第43話 侵攻の後始末2/3 カタリーナの決意
フロリアン王子の襲撃があった昨日、一日中マルガレーテと一緒だった。
今日もまた、日中はずっとマルガレーテと共に過ごした。
マルガレーテとずっと一緒なのは、襲撃で怖い思いをした彼女の心のケアのためだ。
それをカタリーナが担当したのは、フロリアン王子たちを一人で撃退したカタリーナへのご褒美でもあった。
たっぷりと英気を養えるご褒美に、カタリーナも大満足だ。
「そう言えば、捕縛された人たちの中には、ハッツフェルト侯爵もいましたよね。
王妃殿下は、どういった処分を望まれているんですか?」
これから、カタリーナは就寝だ。
もちろん、マルガレーテと一緒に休む。
今はその就寝の準備をしている真っ最中だ。
そこでジビラが、そんな問い掛けをカタリーナにする。
「……弁明の余地もない反逆罪ですもの。
除籍された者を除く一族全員を、斬首にするべきだと思うわ」
こういう質問を、ジビラがするのは珍しい。
王国の法律上は、そうなっている。
反逆罪の場合、嫁いだり他家の養子になったりして除籍された者以外は、連座で斬首となる。
除籍された者も、反逆に加担していないか取り調べを受けることになる。
「法的にどういった処罰をするべきが、ということをお伺いしているのではありません。
王妃殿下のお気持ちとしては、どういった処分をお望みなんでしょうか?」
答え
殺したいかと聞かれたら、自らの手では殺すことには抵抗がある。
かと言って、生きていてほしいかと聞かれても、できれば生きていてほしくはない。
自分を虐待していた家族に対する感情は、愛憎が入り混じる複雑なものだった。
「……何とも言えないわね。
二度と会いたくないし、二度と関わりたくない、あの人たちのことを考えたくもない、というのが本音だと思うわ」
心の平穏を保つためには、それが一番だ。
処分について、考えることさえ嫌だ。
それがカタリーナの本音だった。
それを聞いたジビラは「そうですか」とだけ悲しげに言った。
「ところで、王妃殿下。
今日のドレスは、これにしましょう!」
急に話題を変えたジビラは、笑顔で就寝用ドレスを広げて見せる。
「……それを、わたくしが着るのかしら?」
ゆったりとした作りの丈の長いそのドレスには、三匹のウサギが
ワンポイントではない。
胸にでかでかと
サイズこそ大人用だが、幼児が着るようなデザインだった。
「そうです!
王女殿下は、絶対に大喜びですよ!」
あまりにも子供向け過ぎて、本音では着たくなかった。
だが、マルガレーテが喜ぶなら、とカタリーナは渋々承諾する。
◆◆◆◆◆◆
「まあ! ウサギさんのドレスですわ!
とっても、かわいいですわ!」
ジビラの読み通り、その就寝用ドレスはマルガレーテに大好評だった。
可愛らしく喜ぶマルガレーテを見ていると、つい顔が
「うふふ。
マルガレーテさえ良ければ、お
「ほしいですわ!
お母様とおそろいのドレス、絶対に、絶対にほしいですわ!
