激突! 聖ゲオルギウスvsザ・ドラゴン!の巻



 むかしむかし、あるところにゲオルギウスという男がおりました。


 あるときゲオルギウスは、リビアの町シレナに立ち寄りました。


 シレナは近くに海のように大きな湖がある町なのですが、そこには毒を持った恐ろしい竜が棲んでいました。


 腕自慢の若者たちが総出で退治に出かけても、命からがら逃げ帰ってくるありさまです。


 おまけに竜が追いかけてきて、町の城壁までやってきては毒気を吐き出しては悪疫を蔓延させてしまうのです!


 困った町の人たちは、やむを得ず毎日二頭の羊をあたえて竜の怒りをなだめておりました。


 羊をあたえなければ竜は怒り出し、毒気をまき散らして空気を汚染させるのです!


 そのせいで多くの人たちが死んでしまいました。


 やがて羊も少なくなっていくと、人間も差し出すことに決まってしまいました。


 こうして羊が一頭と、くじで選ばれた不幸なひとりが毎日竜に食べられてしまうことになったのです。


 やがて町の子供たちや若い娘たちがほとんど竜に食べられてしまった頃。


 なんとお姫様がくじに選ばれてしまいました!


 この結果に王様はたいへん慌てて、


「頼む、私の領地を半分と、財産の半分をあたえていい。娘だけは許してくれ!」


 こう触れ回りました。


 これを聞いた町の人たちにはかんかんに怒りました!


「王様、この取り決めはあなたの命令ではありませんか! みんな我が子を手放したというのに、王様だけは嫌だとおっしゃるなんて通るはずがありません!」


「もしもお姫様を差し出さないと言うのなら、この宮殿を焼き払って王様も焼き殺しますよ!」


 さしもの王様も烈火のごとき民衆の怒りを前には、涙を流してお姫様を差し出す決意をしました。


「おお娘や、このようなことになるなんて……こんな風にお前を失うぐらいならば、お前よりも早く死んでしまいたかった!」


 お姫様もまたはらはらと涙を流し、ひしと固く抱擁をしました。


「父上、わたくしの命で一日でも国が長らえるのならば本望です。どうか少しでも長く、健やかにお過ごしください」


 こうしてお姫様は湖へと出かけてゆきました。


 別れの時を気丈にふるまったお姫様ですが、独りで湖のほとりへやってくると悲しさと恐ろしさで泣き出してしまいました。


 一緒にいけにえにされた羊が、気遣わしげにめぇと鳴きました。


 その首をそっと抱きしめながら、お姫様は懸命に涙をこらえようとします。


 そんな時に馬に乗って通りかかったのがゲオルギウスでした。


 はちきれんばかりの分厚い筋肉を惜しげもなくさらし、纏っているのは純白に赤い十字をあしらったレスリングパンツとレスリングシューズのみ。


 そのいでたちは、まさにストロングスタイルの聖人レスラーでした。


「もしお嬢さん、どうして泣いているのですか?」


「ああ、もしやあなたは聖人なのでは? これも神の思し召し、どうかわたしを助けてください!」


「もちろんだお嬢さん。わたしの名はゲオルギウス。さぁなにがあったか話してごらん」


「この湖には恐ろしい竜が棲んでいて毎日いけにえをささげないと怒って暴れ出すのです」


「ううむ、それであなたがいけにえに選ばれてしまったのか! 怖かっただろう。けれどもわたしが来たからにはもう安心して欲しい。必ずあなたを助けてみせよう」


 ふたりがそうやって話をしていると、やおら湖面がぶくぶくと泡立ち始めました。


 ざばーーーっ!


 そして恐ろしい竜が飛び出してきたではありませんか!


「ドラドラドラ~~~! なんだ~~? 今日はいけにえの数が多いではないか~~~! 感心感心~~~!」


 現れたのは屈強な竜人レスラーでした!


 全身が緑のうろこに覆われて尻尾も生やし、大きな口には鋭い牙が並んだ姿はまさに竜!


