第6話 不審な予言者

「陛下がお呼びです」


いつものようにマルガレーテのところに行こうとしたとき、フィーリップから呼び出されてしまう。

気分が沈むのが分かる。

こうして不意に邪魔が入ると、自分でも驚くほどマルガレーテと遊ぶことを楽しみにしていることに気付かされる。


「君はこの者と面識はあるのか?」


手枷てかせ足枷あしかせを付けられ、取調室に座らされた少女を指差してフィーリップは言う。


平民服の上に呪術師の黒いマントを着た少女は、十代中頃で茶色い髪に垂れ目だ。

服以外に、あまり手入れされていない髪や肌なども平民のものだ。

すっかりおびえ切っているその顔には、全く見覚えがない。


繁々と少女を眺める自分を、フィーリップが注意深く観察していることにカタリーナは気付く。


(なるほどね。

わたくしとこの少女のつながりを確認するために、ここに呼んだのね)


「いえ。全く存じませんわ。

何者ですの?」


「自分では予言者だと言っている。

王国の危機を知らせるために王宮に来たそうだ」


「……そんな者と、なぜお会いになったのですか?」


王宮や貴族家には、たまに自称予言者が訪れる。

ほぼ間違いなく、詐欺師か狂人だ。

そんな者を、一国の王が相手にするのは不自然だ。

普通なら、臣下が適当に話を聞いて帰らせる。


「この者に関する報告書をオットマーが読んで気付いたのだ。

君が鏡に向かって毎日欠かさずしていた質問を、この者は知っていた」


「そうでしたの……」


カタリーナが毎日長時間、鏡を眺めていたことを知る者は多い。

王宮では知らぬ者がいないほどうわさになっていたから、ここに出入りする商人を介して平民にも知れ渡っている。


だが「世界で一番美しい者は誰か?」という質問を、毎日欠かさずしていたことを知る者は少ない。

それを知っているということは、つまりあの呪術具を発動させるキーワードを知っているということだ。


若く美しい王妃が洗脳されていたという事実は、要らぬ憶測を呼んでしまう。

将来カタリーナが子供を産んだとき、本当に王の子なのかと疑われかねない。

王家にとって不都合が多い醜聞であり、しかも大貴族であるハッツフェルト家まで絡んでいる。


取り調べは秘密裏に行われ、この事実を知らせたのは大貴族の数家のみだ。

秘密裏に事件を伝えた大貴族たちにも、キーワードまでは教えていない。

捜査情報も厳重に管理されているので、平民にまで漏れるとは考えにくい。


「星読みなどの呪術を使った可能性はあるのかしら?」


万能な呪術なら、過去を見ることもできる。

しかし未来や過去、遠隔地を見る術は、極めて大きな術だ。

宮廷呪術師のような熟練者が、自分の星の大半を消費することでようやく見られるほどのものだ。

それほどの対価を払っても、見られる内容は吉凶占い程度のものでしかない。


カタリーナが毎日唱えていたキーワードまで把握するのは、理論上は可能であっても実際には不可能と言って良い。

カタリーナがこの問い掛けもしたのも、念のため確認しているだけだ。


「それは当然、もう調べさせている。

呪術を使った形跡はなかった」


王宮などの重要施設は、呪術師が結界を張り呪術的防御を行うのが普通だ。

この王宮も、宮廷呪術師たちによって強固な結界が張られている。

王宮の呪術的防御は、暗殺阻止と防諜に特化している。

特化させることにより、結界をより強固なものにしている。

だから、王宮内では呪術による暗殺はできないし、星読みなどで機密情報や王宮内の事件を知ることもできない。


もちろん、結界強度を上回る大規模な術を使えば可能だ。

だが、それをすれば結界が損傷してその形跡が残ってしまう。

その結界の損傷について、フィーリップは既に調べさせていた。


(漏れないはずの情報を知っていて、呪術で調べたわけでもないのね……。

ということは、鏡について知るハッツフェルト家の関係者かしら。

あるいは、鏡の制作に関わったのかもしれないわね。

でも、何でそんな人が、わざわざ自分から王宮に来てこのことを白状したのかしら?