ウサギさんのドレスが良いですわ!」
マルガレーテは大喜びだ。
(さすがジビラね。
これだけ喜んでくれるなら、このドレスを着た
心の中で、カタリーナはジビラに感謝する。
「お父様もお母様も、とってもお優しい方ですわ。
きっと仲良しになれると思いますの」
カタリーナのベッドで一緒に寝ているとき、マルガレーテは突然そんなことを言う。
仲良しの夫婦は、お互いを愛称で呼び合う。
マルガレーテは、侍女たちからそう教えられている。
そのおかげで、愛称で呼び合うなら仲良しで、そうではないなら仲が良くない、という図式が彼女の中で出来上がってしまっているようだ。
カタリーナは反省する。
マルガレーテに、こんなことを言わせてしまった。
少なくともマルガレーテの前では、フィーリップを愛称で呼ぶべきだった。
そうできなかったのは、フィーリップの一言が原因だ。
『一つ一つ手順を踏んでいこうと思う。
まずは、恋人同士になりたい』
そんなことを、以前フィーリップが言ったからだ。
この状況で、愛称呼びを自分から始めたなら、自ら恋愛関係に飛び込むようなものではないだろうか……。
前世を含めるなら、世界屈指のお一人様歴を誇るカタリーナだ。
恋愛の才能が皆無であることは、もはや疑う余地はない。
恋人同士になったところで、自分ではフィーリップを満足させられないだろう。
破局は目に見えている。
状況からして、フィーリップの気持ちが冷め、カタリーナの気持ちはまだ残っている、という破局になるはずだ。
王と王妃の関係だ。
そうなってしまっても、フィーリップからは離れられない。
すぐ身近にいる男性に、自分一人だけ想いを寄せ続ける悲しい状況が、その後何年続くのだろうか……。
「お母様は、お父様がお嫌いですの?」
「え?」
予想外の質問に、カタリーナは戸惑ってしまう。
難しい質問だ。
好感を持っているか、ということなら、もちろん好感を持っている。
しかし、男性として愛しているのかと聞かれると、返答に困ってしまう。
前世で恋をする歳の頃、カタリーナは、反政府組織のリーダーだった。
その地位の重さは、想像を絶するものだった。
冗談を言い合いながら共に食事をした戦友が帰らぬ人となる
とてもではないが、恋愛にかまけている余裕などなかった。
今世で恋をする歳の頃、カタリーナは、ハッツフェルト家の一室に閉じ込められていた。
出会い自体が皆無であり、恋をする余地さえなかった。
恋とは、どんなものなのか。
カタリーナはまだよく分からない。
恋愛小説を読んで想像はしてみても、
フィーリップに好感を持っていることは間違いないが、これが恋なのかと聞かれると、答えに窮してしまう。
「お母様?」
黙り込んでしまったカタリーナを、マルガレーテが不思議そうに見詰める。
「え? あ。
も、もちろん、嫌いではないわ。
優しくて良い方ですもの」
ちょうど悩んでいることを聞かれたので、つい考え込んでしまった。
しかし、マルガレーテはまだ五歳だ。
彼女の尋ねる好き嫌いが、恋愛の意味での好き嫌いであるはずがない。
それに気付いて、カタリーナは慌てて答えを返す。
「まあ! それなら、きっと仲良しになれますわ!」
カタリーナの答えを聞いて、マルガレーテは喜ぶ。
「お母様……ギリゾンが言いましたの。
勇気を出して一歩踏み出せば……仲良しになれるって。
ですからわたくし……勇気を出してオンブルを……しゃぼん玉遊びにお誘いしましたの。
それで……仲良しになれましたの……」
カタリーナの腕の中でうとうとしながら、マルガレーテが言う。
アシスタントにも個性がある。
空間操作能力を持つオンブルは、背丈はマルガレーテと同じぐらいで、内気で人見知りをする女の子だ。
そんな彼女と打ち解けるために、マルガレーテも努力したようだ。
その過程で、勇気を出して一歩踏み出すことを、彼女は学んだ。
娘の成長を実感し、カタリーナは嬉しくて胸が熱くなる。
涙が
彼女がこんなことを言うのは、カタリーナとフィーリップの仲を、彼女なりに取り持とうとしているからだ。
カタリーナが勇気を出してフィーリップとの距離を縮めることを、彼女は望んでいるのだ。
両親の関係改善のために、マルガレーテは幼いなりに頑張っている。
そんな苦労を、これ以上、子供にさせてはならない。
少なくともマルガレーテの前では、フィーリップと親しい様子を見せる必要がある。
そのためには、どういった方針でフィーリップとの距離を縮めるのかを早急に決め、動き出さなくてはならない。
腕の中にいるマルガレーテの温もりを感じながら、カタリーナはそう考えた。
眠りに
フロリアン王子による襲撃当日、カタリーナは朝までマルガレーテと一緒だった。
その翌日である今日の日中も、ずっとマルガレーテと一緒だった。
しかし、王妃という地位は多忙であり、今日の夜もずっと一緒というわけにはいかなかった。
フィーリップとの打ち合わせを、これからしなくてはならない。