 凶暴そうな竜相には邪悪に光る両目がギラギラとしていかにもおそろしげです。


 湖のほとりで竜人レスラーはゲオルギウスたちのすぐそばに降り立ち、ふたりを品定めするように見下ろします。


 そんな竜人レスラーに立ち向かうようにゲオルギウスが前に出て首を振ります。


「それは違う。わたしの名はゲオルギウス。いけにえではなく聖人レスラーである!」


「なに~~~聖人レスラーだと~~~!」


「悪しき竜よ、町をおびやかす悪行は今日限りだ! 父と子と聖霊の御名において、このわたしが成敗してくれる!」


「ドラドラドラ~~~! 面白い、そこまで言うならば相手をしてやろうではないかーーー! 出でよ湖上リングよーーー!」


 ざばぁーーーん!!


 竜人が拳を振り上げれば、なんと湖の中からリングがせりあがってきたではありませんか!


「さぁ~~~このザ・ドラゴンの牙と爪にずたずたにされる覚悟ができれば上がってくるがいい~~~!」


 ひといきでリングへと飛び移ったザ・ドラゴンは、ゲオルギウスへと威嚇するように牙をむきました。


「このゲオルギウス、恐れはしないぞ! トォーーー!!」


 ゲオルギウスもまたひとっとびにリングイン!


 聖人レスラーと竜人レスラーが火花を散らして対峙することとなったのです!


「その勝負、待つがよいーーー!」


 まさに一色触発の空気が破裂しそうなその時、大きな声が鳴り響きました。


 見上げれば天が裂けて神々しい光が地を照らしたではありませんか!


 そしてまばゆいばかりの光の中から、ふたりの天使が現れたのです!


「その勝負、宇宙聖人委員会が預からせてもらおう!」


「ゲェーーー!? あなたたちは!?」


 お姫様が驚愕しながらひれ伏します。


「宇宙聖人委員会委員長ミカエル!」


「副委員長ガブリエル!」


「町の興亡をかけた聖人レスリングをただの野試合にはすべきではない。宇宙聖人委員会がこの試合を仕切らせてもらおう!」


「父と子と聖霊の御名において、たとえどのような結果になろうとも公平な裁定を下すことを誓いましょう」


 威厳あるミカエルとガブリエルの宣誓に、ザ・ドラゴンが大笑しました。


「ドラドラドラ~~~! 面白い! このゲオルギウスとやらはおまえたちと同じ教会の属性であろう? ぼろ雑巾のようにされても、粛々とジャッジすると言うのだな?」


「神の名に懸けて」


 ミカエルが十字を切って答えます。


 それを聞いてザ・ドラゴンは鼻を鳴らして赤コーナーへとのしのし歩いていきました。


「いいだろう、宇宙聖人委員会よ! おまえたちの兄弟が八つ裂きにされる様を眺めているがよいわーーーっ!」


「聖ミカエル、聖ガブリエル。あなたたちにジャッジしていただけるならばわたしに何の不満もありません」


 ゲオルギウスはさっとひざまずき、厳かに十字を切ってから青コーナーへと収まります。


 こうして今、ゲオルギウスとザ・ドラゴンの戦いのゴングが鳴り響きました!


『さぁ~~~始まりましたゲオルギウスvsザ・ドラゴン! 開幕一番、ふたりとも相手にダッシュだーーーっ!』


 お互いのコーナーで体を慣らしていたふたりは鳴り響くゴングと共に、猛然と走り出したではありませんか!


 ドゴォン!!


 そしてリング中央でショルダータックルがぶつかりあいました!!!


 パワーは互角!


 たくましい筋肉と筋肉が衝突して拮抗、どちらが吹き飛ぶでなく、体が離れて──


 がっちりと組み合いました!


『さぁー--両者しめし合わせたかのようにロックアップ! 力比べだーーー!!!』


「ドラドラドラ~~~~! ゲオルギウスとやら、なかなかやるではないか! このおれさまと互角のパワーとはな!」


「健全な精神は健全な肉体に宿る。神の御許に召されるために鍛えた肉体、悪竜などに破れはすまいぞ!」


「ならばすぐにでも神のところに送ってやるわ~~~! ドラゴンクロー!」


 組み合っていたザ・ドラゴンが威勢よくロックアップを外し、ゲオルギウスへ爪攻撃を繰り出します!


