その優しさは辛いです。
秋風賢人
第1話
私には好きな人がいる。
「
彼は高校三年生で、生徒会長という役職をこの学校で持っている。いわば、この高校の顔と言っても過言ではないのだ。
私もこの高校の生徒会に属しているが、まだ一年生なので大きな役割を持つ役職ではない。生徒会の話し合いの時に話した内容をまとめる程度の仕事。
それでも生徒会に入るのは、"立派だよ"と言ってくれる友達も中にはいるが、そんな褒められていいほど、私が生徒会に入ろうと思った動機は立派なものではない。
「もちろんです!
「よかった・・・嫌ですなんて言われたらどうしようかと思いました」
「そんなこと言うわけないじゃないですか!」
絶対にそんなこと言うわけがないんだ。だって、私が生徒会に入ったのはこの咲人先輩が目当てだったのだから。
出会いは、高校の校庭がピンクに染まっていた季節。簡単に言うと、去年の春。緊張しながらも、私はこの高校に足を踏み入れた。
受験の時に一回来たはずなのに、入学式当日は気が動転してしまい、軽い立ちくらみでその場にしゃがんでいた。
あまりの気持ちの悪さにその場から動けずにうずくまったままでいたんだ。その時、手を差し伸べてくれたのが咲人先輩だった。
私の全身が大きな影に包まれる。顔を上げると太陽の光を背にして、微笑んでいる優しい顔。
私の心はこの瞬間に攫われていったんだ。今までの人生で人を好きになることがなかった私が、いとも簡単に…
あの時の先輩の大きな手、優しく微笑む顔を私は忘れられることができなかった。
だから、生徒会メンバーを募集しているとき、私は迷うことなく生徒会のメンバーとして立候補したんだ。
彼に恋しているからという不純な目的のために。
実際は、思っていたよりも生徒会の仕事はやりがいがあった。学校行事や予算などについて話し合ったり、より良い学校にしていくにはどうしたらいいのかと、思っていたよりも本格的で少し驚いてしまったが…
間近で見ている先輩は、やはり言葉に表すことができないくらいかっこよく、凛々しく、そして輝いて見えた。
恋する乙女には好きな人の姿は、他の人の目に映る姿の数万倍は美化されて見えていると私は思う。
そうでなければ、ここまで私が惹かれることなんてまずありえないのだから。
好きな人と並んで歩くだけで、私の胸の高揚感はどんどんと高まっていくばかり。きっと、家についてもこのドキドキ感はなかなか消えてはくれないだろう。
「そろそろ冷えてきましたね。僕らももうすぐ冬服への衣替え期間になりますね。僕はいつも思うんですけど、スカートって寒くないんですかね?」
「寒いですよ。でも、もうこの寒さには慣れちゃいましたよ。中には、感覚がバグって寒さを感じないって言う人も中にはいますけどね・・・」
「すごいですね。尊敬しますよ、本当に。僕だったら絶対に無理ですから」
そんな些細なことにも尊敬できるのが、先輩のいいところ。何より、歳関係なく誰に対しても敬語を使っているあたりが、先輩のすごいところでもある。
中には、先輩にタメ口で話しかけている後輩もいるのに、嫌な顔ひとつせず変わらぬ様子で話す姿。
人としての器の大きさを感じられる。一体何回人生を繰り返したら、年下にも敬語で話せるような人柄になれるのだろうか。
私にもできるだろうか…いや、無理だ。
初めて2人で帰るというシチュレーションに緊張してしまい、何を話したらいいのかわからなくなってしまう。
ただただ時間だけが無常に過ぎ去っていく。せっかくの2人きりの時間だと言うのに…だから私はつい焦ってしまったんだ。
今思えば、聞かなければよかったのだが、後悔しても遅いのだと…
「せ、先輩はす、好きな人はいるんですか?」
言葉にしてから完全にやってしまったと後悔をする。"どうか、先輩の耳には届いていませんように"と。
先輩の顔が赤く染まっていく。これは決して夕日に顔が照らされているからではない。先輩が恥じている…から。
「いますよ」
その言葉を聞いて、自分だと言われてはいないのに心拍数だけが異常に上昇していく。もし…もし自分だと言われたら私はどんな顔をしたらいいのか。
「そ、それって・・・」
つい答えを求めたくなってしまう。深呼吸をして、心を落ち着かせ準備を整えようとしたんだ。
「僕は中学の頃から付き合っている彼女がいるんですよ。もう付き合って五年近く経ちますけどね」
え…?なんて言ったの。彼女、五年?
