第21話 夜会の一幕 ボールシャイト不可侵侯との交渉
カタリーナは、夜会のメイン会場の近くにある別室へと乗り込む。
ここは、夜会に参加した紳士たちがカードゲームを楽しむための部屋だ。
ここに来たのは、ボールシャイト不可侵侯がこの部屋にいると使用人から聞いたからだ。
「あれは! 死んでいるのか!?」
「あの遺体の服の家紋を見ろ!
ボールシャイト家のものだ!」
「あれが噂に聞く、王妃殿下の植物の式神か!」
カタリーナが部屋に入ると、集まっていた男性貴族たちが大騒ぎを始める。
カタリーナの右腕には、半透明の
何本もの
実は、
浮遊魔法で浮かせている。
半透明の
浮遊魔法で移動させることもできるのに、わざわざ
驚いて手の中のカードを落としてしまったボールシャイト侯爵の前に、カタリーナは運んで来た遺体を山積みにする。
「まさかっ!!?
まっ、まさかっ、イーヴォかっ!!?」
どの遺体も髪は白く
別人のようになっても、そのうちの一つが自分の息子だと彼は気付いた。
転げ落ちるように椅子から降りたボールシャイト侯爵は、床に横たわる遺体を抱き締める。
老人は、息子の遺体を抱き締めるだけではなかった。
遺体の首元からお守りを取り出して、中から呪符を取り出すこともしていた。
続けて、他の遺体のお守りからも中身を取り出して確かめている。
息子の死に直面した直後でも、老人は状況把握を行っていた。
貴族らしい貴族だ、とカタリーナは思った。
(でも、動揺して冷静さを欠いているわね。
今、それをするべきではなかったわ)
ここで中身を確認したら、家ぐるみの犯行だとカタリーナに教えているようなものだ。
呪術無効化のお守りを着けた者を殺すなら、お守りの防御力を上回る強力な術を用いる必要がある。
そんな術を受けたら、お守りには防御限界を超える負荷が掛かってしまい、呪符は破損する。
しかし、イーヴォたちの呪符は破損していない。
呪術ではなく吸星法で殺したからだ。
魔力を用いることで効果を発現させる吸星法は、分類としては魔法に属する。
呪符が見付かると、呪術以外の方法で殺したことに気付かれてしまう。
呪術が使い放題、というカタリーナの霊宝の存在にも疑念を持たれてしまう。
だからカタリーナは、お守りの中身を獣皮紙の切れ端に入れ替えていた。
ちなみに、カタリーナが遺体から抜き取ったのは呪符だけではない。
魔眼の魔法で呪術具を探して、イーヴォの持つ呪術具を全て抜き取っている。
隷属の呪術具や、女性の性的興奮を高める呪術具など、カタリーナを楽しむための呪術具を彼はたっぷりと用意していた。
ろくな使い方をしないことは間違いないし、おそらくは王家の財産の横領して作らせたものだ。
これら全てを、カタリーナは没収してしまった。
「貴様っ!! 息子を
呪術無効化のお守りを身に着けてカタリーナを襲ったのに、返り討ちにされてしまった。
お守りを確認したら、中身はただの紙だった。
お守りの中身が紙だと知らずに、襲撃してしまったということだ。
おそらく、カタリーナが事前に入れ替えさせたのだ。
ボールシャイト家に間者を潜ませ、それをしたのだ。
そしてカタリーナは、襲撃計画を知っていたのに敢えて襲撃を受けた。
正当防衛の口実を作った上で、堂々とイーヴォを殺したということだ。
全てはカタリーナの手のひらの上であり、イーヴォは彼女に謀殺されたのだ。
侯爵が「
そう理解してカタリーナはほくそ笑む。
狙い通り、ボールシャイト侯爵は間者の存在を確信してくれた。
お守りの呪符を入れ替えた狙いは、もう一つあった。
これからボールシャイト侯爵は、いもしない間者を捜し始めるだろう。
後継者が殺されたのだ。
捜索は大規模なものになり、粛正も厳しいものになるはずだ。
しかし、そんなことをすれば家門内は動揺し、結束は乱れ、人手も足りなくなる。
家門の力を、自分たちの手によって落としてくれる。
内部のごたごたで忙しいため、しばらくは王宮でも大人しくしてくれるはずだ。
「あら。ひどい誤解だわ。
庭園でわたくしを手籠めにしようとしたから、返り討ちにしたまでよ?
もう恐ろしくて、力加減を少し間違えてしまったの。
ごめんなさいね?」
そう言ってカタリーナは優雅に笑う。
「きっ、きっ、貴様あああっ!!!」
その優雅な笑顔と謝罪とも言えない謝罪が、よほど
ボールシャイト侯爵は、杖で殴り掛かろうとしてしまう。
だが貴族たちの前で王妃を殴ったら、家は多大な代償を支払う羽目になる。
彼の侍従たちは、必死で侯爵を止める。
「こ、こ、このままでは済まさんぞっ!!!
