第2話
仮想現実彩世学園入学試験当日。
試験開始時刻は午前九時だが、移動や説明の時間も踏まえて集合時間は午前八時三十分となっている。
その集合時間にある程度の余裕を持って試験会場となるFSO(入学試験用)にログインした俺だったが、試験会場はもう既に多くのプレイヤーで賑わいを見せていた。
今ここにいるほぼ全てのプレイヤーが受験生。全国各地からあの学園に入学しようと、この世界に集まって来たのだ。
「受験番号H-001、結城榛名です」
「結城榛名さんですね。8番の船にお乗り下さい」
受付を済ませ、係員の指示に従って指定された船に乗る。
俺達が乗る船はどのグループも色以外は同じであり、豪華客船程の大きさではないが世界観に似合わない現代型の船だ。
父さん曰く、この試験のためだけにわざわざ用意したとのこと。
船内のロビーのような場所に入るとヒリヒリと張り詰めた空気の中、あらゆる視線が向けられる。
一グループの人数は現状不明だが、数える限り今現在この船内には30人はいる。そして、その多くが武器を装備していない。
やっぱ警戒心強いやつが多い⋯⋯そりゃそうか。一次試験以外の内容は公開されていない。もしかしたら、試験の中に対人戦が含まれている可能性だってあるんだ。これからのことを考えれば、不用意な情報は与えたくない。俺でもそうする。
周囲を観察しながら、これから行われる試験に備えるために人気の少ない端の方に座る。試験開始まで時間があるため、最終確認するために壁に背をかけ、メニューを開く。
初期装備はステータス設定時にいくつかの種類から選ぶことが可能であり、今回俺が選択した装備は軽装でスピードにマイナス補正がかからない近接装備向けの皮装備一式と、今は装備していないが短剣の『アイアンダガー』。スピードと手数に重きを置くアタッカー型だ。
そこに共通配布アイテムであるHP、MP回復ポーションがそれぞれ十個。解毒薬が七個。投擲用ナイフが五つ。そして最後にメモ帳とペンが支給されている。
メモとペン?思考力や計算力が試される試験があるのか?……何にせよ、父さんが意味の無いアイテムを支給するはずがない。何かあるはずだ。
ひとまず、試験中いつでも取り出せるようにストレージからいくつかのポーション類や投擲用ナイフ、メモ帳とペンを腰のポーチに仕舞う。
『時間となりました。間もなく出航いたします』
汽笛と共に船が動き始める。
気付けばメニュー画面に表示されていた時間は八時三十五分。いつの間にか集合時間を過ぎていた。
この船内にも、既に同グループ四十八人の受験生がいる。
四十八人。そして一般的なMMORPGのレイドパーティーもワンパーティー六人×八の四十八人。となると、ボス戦はほぼ必ずあるだろう。
レイドパーティーを組んで行われるボスはどのMMORPGにおいても醍醐味の一つとして存在する。実力は勿論のこと、協調性、対応力等が求められるボス戦はこの入学試験にうってつけなのは明白。それは俺も予想できていた。
だがこの場にいる受験生は勿論、他の船に乗っている受験生もまた合格の席を奪い合うライバルだ。ボス戦はある程度の連携も必要となってくるが、ライバル同士だと連携に支障が出てしまう可能性もある。その上、冷静な判断を下せる大人もおらず、メンバーの使用武器によってはパーティーバランスもおかしくなる。
通常のレイドボスに比べても難易度は数段階難しいのは明白だ。
「おい。どこ見て歩いてんだよ」
「あ?お前がぶつかってきたんじゃねえか!」
「てめぇやんのかコラ」
「上等だ!」
船内に緊迫した空気が広がる。
ガラの悪い受験生同士による衝突故に、周囲の人間もその争いを止めに入ることなく傍観者の状態になっている。
今後のことも考えればすぐに止めに入るべきだ。そう思って立ち上がろうとする前に、巫女服のような装備を身にまとった一人の少女が仲裁に入った。
「ゲームの世界とはいえ、ここは受験会場だよ。喧嘩はやめた方がいいんじゃないかな?」