 ぶんぶんと空を切る十爪の威力たるや、ゲオルギウスの分厚い筋肉もずたずたにしてしまいそうです!


 この斬撃の嵐をゲオルギウスはスピーディなステップで躱していき、


「トァーーー!」


『あーっと、ゲオルギウス軽快に爪をかいくぐりザ・ドラゴンの背後に回ったーーー!』


 そしてゲオルギウスがザ・ドラゴンを背後からクラッチ!


「くらえ、ザ・ドラゴン!」


 ジャーマンスープレックスを仕掛けました!


「ドラドラドラ~~~! そうはさせるか~~~っ!」


 しかしザ・ドラゴンの尻尾がひるがえり、ゲオルギウスの足に巻き付いてしまったではありませんか!


 ゲオルギウスはザ・ドラゴンを投げた力で自分が引っ張られ、背中からマットに叩きつけられてしまいました!


「ぐはーーっ!」


『あ~~~っと! ゲオルギウスがダウ~~~ン!』


「ドラララ~~~! まだまだーーー!!


『すかさずザ・ドラゴンがフライングボディプレスで襲ってくるぞーーー!!』


 このフライングボディプレスを、ゲオルギウスは機敏に身をひねってやり過ごします。


 ド派手な音を立ててマットに衝突するザ・ドラゴンの尻尾を、軽快に立ち上がったゲオルギウスが握りしめました!


「そりゃ~~~~っ!!」

 

 ミスミスミスミス!


『あーっと、ゲオルギウスのジャイアントスイーーーング!!』


 豪快にぶん投げられたザ・ドラゴンが、コーナーポストの鉄柱へと一直線!


 このままぶつかってしまうのかーーー!!


 ガシャーーーンッ!!


「な、なにーーー!?」


 なんとザ・ドラゴンが大きな顎で鉄柱に嚙みついて、衝突を防いだではありませんか!


 それどころかその姿勢を維持して、マットと水平になっているのです!


 なんと強靭な顎!


 凶悪な牙!


「ドラドラドラ~~~まずい鉄柱だ~~やはりかじるならば、新鮮な肉に限るーーーっ!」


 鉄柱から牙を離せば、ザ・ドラゴンが猛然とゲオルギウスへと襲い掛かります!


「ドラゴンファングーーー!」


 ガヂーン! ガヂーン! ガヂーン!


『ゲオルギウス、ザ・ドラゴンの噛みつき攻撃を躱す! 躱す、躱していく~~~! だがどんどんと追い詰められているぞーーー!』


 ゲオルギウスの頭や肩を狙った連続の噛みつきを、ゲオルギウスは後退しながら躱していきます。


 しかし徐々に後ろがなくなっていき、ついには背中にロープが触れてしまったではありませんか!


「追い詰めたぞゲオルギウスーーー!」


「主よ、この試練に打ち勝つ勇気を我にあたえたまえーーー!」


 ガブーーー!!


 ザ・ドラゴンの牙がついにゲオルギウスの左肩をとらえました!


「ぐあああーーー!!」


「ドラドラドラ~~~筋張っているが味は悪くないぞゲオルギウス~~~!」


 ゲオルギウスの悲鳴と鮮血がほとばしるリングの上で、しかし聖人は己を奮い立たせて、むしろザ・ドラゴンの掴みました!


 そして食い込む牙の痛みをこらえながら、ザ・ドラゴンを垂直に持ち上げてしまったではありませんか!


「き、きさま~~~痛みを感じないのか~~~!?」


「激痛だ! しかしこんな肉体の痛み、おまえに我が子を食われた者たちの魂の痛みに比べればどうということはなーーーい!!!」


 そしてジャンプ!


 そのまま勢いで後方へと倒れ込む先にはーーーー!


「ディバイン・パニッシュメントーーーッ!!」


 ガギャーーンッ!!


『あーーーっと、ゲオルギウスがザ・ドラゴンの頭部を脇に抱えた形ではなく、肩に乗せたブレーンバスターで鉄柱のてっぺんに叩きつけたーーー!!』


「ド、ドラ~~~!」


 これにはさしものザ・ドラゴンも肩から牙を離してダウン!!


