだった。


 しかし基地部分を除いた純粋な士官学校施設の部分だけでも、やはり結構広いようなので……つまりなんというか、この国の潜在的な力の凄さをまざまざと見せつけられた感じである。

 整備部門とか、滑走路や管制塔とか、確かに共有したほうが都合の良い施設は多いのだろう。都市計画部門もなかなか優秀なようだ。




(はぁー…………やーっぱカッコイイよなぁ、連邦国の機甲鎧は……)



 まあ、何はともあれ、今は楽しい楽しい『本科』のお時間である。


 先に述べた大規模基地の一区画、教導訓練用機材が納められた建屋にて、私ならびに私の同期生徒は勢揃いしている。

 そんな『ひよっ子』の目の前に聳え立つのは、この国の防衛を担う機甲鎧……の、訓練用複座タイプ。


 機体名【ベルニクラ・エデュケーター教導訓練機】。

 浮遊機関グラビティデバイスこそ搭載されていない、完全な地上戦用の機体ではあるが、今なお戦線を支え続ける傑作汎用機である。

 ゼファー隊長率いる第三小隊に配備される空戦強襲機【アラウダ】の前身であり、クセが無く扱いやすく整備性も高く拡張性にも優れるという、なかなかに優秀なモデルだという。

 ただ、まぁ……その代償として、最大出力はかなり控え目なのだとか。




――――うーん……なんか、つくりものっぽくない? この子。


(ぽくない、っていうか……そりゃ『つくりもの』でしょう、機甲鎧なんだからさ)


――――そうじゃなくて、こう……カクカクしてるじゃん。建物みたいな。


(あー…………なるほど、帝国製は曲面装甲主体だもんね。テアもだけど。……いや、もちろんテアもカッコいいし、好きだよ)


――――ふふん。ないすばでぃでしょ、わたし。



 どうやら私以外の面々は、これまでにも何度か【ベルニクラ】に搭乗した経験があるようで、過度な緊張や興奮はしていないように見える。

 その一方で私はというと、ご存知のように特務機【V‐4Trファオ・フィアテーア】……改め、【グリフュス】以外の機体に乗ったことなど無い。逆に言えば愛機テアとの相性は抜群なわけなのだが……教官とジーナちゃん以外の面々には、どうやら『機甲鎧に乗ったことが無い一般美少女』と思われているらしい。


 確かに私は紛争難民という設定なので、そりゃ普通に考えれば思われて当然なのだが……誠に残念なことに、わたくし非常に自信がございまして。



 なので……これ見よがしに私を見下みくだすというか、得意げな表情を見せつけられても、残念ながら皆様のご期待には添えないわけです。




――――ねえファオ、使わなくていいの?


(大丈夫大丈夫。基本的な『起動アイドリング』まわりの制御パターンは連邦国製でも一緒だし、私なら手動マニュアルで充分に動かせるよ)


――――ふうん? そうなんだ。ファオはえらいね。


(ふふ、お褒めいただき光栄です)



 複座型の操縦席、私の後ろに同乗する訓練教官が呆気に取られた様子で見守る中、私は粛々と訓練用【ベルニクラ】を制御下に置いていく。

 確かにこの子は愛機テアじゃないし、その機体パラメータや得意分野も大きく異なるが……そもそも機甲鎧を操る魔法とは、根源的に同じものだ。

 機体ごとにある程度最適化しているとはいえ、大元といえる『傀儡兵ゴーレム制御』に由来する『起動アイドリング』部分に、そこまで大きな差異は無い。


 着座姿勢から巨体を起こし、二本脚での直立姿勢へ。機体の動作を確認するようにグリグリと動かし、各部位のレスポンスを確かめていく。

 なるほど確かに『優秀な汎用機』と言われるだけのことはあるのだろう。直線主体の工業製品ぜんとした装甲に包まれ、やや細身でスマートなシルエットを持つ【ベルニクラ】は、その安定性も動かしやすさも半端ない。

