・4-12 第64話:「どう思う? 」
プリンツ・ヨッヘムが考えている作戦がどんなものなのかについて、ルーシェはどう思うか。
自分の注いだコーヒーを美味しそうに口に運ぶ主の姿を嬉しそうに眺めていたメイドは、唐突にたずねられると最初、きょとんとした顔をし、それから、戸惑って眉を八の字にしていた。
「あの……、エドゥアルドさま? ルーは、ただのメイドでございますよ? 」
「それは、分かっているよ。でも、聞いてみたいんだ」
自分の意見なんか、聞いてどうするというのか。
彼女の困惑は至極当然のことではあったが、エドゥアルドは重ねて問いかけていた。
溺れる者は
幸い、本営に詰めている諸侯や帝国軍の将校たちにコーヒーや軽食などを給仕して回っているおかげで、ルーシェは大体の状況を把握している。
スラム街の、社会の最下層の貧民出身ではあるものの、公爵家のメイドとして仕えるようになってからは学びの機会も得て、本も読めるし字も書けるようになり、エドゥアルドがヴィルヘルムから受けていた授業を近くで見聞きし、また、普段の働きぶりへの褒美としてマンツーマンで直接その教えを受けてもいるので、一介の使用人とは思えないほどの理解力も示してくれている。
だから、なにか、ヒントになるような意見でも言ってくれるかもしれない。
代皇帝は微かな期待と共に、コーヒーを楽しみながらルーシェが考えをまとめるのを待った。
「う~ん……。私は、戦争の戦略のことは、ヴィルヘルムさまの授業で教えていただいたことしか存じ上げませんから、歴戦のヨッヘムさまがなにをお考えなのかは少しも分からないと思うのですが」
盤面上に並んだ駒を睨んでいたプリンツ・ヨッヘムのことをじ~っと数分間も観察した後、自信なさげに口を開く。
「元帥閣下は、共和国軍を渡河させてしまうおつもりなのではないでしょうか? 」
「渡河させてしまうのか? グロースフルスの守りを捨てて? 」
「はい。……ヨッヘムさまはずっとボードゲームをされておられますが、何度か、わざと自分の手駒を取らせて、それを囮として、より重要な相手の駒を取ってしまわれたり、王の駒を詰ませてしまったり、そういう手を試しておいででしたので」
「つまり、敵を誘い込んでいる、ということ、か? 」
「そうではないかなと、ルーは思うのです。ただ、それ以上のことは……」
ルーシェは申し訳なさそうに
グロースフルスという天然の障壁を活用し、敵が渡河してくる際に見せる隙を突いて決戦に持ち込む。
劣勢な戦力で勝利を得るには、それしかないと思っていた。
だから、わざと渡河できると隙を見せて敵を帝国領内に引き込む、という考え方もあるのだと、想像がつかなかったのだ。
(そうか。ヨッヘム公は、敵を我が領内に引きずり込んでから決戦に及ぼうとされているのか)
かつて帝国軍が共和国領内に侵攻した際に難儀したように、共和国軍が帝国領内に侵攻して来た際には、さぞや苦難を味わうこととなるだろう。
彼らは地理に不案内であり、どの道を進んで行けば正しい目的地にたどり着けるのかを
敢えて敵を領内に引き込み、敵に知られていない道路網を活用して襲撃をくり返し、補給線を寸断してやれば、大軍であるだけに早期に物資が欠乏することとなるだろう。
そうして弱ったところで決戦をしかければ、渡河する際を狙うのと同等以上の勝率で、しかも致命的な大打撃を与えることが可能になる。
打ち破った敵をグロースフルスの河畔に至るまで追撃しまくれば、三十万の軍勢を壊滅させることだってできてしまうかもしれないのだ。
これだけの大兵力を一度に失えば、共和国も軍事力の再建に何年もかかってしまうだろう。
そうすればその間に、エドゥアルドはじっくりと帝国の内政に注力し、出征してきたために途中で停滞している改革を推し進めていくことができる。
(さすがは、プリンツ・ヨッヘムだ。そこまでお考えであったとは)
帝国軍に勝利をもたらすだけではなく、代皇帝の統治がよりうまく行くようにとまで考えていてくれたとは、
少年は大層感心し、喜び勇んで、これが正解なのではないかと自身の考えついたことをヨッヘム公に打ち明けた。
返って来たのは、———こそばゆさを含んだ、苦笑い。
「う~ん、五十点、ですな。あと、代皇帝陛下はそれがしのことを少々、買いかぶり過ぎですぞ」
帝国元帥の採点は厳しいものであった。
「それがしが、敵を帝国領内に誘い込んでいる、というのは、まさしくおっしゃる通りなのです。ですから、五十点は差し上げられる。しかしながら、そこから先がまったく違う」
「と、おっしゃいますと? 」
「敵を消耗させる、というのは良いのですが、そこで、こちらからわざわざ決戦をしかける、というのがよろしくないのです。それは、あまりにも[正直]に過ぎるやり方と言わざるを得ませんな」
ヨッヘム公は、こちらから雌雄を決する戦いを敵に挑むことはするべきではないと、そう考えているらしい。
自分たちが軍隊を編制し、ここまで進軍して来たのは、いったいなんのためなのか。
共和国軍の侵略を食い止め、撃退するためなのではないか。
まるで敵と戦わないと言っているように聞こえる帝国元帥の言い分に、エドゥアルドは口元をへの字にしてまた考え込んでしまう。
「敵も迫って来ておることですし、そろそろ、種明かしをしてしまいましょう」
そんな様子を見て肩をすくめたヨッヘム公は、代皇帝の考えが五十点と、辛口の採点となった理由を明かしてくれた。
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