 しかしゲオルギウスも大きなダメージを受けた左肩を押さえながら膝を突きます。


「クッ、なんと恐ろしい牙だ。もう少しで肩が使い物にならなくなるところであった……」


「おのれゲオルギウス~」


 ザ・ドラゴンがロープを握ってよろめきながら身を起こせば、ゲオルギウスも両手をファイティングポーズに構えて立ち上がります。


「ドララ~~!」


 先に仕掛けたのはザ・ドラゴン!


 ドラゴンクローの連打です!


 しかしゲオルギウスはこれを打ち払うような掌底で捌いていく!


「トァー!」


 そしてザ・ドラゴンの両手が体幹から逸れた瞬間、その喉へとチョップ! チョップ! チョップ!


「ド、ドラ~~~! なぜだ、なぜおれの爪があたらずにおまえのチョップがあたるのだ~~~!」


「それはおまえが自らのパワーにかまけて、技をおろそかにしていたからだ! おまえの爪の威力は確かにおそろしいが、それだけでは勝てぬ!」


「なんだと~~!? これならばどうだーーーっ!」


 たまらず態勢を低くして、ザ・ドラゴンが低空タックルを仕掛けます!


 ゲオルギウスは前蹴りで迎撃!


「そんな前蹴りなんぞ、くらうか~~~っ!!」


『ザ・ドラゴンがゲオルギウスの前蹴りをキャッチ! そしてひねり上げるドラゴンスクリューーー!』


 足をひねり上げられてマットに叩きつけられるゲオルギウス!


 苦悶に顔をゆがめる聖人に、強靭な尻尾がうなりをあげて襲い掛かります!


「そりゃそりゃそりゃ~~~ドラゴンテイルーーーッ!」


「ぐわ~~~っ!」


 バシーンバシーン!


 非常に弾力に富んだ尻尾の連打は、鞭の痛打にも勝るとも劣らぬ威力!


 マットに倒れたゲオルギウスはたまらず転がって逃げました。


 ロープ際で立ち上がり、ファイティングポーズを構えます。


「ゲオルギウスよ~技がどうとか抜かすきさまには、このおれに技の最強の必殺技を見せてやろうではないか~。おっと、技をかけられるきさまが目で見ることはかなわないだろうがな~~っ! ドララララ~~~!」


「最強の必殺技だと? どのような技であれ、このゲオルギウス逃げも隠れもせぬ! 必ずや見切ってみせよう!」


「ドラドラドラ~だから見切るなど、できるはずがないと言っておるーーー!」


 ザ・ドラゴンが大きな口を開けば、ドバァッ!と紫色の毒霧が吹きだしてきました!


「ぐああ~~~!」


 顔面に毒霧をくらってしまったゲオルギウスはあまりの痛みで目を開けていられなくなってしまいました!


 その隙に背後に回ったザ・ドラゴンはゲオルギウスをフルネルソンの形でクラッチ!


「ポイズンドラゴン・スープレックスーーーーーッ!」


 ズガーーーンッ!!


「ぐ、ぐはぁ~~~っ!」


 見事なまでに垂直に落ちたゲオルギウスの頭部が、マットに突き刺さるほどの威力です!


『ガブリエルよ! カウントだ!』


『ワ~ンッ! ツ~ッ! スリ~ッ!』


 さしものゲオルギウスも吐血をして意識朦朧となってしまいました!


 ザ・ドラゴンが最強の必殺技と豪語するだけのパワーです。


 しかしそれ以上に毒霧による目つぶしによって集中が乱されたことが非常に重要なポイントでした。


 聖人レスラーたるもの、技をかけられたとしてもその威力に対する覚悟で耐え抜くものです。


 この覚悟を整えられぬまま必殺技を受けてしまえば、耐え切れずに沈んでしまうかもしれません。


 今、ゲオルギウスは毒霧によって覚悟を決めるタイミングを外されたせいで、よりいっそう大きなダメージを受けてしまったのです!


 ゲオルギウスはおぼろげな意識で、敗北へのカウントダウンを遠く聞くしかできませんでした。


 すさまじいダメージで体が動かないのです!


「ゲオルギウスーーー! 負けないでーーー!」


 そこに届いたのは悲痛な叫びでした。


 羊を抱きしめ、恐怖に震えながらお姫様が叫んでいるのです!


