星わたり時わたり夢わたり
アルディス夢乃サエルミア
第1話 魔の森の主 出会い
プロローグの前のできごと
私は愛する姪を“観て”いました。
私の後継者になることを約束された幼い姪を。
私の唯一愛しい家族であった妹の忘れ形見。
5年後には日蝕が起こります。
そうしたら私はこのクニの依り代として儀式に臨まねばなりません。
姪はほとんど味方の無いこの宮に残されてしまいます。
少しでも姪を守ってやりたい。
どうしたら善いか?
その時ふといつもと異なる見知らぬ香りがするのを感じました。そして薄い人らしき者の気配を。その気配は次第に濃くなりました。
「だれか?」
「観えるのですね?」
穏やかな女の美しい声。恐らくまだ若い女。
「質問に質問で返すとは。このクニの者では無いな。言葉もどこか・・・」
「これは失礼いたしました。ヒメミコ。私は旅する者です。あなたは5年後の日蝕の後の世界を知りたくはありませんか?」
礼儀を知った者の言葉でした。しかも日蝕のことを知っているとは。
「私のことはともかく姪のことが心残りです。なんとかあの子を妹の娘を守ってやりたいが」
異邦の者に心の中を打ち明けてしまいました。
「あなたと同じ強いチカラを持つあの幼子ですね」
「そうです。良く分かりますね」
「分かります。私には。では5年後にまたお会いしましょう」
「あの子を守れるなら」
「あなたご自身は良いのですか?」
「良い。5年もあれば心残りもありません」
この旅人の声音には少しの悲しみを感じました。
「分かりました。ではまた」
「また会いましょう。旅の人」
そして彼女の気配は消えてしまいました。
珍しい出来事に私は少しときめいていました。
そして私はいつものように食事が運ばれて来るのを待ちました。
とにかく日蝕の先の望みがうまれました。それは私を奇妙に高揚させていました。
※※※※※※※※※
プロローグ 異界の旅人
ふと目を覚ますと花の香りがしました。とは言えそのころの私はあまり多くの花を知っていたわけではありませんけれど。
清い杉板の香りとジジといいながら燃える油の香り。そして暖かな毛皮の香り。いつもの香りに混じって花のような香り。
ほのかな甘みのある香り。
「お目覚めですか?ヒメミコ」
柔らかな女性の声がしました。聞き覚えのない女性の声。いつもの声と違う抑揚の穏やかな声。それはほとんど美しいと言っても良い声でした。
「私の言葉は分かりますか?」
遠い国の言葉のように聞こえたけれど。でも私は頷いていました。
「あたなは大層利発な方です。私の言う言葉の意味を正しく理解できるでしょう」
優しい声は続きました。
「明日は好天気です。残念ながら。それゆえに明らかに誰にでも日蝕を観ることができてしまいます」
日蝕。なぜこの人は明日のことが分かるのでしょうか?私しか知り得ないはずの事なのに。私の疑問をよそに穏やかな声は続きました。
「あなたは日蝕の扉を閉じる為の祭りの依り代になるでしょう。しかしあなたの超実在認知能力はいかにも惜しい」
分かりにくい言葉がありましたがぼんやりと理解できました。おそらくこの人は私の観る力の事を言っていたのでしょう。見えなくても観える力を。
「もしもあなたがあなたの可能性を未来を望むならば私はあなたをここから助けましょう」
私を助ける?
「私は渡る者。旅人です。私と旅をしましょう。それがあなたに与えられるチャンスです」
旅?でも私が消えてしまったら・・・
「心配はいりません。生贄の儀式が終わるまであなたの身代わりをつとめる人形を置いておきますから」
人形?それなら・・・そんなつごうの良いことができるならば・・・
「どうしますか?未来を観てみますか?」
・・・私は一瞬の逡巡のあと・・・はっきりと頷きました。
「宜しい。では善は急げと言いますから・・・」
何故かその時私は女性が微笑んだのを知っていました。
女性は私を立たせるとふわりと手触りの良いほとんど香りの無い布を被せました。
「では跳びますよ」
女性が私の両肩に触ると何か私は私の重さを感じない場所に跳びました。何の匂いも無く何の音も無い場所に。
不安定な世界の中で私はぼんやりと考えていました。なぜこの人は言葉になる前の私の心が分かるのだろうと。
完全に無感覚な世界で女性の手の温もりだけが確かでした。
そして何故か私はあの高貴で巨大なチカラを持った伯母のことを思い出しました。
女性の手の暖かさは伯母の温かな声を思い出させました。
しばらくすると小鳥の声が聞こえてきました。同時に私は私の重さを感じていました。
「着きました」
女性は私から柔らかな布を取り去りました。
少し乾いた涼しい空気の中に先ほども嗅いだあの花の香りがしました。
「どこですか?」
私は思わず問いました。
「安心して下さい。ここは私の家です。おそらく最も安全なところの一つでしょう」
女性が優しく導いてくれたので私は何か柔らかなものに腰掛けました。
しなやかな指が私になめらかな器を手渡ししてくれました。
「これを飲んで下さい。あなたを癒してくれますよ」
私は何の疑問も無く器の中身を飲みました。それはいかにも美味しそうな果物のような香りの液体でした。爽やかな甘みがありました。
「え?きゃー!」
突然目から洪水のような光があふれました。
「目が見えるようになったのね?慣れるまでは大変かも・・・でもあなたは既にヒメミコではなくなったんです」
指の隙間から見えるその人は美しい人でした。なぜか私にはとても若々しく見えました。けれど同時にはるかに高齢の何か人でない女神さまのようにも見えました。
「あなたはだれですか?」
「私はリュティア」
美しい人の可憐な唇から柔らかく暖かな声がこぼれました。それは歌うような声でした。色というものを知らなかった私は後で知ったのですが紫の髪そして紅と銀のオッドアイが大層印象的でした。印象的と言えば普通の人より長い耳がかき上げた髪から覗きました。愛らしい唇はピンクでした。
「あなたの事は私と私のお友達が守ります」
いつの間にかリュティアの両肩に生き物が現れました。
「私はラストローズ」
左肩の小さな人のような生き物が言いました。背中には羽が生えていましたが。
『我はグリーンジプシー』
右肩にとまった白い鳥は声を使わずに話しました。ふっくらした可愛らしい鳥。
この世界のことを学んでからの私はなぜ白い鳥がグリーンなのだろうか?と思いました。
その答えは長いこと謎のままでした。
リュティアは微笑んで私の手を優しく包みました。
「必ず守ります。だから安心して」
「私は・・・」
私の言葉は空に消えました。
「そうあなたにも名前が必要ね。新しい名前が」
にっこり微笑んだリュティアは私の耳元である名前をつぶやきました。
私は少し躊躇ったあとゆっくりと頷きました。
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