王妃の洗脳なんて大事件に関わっていることが知られたら、斬首は免れないのに……)


平民の少女の意図が読めず、カタリーナは考え込む。


「それだけではない。

ゾフィがをしていたことも知っていた」


「何ですって!?」


カタリーナは驚愕きょうがくの声を上げる。

ゾフィとはゾフィーアの愛称で、前王妃のことだ。


妊娠中、彼女は毎日窓辺で編み物をしていた。

しかし、そのことは秘匿されている。


妊婦が体を冷やすのは禁忌だ。

にもかかわらず彼女は、真冬に窓を開け窓辺で編み物をするという奇行を毎日していた。

そして毎回、編み物を終えると指に針を刺して窓の外の雪に血を垂らし呪文を唱えていた。


手順からして、おそらくは口寄せの呪術だ。

この術なら、王宮内でも結界の阻害を受けない。

前王妃が早世したのは、その呪術が大規模なものだったせいだろう。

一体何を呼び寄せようとしたのか、彼女が亡くなった今となってはもう分からない。


このことを知っているのは、現場にいた前王妃の侍女たち、そしてそれを記した報告書を読んだ者だけだ。

報告書は、図書館の王族以外は立ち入れない場所に保管されている。

カタリーナがこのことを知っているのは、マルガレーテと仲良くなるために彼女の母親に関する情報を調べたからだ。


(なるほど。

だから、わたくしを呼んだのね)


鏡のキーワードと前王妃の死の真相、カタリーナはそのどちらも知る数少ない人間だ。

フィーリップからすれば、カタリーナの関係者と考えるのが自然だった。


(でも、本当にこの女性を知らないのよね。

何者なのか、わたくしも興味があるわ)


「拷問して聞き出すべきですわ」


「ヒイッ。ご、ご、拷問なんてしなくても、な、な、何でも話しますよお!」


カタリーナの言葉に、少女はおびえる。

この怯えぶりなら、拷問なんてしなくても聞き出せそうだ。

そう思える。


だが特殊工作員とは、この一場面のために何年も訓練をしたりするものだ。

長年王宮で底意の読み合いをしてきたカタリーナでさえ「怯えている」と誤解してしまうほどに、この一場面での演技に熟達している可能性もある。


「それなら、あなたにチャンスを上げるわ。

わたくしが掛ける隷属の術を受け入れるなら拷問はしないわ。

術を受け入れる?」


「受け入れます! もう間違いなく受け入れます!

じゃんじゃん掛けちゃって下さい!」


「待て。

隷属の術を、君が使う必要はない。

宮廷呪術師に使わせよう」


慌ててフィーリップがカタリーナを止める。

カタリーナの魔法を呪術だと誤解している彼は、彼女が不運になったり短命になったりすることを心配している。

カタリーナは、そういう心配は無用だと説明する。


「本当に大丈夫なのか?

あまり無理をしないでほしい。

呪術以外の方法で対処できることなら、呪術は使わないに越したことはないぞ」


(優しい人ね)


社交辞令で形式的にそう言っているのではなく、本当に心配しているのがカタリーナには分かった。


カタリーナは少女に魔法を掛ける。

彼女の額で魔紋が輝き、隷属魔法の発動に成功したことが分かる。

ほんの数秒で魔紋は消えるが、術の効果は永続する。


「以降、わたくしにはうそかないこと。良いわね?

それでは質問するわ。

あなたは何をしに、この王宮に来たの?」


「お金のためです。

火事で両親が亡くなって、家財を全部失っちゃったのに、両親が商売のために借りた借金だけはたんまり残ってるんです。

このままだと私、遊女になるしかありませんけど、まともな避妊具もないこの国で遊女なんかしたら地獄です。

それで……この国の王妃様が、そのうち王女様を殺そうとすることは知ってましたから、事前にそれを教えて報奨金を貰って、それを借金の返済に充てようと思ったんです。

お貴族様と関わったら危ないのは分かってましたけど、私も後がなかったんです」


(わたくしがマルガレーテを殺そうとするのを、知っているですって?

隷属魔法が掛かっているから嘘は言っていないんでしょうけれど……)


荒唐無稽な回答でも、本人に嘘を言っているつもりがないなら「嘘を吐かない」という命令には違反しない。

出鱈目でたらめなことを、本当のことだと思っているのかもしれない。

少しだけそう考えてから、カタリーナは思い直す。


(いいえ。

もし、わたくしが洗脳されたままだったなら、十分にあり得ることだわ。

陛下と王女殿下がお亡くなりになったら、残る王族はわたくしだけですもの。

わたくしが操り人形のままなら、この国はハッツフェルト家のものになるわ)


この少女が話したのは、ハッツフェルト家の陰謀である可能性がある。

従順な駒だったカタリーナをさらに洗脳までしてさせたかったことは、もしかしたら二人の暗殺だったのかもしれない。

だが、発覚したら自分たちが窮地に追い込まれるような危険な計画を、あの家が平民の少女に漏らすとは思えない。

一体どこから情報を得たのだろうか?

カタリーナはそう考え、ますます彼女に興味を持つ。


「わたくしが王女殿下を害するって、なぜ知っていたのかしら?」


「私、異世界からの転生者で、前世の記憶があるんです。

ここは前世で読んだ『白雪姫』っていう本の中の世界なんです」

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