 いいえ、それだけではありません!


「ゲオルギウスー! 負けるなゲオルギウスーーー!」


「立ち上がってくれーーー!」


「このまま終わりなんていやだーーーっ!」


 なんといつの間にか湖のほとりはシレナの町の住民たちで埋め尽くされていました。


 みんなゲオルギウスの試合を見に城壁の外へと出て応援にかけつけたのです!


 二万人のゲオルギウスコールに、聖人の熱い魂が燃え上がりました!


「このまま……このまま負けられない!」


 動かなかったゲオルギウスの指が動き、腕が動きます。


「ゲェ~~~!? こ、こいつまだこんな力が!?」


「うおおおおーーーーーっ!」


 ゲオルギウスが力を振り絞って頭部をマットから引き抜き、ハンドスプリングで飛び上がりました!


『ナイ~ン──カウントはナイン! 試合は続行です!』


 ギリギリの脱出にギャラリーが沸き上がりました!


「グ、グム~~~このおれのポイズンドラゴン・スープレックスを食らって立ち上がるとは~~~」


「きさまにはこの声援がもたらすパワーを分かるまい!」


「知ったことかーーー! もう一度ポイズンドラゴン・スープレックスをくらえーーー!!」


 フェイバリットが通じなかった怒りと共に、ザ・ドラゴンが再び大口を開けて紫色の毒霧を噴射しました!


「ホーリークロス・カッター!」


 しかしゲオルギウスは右手を縦に、左手を横にして同時に繰り出す霊験あらたかな聖なる十字手刀で毒霧を切り裂いたでありませんか!


 そしてザ・ドラゴンへと踏み込みます!


『あーっとゲオルギウス、毒霧を切り開いて果敢にタックルーーー!』


「ド、ドラ~~~ッ!?」


『い、いや! 違う! これはタックルではなーーーい!』


 ゲオルギウスがザ・ドラゴンへと突進してその頭部を押し込むように抱えて大きくジャーーーンプッ!!


 空中でザ・ドラゴンを俵返しのようにひっくり返して持ち上げれば、頭上に放り上げたではありませんか!


 そしてさかさまになったザ・ドラゴンの頭を肩に担いで、両足を掴みました!


 その技の入りに、ミカエルとガブリエルも立ち上がります!


『かつて神にけいこをつけてもらった人間がいた!』


『その名はヤコブ!』


『川のほとりのけいこで、神の祝福を受けるためにヤコブが編み出し、祝福と共に与えられた新たなる名前を冠するこの技こそーーー!!』


 ゲオルギウスがザ・ドラゴンの両足を引き下げながら落下!


「イスラエルバスターーーーーッッッ!!!」


 ズガァァァンッ!!!


 そして──着弾!


 そうです、お尻から着地したゲオルギウスの衝撃たるやもはや着弾!


 この一撃によって、ザ・ドラゴンの首、背骨、股に凄絶なダメージが入りました!


「グ、グハァ~~~……!」


 五所を蹂躙されたザ・ドラゴンが、マットに倒れます!


『ワ~ンッ! ツ~ッ! スリ~ッ!』


 一方ゲオルギウスは消耗こそ激しいですが、雄々しく立ち上がりました!


『──ナイ~ンッ! テンッ!』


 カンカンカン!


『ゲオルギウス、イスラエルバスターによって見事にザ・ドラゴンをKO~~~っ!』


 シレナの住民たち二万人が盛大に沸き上がりました!


 ゲオルギウスがひざまずき、天へ祈りをささげます。


「この勝利、天にまします我らが父へささぐ」


「ド、ドラァ~~~」


 失神していたザ・ドラゴンが目を覚ましました。


「ま、負けたのか……このおれが……!?」


「ザ・ドラゴン……」


「ち、ちくしょう……なんでだ……どうしておれは勝てなかったのだ……」


「それはおまえが独りだからだ」


「独り……」


「そうだ。わたしのそばには父なる神が常にいらっしゃる。聖ミカエルも、聖ガブリエルという兄弟も。そして……わたしを応援してくれる者たち!」


「だから……」


「みんながいたから、負けられぬ思いがわたしを強くした。それがおまえとわたしの違いだ」


 ザ・ドラゴンが苦悩するようにうめきます。


 ゲオルギウスが踵を返して、ロープ際でお姫様へとこう叫びました。


「腰帯をほどいて、この竜へと投げかけなさい」


 熱狂冷めやらぬお姫様は、言われるままに腰帯をほどいてリングの方へと投げました。


 するとどうしたことでしょう!