絶対に赦さんっ!!!」
「あら。奇遇ね?
ちょうどわたくしも、同じことを考えていたの。
王妃の貞操を汚すことを
「き、貴様如き小娘に何ができる!!?」
「領地戦を申し込みますわ」
カタリーナがそう答えると、場が静まり返る。
次いで、大爆笑が起こる。
「王妃殿下。
領地を侵略されない限り、王家は領地戦を仕掛けられないんですよ。
もう少し、勉強された方が良いと思いますよ?」
ボールシャイト侯爵と同じテーブルに座り、彼とカードゲームをしていたオルローブ侯爵が笑いながら言う。
「そうですぞ。
どうやら頭の方は、それほどご立派ではないようですな?
金輪際、政治に口を挟むのは止めるべきですぞ?」
そう言うのは、彼らと同じテーブルに座るアウフレヒト辺境伯だ。
オルローブ侯爵もアウフレヒト辺境伯も、ボールシャイト侯爵と同じく不可侵貴族だ。
有力貴族は有力貴族で集まり、同じテーブルでゲームを楽しんでいた。
「王家があなたたちと取り結んだ不可侵の約定だけれど、正確には『王国領に侵略行為があった場合のみ、騎士団および軍を出動させることができる』というものよ?
制約を受けるのは、騎士団と軍だけなの。
王妃は含まれていないから、わたくしなら自由に出陣できるわ?」
「……まさか、王妃殿下お一人で参戦されるおつもりですか?」
「ええ。そのつも――」
「お待ち下さい!
私は、王妃殿下に剣の忠誠を誓った身です!
当然、私も参戦します!
侍女も参戦できるはずです!」
カタリーナの言葉を遮って声を上げたのは、ジビラだった。
「ねえ、ジビラ。
あなた、ちゃんと分かっているの?
領地戦って、とっても危ないのよ?」
「……どの口が、そんなこと
しばらく二人の口論が続いたが、結局カタリーナは、猛烈な剣幕のジビラに押し切られてしまう。
王家側の参戦者に、ジビラが新たに加わった。
「どうかしら? ボールシャイト侯爵?
この領地戦、受けてくれるかしら?」
「……いいだろう。受けて立とう」
ボールシャイト侯爵は、忌々しげな顔で応じる。
「そういうことでしたら、私は王妃殿下にお味方しましょう」
「私も、王妃殿下にお味方して王国への忠義を示しますぞ?」
アウフレヒト辺境伯とオルローブ侯爵が、すかさずカタリーナ側での参戦を申し出る。
領地戦で勝利した場合、ボールシャイト家は当然、勝者の権利としてカタリーナの霊宝を要求する。
あるいは、領地戦の最中にカタリーナから奪ってしまうかもしれない。
しかし霊宝は、王家を名乗るために必要なものであり、王の証とも言える貴重なものだ。
ボールシャイト家が造作もなくそれを手にするのを、他の有力貴族たちが許すはずもない。
ここに他の不可侵貴族がいたら、彼らも参戦していただろう。
申し出を受けたら、こうなることは必然だった。
もちろん、ボールシャイト侯爵だってそれは分かっていた。
彼はそれでも、領地戦を受けざるを得なかった。
後継者を殺されながら領地戦から逃げることは、名誉を重んじる貴族としてできなかったのだ。
ボールシャイト侯爵が悔しげな顔をしているのは、カタリーナの策により不利な戦いを強いられる羽目になったからだ。
カタリーナが不可侵貴族と領地戦をしようとすれば、必ず別の不可侵貴族がそれを妨害する。
結局、不可侵貴族家同士で戦うことになってしまう。
ただ費用だけが
だからカタリーナは、イーヴォを討ち取った。
貴族として譲れない状況を作り、ボールシャイト家に領地戦を受け入れさせたのだ。
もっとも、彼を討ち取った理由はそれ以外にもある。
彼は、王宮の財務部に
処刑されても仕方ないほど、権力を乱用して王家の財政に打撃を与えていた。
莫大な費用を掛けたお守りも、おそらくは王家からくすねた財産で作ったものだ。
(第一段階は上手くいったわね。
でも、まだよ。
これでは全然足りないわ)
カタリーナに味方する貴族たちは、霊宝を渡さないために戦うのだ。
ボールシャイト家に致命傷を与えるための決死の突撃なんて、絶対にしない。
兵の損耗を抑えるための、消極的な戦い方をするに違いない。
ボールシャイト家もまた、無理をして攻めたりはしないだろう。
不可侵貴族家、それも二家が相手では、強気に攻めたところで霊宝を奪える可能性は低い。
面目が立つ程度の小競り合いをして、適当なところで手打ちにするだろう。
それでは駄目だ。
カタリーナはそう考える。
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