この時だけ先輩が、なんて言ったのか私には理解ができなかった。心臓の音が恐ろしいほどに静まり返っていく。
ジェットコースターの最高点から一気に落ちていく気分。勝手に自惚れていたのは、自分。それなのにどうしてこんなにも悲しいのだろうか。
こんな簡単に散ってしまった私の初恋。
「あ、あの彼女さんとは仲が、いいんですか?」
こんなことなんて聞きたくなかった。先輩は何も思わないと思うが、あまりにも醜すぎる。少しだけ希望を見出してしまっている自分がいる。
もしかしたら、私にもチャンスがあるのではないかと。
「仲はいいですよ。五年も付き合っているとなると家族みたいなものに近くなりますがね」
徹底的に叩き潰される。あわよくばと思っていた気持ちもこれで、木っ端微塵に打ち砕かれてしまった。
彼女さんから奪い去りたかったわけではないんだ。まだ…まだ…私が付け入る隙間があるなら、もう少しだけでいいからこの片想いを続けていたかった。
それなのに、もう完全に付け入る隙間などない。虚無感だけが私の中に残り続け、募っていくばかり。
この場から一刻も早く逃げ出したかった。でも、逃げ出したら私はもう先輩と顔を合わせることができなくなってしまう。
だから、最後にこれだけ聞かせてください…泣くのを堪え、言葉を腹の底から搾り出す。
「せ、先輩はどうして、今日・・・一緒に帰ろうって誘ってくれたんですか?」
彼女がいるなら、初めから私になど期待を持たせてほしくなかった。それなのに、どうして…どうして…辛いな。
「それは、大事な後輩さんが何か悩んでいるようだったので、僕でよかったら相談してほしいなと思いまして・・・僕じゃだめでしたか?」
そっか…先輩には私が恋してるのではなく、何かに悩んでいるように見えていたんだね。
唇を前歯で噛み締め、今の私ができる最大限の笑顔で彼に答える。きっと歪な笑顔に違いないけれど…
「ありがとうございます、先輩!私の悩みはたった今なくなりましたから・・・だから、先輩は彼女さんを迎えにいってあげてください・・・」
「そうなんですか?心音さんがそう言うなら、お言葉に甘えさせて頂きます。また明日、学校で会いましょう」
彼が背を向け、私の視界から徐々に小さくなっていく。心なしか、彼の姿がぼやけて見える気もする。
私の顔を何かが伝っていく。唇に触れてようやく分かった。しょっぱい…
泣いているんだ。無意識に涙が溢れ出ていたみたい。
辛い…先輩の優しさが今の私には辛すぎる。その優しさが私は大好きだった。でも、今はその優しさに心を痛めているのが事実。
優しさは時として人を傷つけることがあるのだ。例え、本人に傷つける気が全くなかったとしても…
私のように見えないところで泣いている人へ…
『優しい人に片想いをするのって辛いよね。その優しさが、私をさらに苦しめるんだから』
私の初恋は、秋の枯れゆく木々たちと同じように儚く散って風とともにどこかへと飛んでゆくのだった。
また、春になったら木々がピンクに染まるように、私の心もそんな色に染まったらいいのにな…と願いながら、先輩の後ろ姿を見えなくなるまで眺め続けたんだ。
見えなくなる彼の背中に手を伸ばしながら。
その優しさは辛いです。 秋風賢人 @kenken25
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