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頬を蹴り上げるような照り返しに、藤崎貢士は顔をしかめる。
――ひと雨こねえかな。
思いながら、彼はそびえたつクレーンにトリミングされた夏空を見上げた。
停止したストラクチャシステム・鶴ヶ島三号機の調査は、週末の休暇をはさんで、すでに九日目を迎えている。
だが、貢士たち再構築委員会の作業員に漂っている倦怠感は、連日の猛暑のせいばかりではなかった。
再構築員会はストラクチャシステムの停止を目的として発足した政府の組織だった。しかし、有効な対策は打ち出すことができないままに政権交代が起こり、以降はただの調査・研究に甘んじてきた。
だが、今年になって状況は大きく変わった。
ある若者がシステムへの侵入に成功した。その人物の身元は公表されず、貢士のような末端の人間にも詳細は知らされていない。
政府与党は、ストラクチャシステムの停止に踏み切らざるをえなくなった。貢士たちの現在の業務は、いってみれば消化試合のようなものだ。
「再構も遠からずお役御免かな」
手元の端末を操作していると背後から声をかけられ、貢士は振り返った。
リモート会議や通話以外で安田伸二の声を聞くのは久しぶりだった。
安田はストラクチャシステムの原型にあたる全自動建築システムの開発に携わった人物のひとりだ。ストラクチャシステムに異変が起こるたびにメディアに駆り出される「専門家」といえば彼のことだった。現在は国立大学の教授として研究を続けている。貢士の恩師でもあった。
かつて勤務していた民間のゼネコンでは貢士の父と同期だったというから、そろそろ還暦に手が届こうかという年齢のはずだが、四十代といっても信じる者がいるかもしれない。
二人が現場で顔を合わせるのは初めてではないが、多くはなかった。
「どうしたんです? こんなところで」
貢士の問いかけに、安田はにやりと笑って右手に持った調査用端末を振った。何か確認したいことでもあるのだろう。
二人は架設されたエレベーターに向かった。
鶴ヶ島三号機はすでに自らが建築物になったかのように沈黙している。人間の手で架設されたエレベーターを、貢士はいつも傷ましい異物のよう感じた。
「なあ、藤崎。再構を辞めるつもりだろ」
図星を突かれて貢士は苦笑する。
「わかりますか」
「それなら次はおれのところにこい」
「大丈夫ですか? いやですよ、爆弾騒ぎとかそういうの」
ストラクチャシステムは、不動産・建設業界に奇妙な利権を生み出していた。停止してもらっては困る面々が少なからず存在する。
「停止を決めたのは国だ。おれを恨んでもはじまらんわ」
彼のぶっきらぼうな口調には、古巣だった建設業界で働く者の気配が残っていた。あまり研究者というタイプではない。
侵入に成功したハッカーからの情報を得て再構築委員会の電算部が再度侵入を試みると、ストラクチャシステムは自らのデータを破壊することで対応した。十数分のうちにデータは次々と消去され、かなりの部分が回復不能だったとされている。
委員会の電算部にはそれを自殺とか口封じなどと皮肉る者がいる。貢士もそんなところなのではないかと考えていた。
エレベーターが上段動力ジョイントに着く。思いのほか涼しい風が首筋をなでた。
「ミドリは元気にしてるか?」
貢士と同じ部署にいる平良碧は、安田の姪にあたる。貢士と同じように安田に便宜を図ってもらい、再構築委員会に入ってきた。
「あいかわらずですよ。現場のムードメーカーです」
「ならばよかった」
「どうかしたんですか?」
「連絡をよこしてな。近いうちに“還りたい”といってきた」
関係者は、再構築委員会を抜けて通常の社会生活に戻ることを“還る”という。その反対が“潜る”だ。
職員の一部は、個人情報の公開などを極度に制限して活動している。親族など身近な人間ともほとんど連絡を取り合わない。
ストラクチャシステムは現実問題としてさまざまな利権を生む存在であり、その停止を最終的な任務としている再構築委員会は、時としてその恩恵を得ている関係各位のあいさつを覚悟する必要があった。
貢士も潜った。四年前のことだ
「彼女は早期退職の対象ではないですよね」
「いろいろと区切りがついたんだろうよ。あれでけっこうかわいそうな娘でな」
「タイラが、ですか?」
いつも見ている明るくて物怖じしない彼女の姿しか、貢士には思い浮かばなかった。
「当時いろいろあってふさぎ込んでいたから“潜るか?”と言った」
安田のもの言いに貢士はつい吹きだす。
「ひどい叔父さんですね」
貢士はあたりを見わたした。二キロメートルほど離れて鶴ヶ島二号機が展開している。さらにその向こうに見えるのが一号機だった。一号機の周囲には通常のクレーンが並び立ち、すでに人間の手で撤収作業が開始されている。
安田が端末を操作しながら言った。
「さっきの件、考えておいてくれ」
「ですね」
貢士はいつになく素直に答えた。
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