 腰帯がみるみると延びて、湖に一本の橋が架かりました。


「立てるか? 肩を貸そう」


 ゲオルギウスがザ・ドラゴンを支えながらその橋を渡って湖のほとりへと戻ってきました。


 シレナの町の住民二万人は、満身創痍とはいえザ・ドラゴンを恐れて遠巻きにします。


「シレナの住民たちよ、恐れることはない。わたしはこの竜からおまえたちを救いに、神に遣わされたのだ。おまえたちが教会に帰依するのならば、この竜を殺そう」


 その言葉に住民たちは雄たけびを上げて喜びました。


 王様がまっさきに洗礼を受けて、我先にとすべての住民たちも次々に教会へと入信していきます。


 こうしてシレナの住民二万人が新たなる信仰を得たのでした。


「ドララァ……こうなってはおれも男だ。さぁ、おれを処刑するがいい、ゲオルギウス!」


 指一本動かせないザ・ドラゴンですが、燃えるような怒りの瞳だけでゲオルギウスを睨みつけます。


 しかしゲオルギウスは首を振ります。


「ザ・ドラゴンよ、確かにわたしはシレナの町の住民と約束したからにはおまえを殺さねばならぬ。しかしその前に、おまえもまた洗礼を受けないか?」


「な、なに~~~!? 正気かきさま~~~おれは何人もの人間を食い散らかした悪竜だぞーーー!?」


「だからこそ、その罪を悔い、己を改める機会が必要なのだ。おまえの罪は重い。だからこそその罪を償う機会を与えることこそ、本当の慈悲なのだ」


「だ、だが殺すと……」


「そうだ、おまえを肉体から解き放つ。しかしその前に洗礼を受けて教会に入信すれば、天で罪を償い機会を得るだろう。おまえは人よりも重い罪を背負っているから、復活するための責務は長く苦しいものになるだろう。それでも……共にリング上で戦ったおまえを、このまま見捨てることをわたしはできぬ!」


 教会における信者最大の目的は復活です。


 やがて神の裁きによって信者たちは復活して、永遠の王国で喜びを謳歌することが許されているのです。


 この復活のパワーですが、天で石臼を回すことにより生成するのは教会の常識でした。


 ザ・ドラゴンの場合は生前の罰として、石臼を回す責務が長くなるでしょう。


 しかしそれでも。


 ザ・ドラゴンならばそれを果たせる強さを持っていると、肌を合わせたゲオルギウスは確信していました。


「一度、死力を尽くして戦ったおまえもまた、わたしの兄弟である。神の国で再び試合をしよう!」


「ゲ、ゲオルギウス……!」


 ザ・ドラゴンは己の手を取って微笑むゲオルギウスに、涙を流しました。


 こうしてゲオルギウスの洗礼を受け、ザ・ドラゴンは槍に貫かれて天に召されました。


「また会おう、強敵よ……!」


 ゲオルギウスはシレナの町で休養を取り、すっかり元気になってから王様に別れのあいさつにやってきました。


 王様は莫大な金銀財宝を差し出そうとしましたが、ゲオルギウスは微笑んで辞退して貧しい人たちに分配しました。


 そして王様にこんな教訓を述べました。


「王様、あなたは四つのことをお守りにならなければなりません。教会を保護し、司祭たちを敬い、熱心にミサに預かり、そして貧しい人たちに目をかけてあげるのです」


 王様はこの教訓を固く守ることを誓いました。


 ゲオルギウスは優しく、そして力強く微笑んで王様に接吻をして、馬を駆って立ち去っていきました。


 ゲオルギウスが去ってから、王様は彼のために美しい教会を建てさせました。


 すると不思議なことに祭壇から清水が湧き出して、この水を飲んだ病人はたちまち元気になったのです。


 こうしてシレナの町は平和になりました。

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