横に跳ねた癖っ毛と頭頂部にちょこんと生えたアホ毛が特徴的な肩まで伸びた日本人らしい黒い髪。サファイアを彷彿させるような透き通った青い瞳に年相応の可愛らしい顔つき。ほっそりとした色白の肌をしており、言い争う二人がかなり体格的に恵まれているのも相まって、その華奢さが際立っている。
「うるせえ!関係ねえ奴は引っ込んでろ!」
「これは俺達の問題だ!邪魔すんじゃねえ!!」
だが怒りで周りが見えなくなっている彼らは止まらない。
ガラの悪い男子二人による迫力溢れる威圧を間近で受けてたじろぐ少女。
これ以上はさすがにまずい。俺はすかさず彼らの間に割って入る。
「彼女の言う通りだぜ。今この瞬間も監視されている可能性だってあるんだ。試験に受かりたきゃ、自分の行動にも気をつけておいたほうが良い」
「……ちっ、分かったよ」
忠告を受けその場を離れる二人。喧騒は収まったがピリピリとした張り詰めた空気はそのままだ。
「ありがとう。助かったよー」
「気にすんな。本当の事を言ったまでだよ」
頭を下げる少女に軽く返し、試験に備えて最後の準備を整える。
すると、ガチャリという扉が開く音と共にスーツ姿の眼鏡をかけたいかにも厳格そうな若い男性が入ってくる。
頭上に浮かぶカーソルは彼ら受験生と同じ緑色。即ちプレイヤーであるが、その上には運営側であることを示す星マークが付いていた。必然的に男性の元に視線が集まる。
「私が君達Hグループの試験官、冴島だ。さっそくだが、この場で一次試験のルール説明を行う」
試験官のその言葉に全体の緊張感が増す。間もなく一世一代の入学試験が始まるのだ。
「一次試験は今現在我々が向かっているビギナーズ島で行われる。試験内容についてだが、試験開始時に各々島のどこかにランダムに転移される。そこが君達のスタートラインであり、リスポーン地点だ。試験中に死亡してしまった場合⋯⋯つまり、HPがゼロになった場合は、このスタート地点からやり直しになる。そこから島中央部に在する試練の塔を目指し、塔内部を攻略、本日午後十時までに登頂すること。これが一次試験の内容だ」
数日間に渡って行われる入学試験の一次試験ということもあって、難易度はそこまで高くなく理解もしやすい試験内容。受験生の中にはMMO初心者もいるということもあって配慮されているのだろう。
「受験者の中は初心者もいるという事で、他者から協力を得ることも当然許可している。勿論協力したからといって減点となることはないから安心してくれ」
その言葉を聞いて一部の受験生は安堵する。先程仲裁に入った少女もそうだった。
彼ら初心者には初めての探索、初めての戦闘が待ち受けている。右も左も分からない初心者にいきなりそれをやらせても失敗するのは目に見えている。
だが複数人で行動すれば初心者だけでもよっぽどの事が無い限り最悪の事態には陥らない。
最も、それは一緒に行動できる仲間ができた場合だけど。
「最後に休憩についてだが、各地点に安全地帯を用意しているので各自で行うこと。安全地帯でのみ、一時的なログアウトは認められる。これで話は以上だ。質問はあるか?」
誰からも手は上がらない。
一応試験内容はいつでも確認できるようにメニュー画面から確認できるため、このメッセージ内容を記憶する必要もなく、マップもメニュー画面から確認できる上、試練の塔はとても目立つために迷う心配もない。
汽笛が鳴り、船の窓からも目的の島に到着する。刻一刻と近づく試験の幕開けに、受験生もまた覚悟を決めていた。
「試験会場に到着した。試験開始時刻は午前九時。私の合図を持って開始とする。それまで各自待機しておくように」
静寂に包まれる船内。高まる緊張感。全員が試験官による試験開始の合図を待ちわびてる中、ついに───
「一次試験、始め!!」
始まりを告げるチャイムが鳴り響く。同時に俺達の身体が青い光に包まれる。
二〇三五年一月二十日午前九時。俺達の未来を決める試験が始まった。
Fantasy School Online ~仮想世界で楽しい学園生活、送ります~ 花咲蒼雪 @ao-yuki
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