◆◆◆◆◆◆
「今日はこれにしましょう!」
自信満々にジビラが言う。
マルガレーテを寝かし付けたら、次はフィーリップとの酒席だ。
深夜の酒席だというのに、ジビラはまた、無駄に気合いの入ったドレスやアクセサリーを持って来ている。
毎度のことなのでカタリーナには抵抗する気力もなく、なすがままに着飾られていく。
身支度を調えてもらいながら、フィーリップとの関係をどうするべきかについて、ジビラたちの意見を聞く。
「自分の気持ちが分からないなら、とりあえず陛下と恋人やってみたら良いんじゃない?」
ジビラに化粧をされるカタリーナに、エミーリエはそんなことを言う。
「もっと真面目に考えてほしいわ。
とりあえずやってみる、だなんて……」
カタリーナは、頬を膨らませる。
いい加減とも思える回答に、彼女も不満気だ。
「恋が実りにくい人ってね。
いろいろ考え過ぎちゃう人なんだよ。
余計なことをあれこれ考えちゃって、一歩も進めなくなっちゃう人なの。
王妃様って、まさにそのタイプだと思うよ
恋愛ってね、頭でいろいろ考えずに、自分の気持ちに素直に従うことが大事なの。
歳を取ると恋愛がし
「でも……よく考えもせずに恋愛を始めて、破局してしまったら大変でしょう?」
カタリーナの反論に、エミーリエは笑う。
「破局を、重く考えすぎだって。
別れてから、またよりを戻す人たちだっているし、もう二度とその人と恋愛できない、ってわけじゃないんだからさ。
別れてもまだ気持ちがその人にあるなら、転んでも立ち上がって、また恋人になれるように頑張り続ければ良いじゃない?」
目から
破局した後にもう一度頑張るなんて、カタリーナは考えたこともなかった。
カタリーナの恋愛に関する知識は、前世の少女時代に読んだ恋愛小説が主軸だ。
前世の恋愛小説では、本命の男性と結ばれた後に破局するものなんてなかった。
本命との恋が成就した後、主人公たちを待っているのは、永遠に愛し合う幸せな未来だった。
恋仲になったり別れたりを繰り返すなんて、前世の少女向け恋愛小説では考えられないことだった。
「……そうね。その通りね」
さすがは、エミーリエだ。
小説の中の恋しか知らない自分とでは、知恵の深さがまるで違う。
彼女こそ、
カタリーナは感心し、エミーリエの意見に納得する。
「それにさ、やらぬ後悔よりやる後悔って言うでしょ?
失恋したとしても、別に悪いことだけじゃないと思うよ?
失恋して悲しかったのだって、受験で苦労したのだって、時間が
何事もね、積極果敢に挑んで、自分は頑張ったんだって、心から思えることが大切だよ。
そうすればきっと、還暦を迎える頃には、あのとき頑張って良かった、自分は全力を尽くして生きて来られた、後悔しない生き方ができて本当に良かったって、心から思えるようになるよ。
だから、結果なんかより、自分自身が納得できるぐらい頑張ることが重要だって、私は思うな」
カンレキの意味が、カタリーナには分からなかった。
だが、言いたいことは分かった。
前世での自分もそうだった。
死を目前にして、全力を尽くして生きられたことに満足したし、良い人生だったと思うこともできた。
もちろん、人生の中での全てが良い結果に終わったわけではない。
戦友が命を失う、という最悪の結果だってあった。
しかしそれでも、最善の結果となるよう力を振り絞ったことで、自分の人生には満足することができた。
戦友の死でさえ、神でもない自分にはあれが限界だった、と受け入れることができた。
もし、楽な道を選び続けて中途半端に生きていたなら、きっと後悔に
前世での
あれはきっと、恋愛では全力を尽くしていなかったからだ。
前世での失敗を、今世でも繰り返すわけにはいかない。
カタリーナはそう思った。
「うん……やるわ。
わたくし、恋を頑張ってみるわ」
細い指をぎゅっと握り締めて、カタリーナは決意する。
「まずは、陛下を愛称で呼ぶことにするわ。
それから……えっと……何をすればいいのかしら……?」
恋愛経験に乏しいカタリーナは、いきなり迷子になってしまう。
「それはもちろん、陛下をベッドにお誘いすることでしょう?
貴族の場合、昔から婚約していたわけでもないなら、夫婦の恋愛はベッドから始まるものです」
カタリーナの眉を描きながら、ジビラは楽しそうに言う。
「む、む、無理よ!!
そ、そ、そんなの、絶対に無理よ!!」
顔を
そんなカタリーナを、微笑ましい目で眺めながらジビラたちは笑う。
「王妃様は、ようやく文通始めたばっかりなんだし、初々しい中学生が交換日記を始めたみたいな段階だよね?
それなら次は、二人でお出掛けしたりとか、手を
王族のお出掛けは大変だろうから、まずは手を
「そ……それなら……頑張れるかも……」
急にハードルが下がってほっとしたカタリーナは、手を
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