・2-5 第15話:「大掃除:2」
本日をもって、
そう聞かされた瞬間、三人の帝国の高官、いや、たった今その職を失った者たちは、ポカン、とした表情を浮かべていた。
本当に、心当たりがない。
自分が一体どうして辞めさせられなければならないのか、まるでわからない。
そんな顔をしている。
(まぁ、彼らにとっては当然の反応なのだろうな、これが。……貴族の特権を当たり前だと考えている、旧い者たちは)
代皇帝としてこの判断を下したエドゥアルドは、内心で呆れながらも、親切に説明してやることにする。
逆恨みされては寝覚めが悪いからだ。
「よろしい。なぜ罷免されるのかわからぬというのならば、これから説明して差し上げよう。……貴殿らは、余が公正軍を立ち上げるのに至った経緯を存じているだろう? 皇帝陛下より賜りし手紙のことを」
「は、はい、もちろんでございます」
冷や汗を浮かべているマルセルがうなずくと、他の二人、ハーゲンとバルナバスも慌ててコクコクと何度も首肯する。
「その手紙には、エドゥアルド陛下が次の皇帝になるようにと、そう記されておりましたとか」
「そうだ。ただし、カール十一世陛下は、十年後を考えておられたようだったが……、このままでは帝国が自滅してしまうと考え、余は立ったのだ」
「ま、誠に、国家と民を思われての慶事、壮挙であったと存じております」
「マルセル殿、世辞は良い。……本題に移るが、余が受け取った手紙は、一通ではない。二通あったのだ」
そこまで言うと、若き代皇帝は片手をあげて合図を出す。
すると、奥の方から彼のブレーンであるヴィルヘルムが両手で箱を持ったまま静かに進み出てきて、エドゥアルドの近くで立ち止まりふたを開けると、
そこには、二通の手紙が納められている。
それを手に取った少年は、三人にも見えるように自身の手で持ち上げてやると、そこに書かれていることを明かした。
「一通には、貴殿らも知っている通り、カール十一世陛下が余に次の時代を担う皇帝を志せとの、激励のお言葉が記されていた。……そして、この、もう一通の手紙。こちらには、将来余が皇帝となった際に、用いるべき臣と、用いるべきでない臣とが書かれていたのだ」
「す、するとこれは、カール十一世陛下のご意思、なのでございますかっ!? 」
いよいよ
「ああ、そうだ。……まずは、前陸軍大臣・バルナバス・フォン・トイフェル! 」
「はっ、ははぁっ!! 」
エドゥアルドの鋭い言葉に、バルナバスは
「貴殿を罷免する理由は、職務の怠慢だ。我が帝国がアルエット共和国に駒を進めた際に、補給が十分に行われなかったことで我が軍は大敗することとなったのだ」
「お、お言葉ではございますが、陛下! それは、
「左様、確かに貴殿は一度、免責とされておる。……しかしそれは、カール十一世陛下が、全責任を負って自身の階級だけでなく、爵位、領地まで返上しようというアントン殿の赤心に心打たれたからで、貴殿にまったく責任がなかったと認めたからではない! それに、バルナバス、そなたは免責されたのを良いことに、重大な過失を犯したな!? 」
「か、過失とは、いったい、なんのことで……? 」
「先年、ヴェーゼンシュタットがサーベト帝国軍によって包囲を受けた際、貴殿は陸軍大臣という重責にありながら、帝都において連日、派手なパーティを開き、遊興にふけっていたというではないか! 余を始め、数多の帝国諸侯、兵士、そしてヴェーゼンシュタットの民衆が戦場で
激しく
なぜなら、エドゥアルドの指摘したことはすべて事実であったからだ。
反論の余地などまったくない。
「ハーゲン・フォン・ケッツァー! 」
「はっ、ははっ!!! 」
バルナバスが糾弾されるのを、顔面を真っ青にしながら聞いていたハーゲンだったが、名を呼ばれて弾かれたようにその場に
「貴殿を
「い、いえ、陛下! 恐れながら、
「ならば教えてやろう。貴様の罪状は、多年に渡る、国庫からの横領だ! 」
「そ、そんな、滅相もないことを! 証拠……、証拠はございますのでしょうや!? 」
声を震わせつつも、ハーゲンは口答えをする。
———どうやら、罪の根拠がカール十一世からもたらされた手紙の内容だけなら、言い逃れができると考えているらしい。
よほどうまく横領を行って来た自信があるのだろう。
「そうか、あくまで認めぬか。……ならば証拠を見せてやろう。ギルベルト殿をおよびしろ! 」
すると、
かしこまって敬礼をし、外に出ていく。
すぐに、つい先ほど退出したばかりの中年の男性、青白い不気味な顔色をした、鋭い眼光と鉤鼻を持つ法務大臣・ギルベルトが、侍従に手助けされ杖を突きながら御前へと参上した。
「ハーゲン殿は、あくまでしらを切るつもりのようだ。……ギルベルト殿、貴殿が調べ上げた不正の証拠を、彼に見せてやれ」
「ははっ。かしこまりました、陛下」
ギルベルトは元々曲がっていた背中をさらに曲げて一礼すると、その視線をハーゲンへと向けながら、懐から一冊の書籍を取り出した。
「これは、
その言葉を聞いたハーゲンは、あんぐりと口をあけていた。
まさか以前から不正を疑われており、ここまで詳細に調べられていようとは、夢にも思っていなかったのだろう。
もはや言い逃れはできない。
そう観念すると、彼はショックの余りその場に崩れ落ちた。
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