自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
第1話
前世の記憶を取り戻したのは十歳の時だ。
頭をぶつけたり、病気で死にかけたりと何か衝撃的な出来事があったわけでもなく、ふとそう言えばそんなことがあったなと思い出しただけだ。
一つの記憶から連想するように次々と記憶が浮かぶ様は、まるで映画でも見ているような感覚だったが、それでも未熟な脳に多少の負担が掛かったようで、発熱の予感に自分で寝台に潜り込み安静にすれば、翌朝に完治した。
おかげで両親は眠かっただけだろうと心配することもなく、ジーナとしても特段問題があるわけではなかったので、それまでと変わらない日常を送ることになった。
唯一それまでと違うことは、本が読みたくなったことだ。
平民の暮らしは前世と比べると多少不便だと感じることはあっても、それが当たり前なのだから受け入れることは出来た。
だが本を読むときだけが至福の時間であったと思い出すと、無性に読みたくてたまらない。
本自体はあるものの、平民には高価な代物で教会などに寄付された絵本が僅かにあるばかりだ。
それでもないよりましだと家業を手伝う合間に教会に行って本を読み、文字を覚えてからは看板の文字や店頭に置かれた商品の説明文などを食い入るように見ながら、読書欲を紛らわせていたが、やはり物足りない。
ジーナが住んでいる王都には王立図書館なるものがあるが、平民が利用するためには十六歳からで、さらには貴族や商会主などの身元保証人が必要になる。
本来なら我慢するしかなかったが、諦めきれないジーナは両親の仕事を手伝うことにした。
「ジーナ、父さんの仕事は火を使う危険な仕事なんだ。危ないからあっちで母さんの仕事を手伝ってくれ」
父は食器などの陶器から生活雑貨に至るまで工芸品を作ることを生業としていて、工房兼店舗兼住居となっているため、普段からどんな品物を取り扱っているか目にする機会は多かった。
「一つだけでいいから、焼く前にこれを塗って欲しいの」
ジーナの願いに僅かに顔を顰めたものの、一つだけならと了承してくれた父に礼を言い、ジーナは母の元へと向かった。
「お母さん、こういうの作りたい」
端切れを使って花の形のコサージュについて拙い口調で伝えれば、母は驚きながらも縫い方を教えてくれた。
その結果、自分の手先が驚くほど不器用であることを思い知らされたが、母が作ったコサージュは生花のように美しく、すぐに完売してしまったほどだ。
少額でも毎日売れれば、悪くない稼ぎになるに違いない。
(生活に余裕が出来れば、せめて誕生日だけでも本を買ってもらえるかもしれない)
数日後、ジーナに言われたとおりに焼いた皿が淡い水色の美しい色に焼き上がる。白い食器が一般的であり、その色に驚いた父からジーナは作り方を聞かれて伝えた。珍しい色の皿は飛ぶように売れるようになり、自分の目論見が当たったジーナはにやりと口角を上げた。
だが禍福は糾える縄の如しとはよく言ったもので、突然珍しい商品を扱うようになり売れ行きが好調となれば称賛だけでなく妬み嫉みも付いてくる。
工房仲間から爪弾きにあった父は釉薬付きの陶器を作らなくなり、以前と変わらない暮らしに戻ってしまった。
一度は手が届くと思った夢だけに、ジーナはますます諦めきれなくなり次の策を講じる。出る杭は打たれるというのなら、こっそりやればいいのではないか。
最初に作った水色の皿はジーナ用だということで売らずに取っておいてくれた。それを持ってジーナが向かった先は絵本目当てに通った教会だ。
「神父様、次のバザーの時にこれを売ってくれませんか?いくらでも構いませんし、売上はもちろん寄付します」
教会に併設した孤児院では半年に一度の割合で、貴族を招いたバザーが行われる。慈善事業の一環として、子供たちやシスターたちが作ったジャムやお菓子、工芸品などが販売され、その売り上げは子供たちの養育費となるのだ。
「それは構いませんが、良いのですか?このような珍しい皿は見たことがありませんし、売ればそれなりの値段が付くかもしれませんよ」
「そうなれば嬉しいです。以前絵本を読ませてもらったお礼に何かしたいと思っていたので」
ジーナの返事に人の良い神父は嬉しそうに微笑んで、またいつでもおいでと優しい言葉を掛けてくれる。
そうして時期を見計らってジーナが教会を訪れると、いつも落ち着いた神父が慌てて駆け寄ってきた。
「ジーナ、来てくれて良かったです。貴方にお願いがあるのですが」
とある貴族の奥方から同じような食器を作って欲しいとの依頼があったのだ。表立って店頭で売るから妬まれるのであって、貴族相手の受注生産にすれば文句をつけにくくなる。
ジーナが望んでいた通りのことだったので、ジーナは神父の頼みを快く引き受けて晴れやかな気持ちで家へと戻った。
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