 左の手指が無い私は、そこだけは魔法の伝達に隙が出来るが……それはまぁ、仕方ないことだ。


 私の新しい左手は、装具士先生の手によって現在試行錯誤が行われているという。次のお休みにもう一度お邪魔する予定ではあるが、そう簡単には仕上がらないだろう。



 ……とにかく。今でこそ左腕の情報伝達がぎこちないが、それでも私の操縦技量は飛び抜けているらしい。まあ当たり前なのだが、同期の中でも当然トップクラスだろう。プロですから。

 他の機体がえっちらおっちら立ち上がっている中で、こうしてドヤ顔片足立ちでバランス能力を見せつけることさえ出来てしまう。……まぁ『ドヤ顔』とは言ったものの、当たり前だが【ベルニクラ】の顔が表情を変えることなど無いわけだが。



 ふふふ……私はこれでも『初めて【ベルニクラ】に乗った』わけで、実際わかばマークの初心者なわけだけど。

 ついさっきまで私に勝った気でいた面々、性能に差がない機甲鎧の操縦なら私を見下せると思っていた子らは、いったい今頃どんな表情で、どんな気持ちでいるのだろうか。愉悦感が半端ない。


 まあ、目の付け所は悪くなかったと思うよ。生身では能力差が大きくても、機甲鎧に乗ってしまえば同じ性能だもの。

 そこで勝敗を決めるのは、単純に技量の差でしかないわけで。普通であれば、私よりも先んじて搭乗訓練を進めていた彼らのほうが有利なわけで。普通であればだけど。




――――まーたヤらしいこと考えてるでしょ。


(そんなこと無いですし。……でも、思ってたより動かすの楽でよかった。これなら高評価も期待できそう)


――――隊長さんトコにお世話になるのには、機甲鎧の操縦の成績は大切だもんね。エリート部隊だし。


(そだね。せっかくなら実力で勝ち取りたい)



 

 敷地内の訓練用エリアをその巨体で駆け回り、つまずきもふらつきも見せることなく、全く危なげなく機体を操ってみせる。

 なるほど『身体を動かすように』とはよく言ったもので、細身でバランスの取れた体型の【ベルニクラ】であれば、確かにヒトの動きを再現しやすいのだろう。

 一方で……私の半身たる【グリフュス】は、ヒト型からは少々逸脱した構造である。こうして実際に乗り比べてみると、あの機体構造の特異性がよくわかるようだ。やっぱ帝国のやつらは変態だな、あんな機体ものを浮かべて喜ぶか。



――――かっこいいでしょ? ん?


(い、イエス! マム!)


――――よろしい。



 ひと通り訓練コースを踏破した私は、昇降地点へと機体を回し……スムーズに機体を屈めてハッチを開き、ぶっちぎりの早さで次の者へと席を譲る。


 同乗していた教官からもお褒めの言葉をいっぱい頂き、また順番待ちしていた同輩からもめっちゃちやほやなでなでされ、私は満足げに搭乗訓練を終えた。





―――――――――――――――





(さて、ここで問題です。これまでは順風満帆に首席を維持していた優等生くんが、ぽっと出の転入生に『本科』のほぼ全科目で成績を越された場合――)


――――はいはーい。その優等生くんのプライドの高さと心の広さによるけど、たぶんファオが考えてるとおりだと思うよ。


(…………どーしよっかなぁ、正直チャンスといえばチャンスだとは思うんだけど……この国でも婦女暴行は罪でしょう? 事件起こして騒がれるのもなぁ)


――――ファオ的には『アリ』なの? その……要するに『お相手』として?


(うーん微妙。プライド高いし心も狭いし、目線はヤらしいしニヤニヤされるし……はっきりいって、末永くお付き合いしたいとは思わない)


――――じゃあ『お断り』するしかないんじゃない?


(…………そうだね。条件構築、マーク対象との接触要素を恒久的に除外)


――――おーらい、条件受領。フィールドコンダクト引き継ぐね。お勉強がんば。


(ん……ありがと)



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