第九話 新たな柱

 星宇さんは部屋の隅に摘んであった端切れの袋から幾つかの生地を摘まみ上げた。

 どれも仮縫いや試作で、製品版と同じ生地もある。星宇さんが取ったのは前に妹さんに作った服と同じ生地だ。


「これで髪飾りを作ってくれないか。妹が服と揃いの髪飾りが欲しいと言ってるんだ。」

「それはお洒落ですね! じゃあちゃんと作ってからお渡ししますよ」

「その試作を作る。とりあえず作ってみてくれ」

「は、はい。どんなのが良いですか?」

「花が好きな子だから花のような形をしていると良いかもしれない」

「髪は長いですか?」

「短い。顎まであるかないかだな。暑いからいつも無理くり結ってる」

「お出かけ用ですか? 普段使い?」

「普段使いだ。水浴びが好きで、薫衣草畑で転がることも多い」

「結う位置はいつもどこですか?」

「外に出る時は後ろだな。家のなかでは後ろ頭の下から紐を回して前髪ごと結んでる」

「涼しいようにですよね。ふんふん」


 私は同じ生地の端切れを全て並べ、色の合う無地の端切れと伸縮する紐も取り出した。


「飾り部分はお花の形。転がるとくしゃくしゃになるので、最初からくしゃくしゃにしちゃいましょう。これは長い長方形の底辺に糸を通してぎゅっと絞って細かいひだにします。これを大小いくつか作って重ねて縫い留めると何となくお花っぽくなります」

「ああ、本当だ。ふわふわしてるな」

「これは違う生地を混ぜることもできるので実際に選んでもらった方が良いですね。次は結うための部品。水遊びをしても転がっても怪我をしないように金具は使わずこれを使います」

「紐、か? えらい伸びるな。それに細い」

「南で主流の紐です。髪に絡まないので短くてもしっかりと結ぶことができます」


 私は適当な長さに切って作ったばかりの花型の飾りに仮縫いをしてくっつけた。


「へえ! これで結べるのか!」

「はい。次は室内用の紐ですね。これも同じ要領ですけど、花飾りじゃなくて少し幅広の長方形にしましょう。耳の後ろあたりから伸びる紐にすれば、」

「輪っかになってる帯みたいなものだな。これならすっぽり覆えるな」

「花飾りと共布なので両方つけても可愛いと思います。どうでしょう!」

「良いじゃないか。すごく良い。今度妹を連れてくるから生地選びから一緒にやらせてくれ」

「はい! ぜひ! お待ちしてます!」

「ということで本題だ。今何をしたと思う?」

「本題? 髪飾り作りですよね」

「そう。俺の要望通りに既製品とは違う物を作ったんだ。これを何と言う?」

「え、っと……?」


 私は質問されてることが分からなくて目を泳がせた。

 髪飾り作りじゃなく……?

 星宇さんはくすっと笑い、試作の髪飾りを手のひらに乗せて弄った。


「これはあんたの商品陳列には無いが、今この瞬間商品となった。これは客の要望通りに作る『受注生産』という」

「……えっと、予約販売と同じですよね」

「全く違う。現状店でやっているのは『在庫販売』と『予約販売』だな。一見違う販売方法だが、実のところ『製造が決まっている商品を売る』という同じ出来事だ」

「あ、ああ、そうですね」

「だがこれは違う。あんたは『製造が決まっていない商品』を作ったんだ」

「そっか! 要望通りに作ってあげれば店に商品が無くてもお店はできる!」

「そう。時間はかかるが、それが前提なら客も納得する。何しろ一点物だ。ただ必ずちゃんとした品を作る必要がある。確実に使える生地見本を用意した方が良いだろう。他にも廃棄する生地があれば無料で何か作ってやってもいいだろう。廃棄費用を考えれば顧客にする手段として使い切る方が賢い」


 次々に出て来る内容に頭が追い付かない。

 分かったのは明日も営業ができるということだけだ。


「星宇さんすごいですね……」

「基本だ。あんたはこういう知識がないようだな」

「はい。作りたい物を作ってたんですけど、売上がいまいちなんです。だって同じくらいの歳の女の子にしか売れないんですもん。これも駄目なんですよね」

「それ以上の問題がある。君の服は全て有翼人用だから有翼人しか買わない。この国で最も人口の少ない種族限定だから限界が来るのも早いだろう」

「あ! そ、そうだ!」

「有翼人保護区が完成すれば別だろうが、今すぐは別の販売戦略を練る必要があるな」

「じゃあ人間と獣人が着れる物もないと駄目ですね……」


 受注生産でしばらく頑張って、営業が終わってから予約受付できる服の試作品を作って、その間に人間と獣人の服も考えて……

 日中は営業があり作業するのはそれ以降だ。有翼人用の服を一着作るので精一杯なのにそこまでできるだとは思えない。


「だが有翼人のための服が作るのが信念だろう? 『有翼人服店』と銘打ってるから有翼人客も安心して入れるんだ。迫害を経験した有翼人は人間と獣人も来る店になったら落胆するだろう。脚も遠のくはずだ」

「う……」

「とまあ、商売というのは柱を複数持たなくてはいけない。どれかが通用しなくなっても他の収入源があれば店は続くんだ」

「……全然分かりません」


 どれ一つとして「なるほど!」言えるほどの理解ができず、ただ今のままじゃ駄目なことだけしか分からなかった。

 私は頭を抱えて項垂れたけれど、星宇さんはくすっと笑い私の肩を軽く叩いた。


「俺を雇わないか」

「え!?」

「給料は妹に服を作ってくれれば良い。商品の試験にしても良い。その代わり俺は販売戦略を提供する」

「ほ、本当ですか!?」


 私は全力で食いついた。商品を作ることはできても経営や販売は全く違う知識と技術がいる。

 でも私は買い物すら一人でしたことが無かった。買ったことすらないのに売る側になろうなど到底無理に思えた。

 こんな有難い話はない。けどふと不思議にも思った。


「良いならぜひお願いしたいです。でも、どうしてそこまでしてくれるんですか?」

「……妹が毎日はしゃいでるんだ。羽が軽くなり皮膚炎もなくなった。今日は少し臥せってるんだが、それもはしゃぎすぎで熱が出たんだ。遊びすぎで疲れるなんて生まれて初めてだった」


 星宇さんはまだ試作でしかない花飾りを握りしめた。


「お洒落できて嬉しいと、泣いて喜んだ」


 まだ仮縫いだ。強く引っ張れば紐がはじけ飛ぶ。花部分も仮縫い用の糸がくっきりと見えていて使えた物じゃない。

 それでもこれを見ればきっと喜んでくれる――星宇さんはそう思ってるんだ。

 そしてそれはかつて私が立珂様に与えて頂いたものと同じだ。


「立珂様の服は素晴らしい。それは間違いないだろう。だが彼は生活密着型の服を作らない。だが国民は日常を助けて欲しいんだ。そしてあんたの服はそれができる。あんたの服こそ有翼人に必要だ。なら俺はそれを広げる手伝いをしたい」


 星宇さんは左手で髪飾りを握りしめ、右手を私に差し出した。


「どうか手伝わせてくれ」

「はい! お願いします!」


 星宇さんは有翼人ではない。でも有翼人を助けたいと思う気持ちは同じで、私に足りないものを持っている。

 私は星宇さんの手を握った。私のお店は新しい体制で進むこととなった。

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