・2-6 第16話:「大掃除:3」

 罷免されることとなった三人の重臣。

 彼らはここに呼ばれたのは単に挨拶をするためで、これまでと変わらず自身の職にあり続けることができると、そう考えていただろう。

 しかし、実際にはこの場は、挨拶あいさつの場などではなかった。

 一種の、処刑場のようなものだったのだ。

 皇帝・カール十一世。

 三人を重用していたはずの主君は、実際には彼らが行って来た怠慢や不正に気づいており、密かにエドゥアルドに知らせて、新たな国家元首が奸臣を重用しないようにと配慮してくれていた。

 すでに、バルナバスとハーゲンの両名が、その罪状を明らかにされた。

 二人はこれまでの報いを受けることを恐れ、地位と名誉も失うことに絶望し、打ちひしがれている。

 ———しかし、この有様を目にしてもまだ、最後に残った一人、マルセルは、異議を唱える余力を残していた。


「エドゥアルド陛下。国政を預かる国家宰相として、今日までこの者たちの行状を見過ごしてきたこと、臣に罪あるところを察せざるを得ませぬ」


 そう告げるとマルセルは深々と頭を垂れるが、しかし、すぐに顔をあげると、真っ直ぐに代皇帝のことを睨みつけていた。


「しかしながら、わたくし、臣・マルセルには、罷免ひめんされるほどの罪があるとは思えませぬ。カール十一世陛下であれば、ご叱責になられる程度で済まされていたはずでございます。……のみならず」


 なぜ、他の二人はともかく、自分まで職を失わねばならないのか。

 堂々と臆することなく持論を述べようとするのを、エドゥアルドは特に止めたりはしなかった。

 その言葉に一理あると感じ入っていたからではない。

 言いたいことをはっきりと述べさせてやった方が、後に尾を引くこともないだろうと思ったからだ。


わたくしはこれまで、国家宰相としての職務をおろそかに等したことはございませんでした。度々、戦争に遭遇いたしましたが、その間私わたくしは陛下のご信任に応え、帝国を安泰に、民がまっとうに暮らし、様々な産物を十分に生産し、国家が立ちいくように努めてまいりました。そこに一体、どのような落ち度がございましたのでしょう? 少なくともわたくしの裁量の及ぶ領域においては、なんの騒乱もなく、統治は行き届いていたはずでございます」

「左様。そなたの申す通り、国家宰相としての職務について、カール十一世陛下は貴殿の働きを高く評価しておいでだった。この手紙にもそのように書いてあるし、余も、そなたの政務能力には一目置かざるを得ない」

「しからば、なぜ!? 」


 自分の業績は、正当な評価を受けている。

 不正行為を働いた記憶もなく、どうやら罪をでっちあげられて不当におとしめられているわけでもない。

 ならば一層、自身が辞めさせられる理由が分からない。


「陛下。わたくしはまだ、五十でございます。もはや肉体が日々衰えていくのを自覚せざるを得ないよわいではございますが、まだまだ、国家のために働けまする。それも、他の者たちよりもよほど、お役に立つはずでございます」

「貴殿を辞めさせるのは、能力のためでも、年齢のためでもないのだ」


 しっかりと言いたいことを吐き出させるまで待ったエドゥアルドは、ふと、表情を和らげると、カール十一世から渡された二通目の手紙をヴィルヘルムに託し、マルセルに手渡させる。


「カール十一世陛下は、貴殿の働きに感謝しておいでだった。その手紙には、その旨がしかと書かれている」

「は、は……。それは、誠に恐悦至極にて……」

「時に、マルセル殿。貴殿は、陛下とは多年に渡り親しい交わりを持っていたそうだな」


 突然話を変えた代皇帝の指摘に、元国家宰相は怪訝そうな顔をしたが、それは事実であったのですぐにうなずいていた。


「はい。陛下からはずいぶん、良くして頂いておりました」

「カール十一世陛下はそなたに情が移っておいでだったのだ。それゆえに、ずっと、本当に言いたい言葉を飲み込んでおられたのだ」

「陛下が、わたくしめに言えぬことを……? それは、いったい……? 」


 戸惑っているマルセルに、エドゥアルドは皇帝が彼を辞めさせよと書き記した真意を教えてやる。


「マルセル殿。そなたは、政務を行うのに当たり、多くの[つけ届け]を受け取っておったであろう? 」

「は、は……? それがいったい、なにか……? 」


 [つけ届け]を受け取ることが、いったい何の問題があるのか。

 本当に分かっていない様子で、マルセルはきょとんとしている。


「政務を執り行うのに当たり、そなたは下々から陳情を受けるのに当たって持ち込まれる[つけ届け]を遠慮なく受け取っていた。それを、陛下はご不快に思われていたのだ」

「し、しかし、陳情を受ける際にそうした贈り物を受け取ることは、我が帝国の慣習に基づけばなんら問題のないことであったはずでございます」


 ここで言っている[つけ届け]というのは、自分の言い分を聞き入れてもらうために陳情の際に持ち込まれ、献上される金品、財宝のことだ。

 はっきり、よりあけすけに言ってしまえば[賄賂]なのだが、タウゼント帝国の法律においてそれは、確かに罪に問われることとはされていなかった。

 自分からよこせと要求したわけではない。

 相手が勝手に持ち込んで来るものなのだ。

 それを受け取り、自身の懐に入れたところで、国庫が痛むわけでもなし。

 役得というモノに過ぎない。

 [つけ届け]はいわばグレーゾーンに位置づけられているもので、重責についた者の既得権益として、伝統的に黙認されて来た行為だった。

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