・1-5 第5話:「馬上軍議:2」
ヘルデン大陸の中央部。タウゼント帝国の八月の空は、気分良く晴れていた。
この大陸は比較的緯度が高い場所にあり、北の方、ノルトハーフェン公国などでは日差しが弱く、夏でも高温になることはまれなことだったが、今エドゥアルドたちが進んでいるのは帝国の南側の地域に近い場所であり、長袖の軍服では暑さを感じる気候だった。
ただ、馬首を並べて帝都へと進んでいく三人の公爵たちの額に汗がにじんでいるのは、気温のためではなかった。
いわゆる、知恵熱というものだ。
内乱の勝者となったことで、実質的に帝国の最高意思決定者となった三人が定めねばならないことは、山ほどあった。
まずは、内乱を引き起こした首謀者二名の扱いについて。
「それでは、ベネディクト公爵とフランツ公爵の身柄は、それぞれ、オストヴィーゼ公国、アルトクローネ公国でお預かりいただくということでよろしいでしょうか? 」
「ええ、それでいいでしょう」
「こちらとしても異存はございません」
これはさほど
同じ始祖を持つ血族であり、帝国諸侯の中でも格別な立場にある公爵家の当主だ。その責任が重大であるとはいっても、命を奪うような真似はできないし、公爵家を取り潰すということもできない。
当主を引退しその地位と権力を後継者に譲り、然るべき場所で
首謀者の処遇がこうだから、必然的に、その傘下にいた諸侯に対する処罰も軽いものに決まって行った。
「内乱の
懐から取り出したハンカチで汗をぬぐいながらそう言ったデニスに、エドゥアルドは釈然としていない表情ながらも、うなずいていた。
「リーダーが隠居と謹慎という処分で済むのに、それに従った者たちが重罪、となっては、やはり納得されないのでしょうか」
「領地を失い、爵位を剥奪されるくらいなら、と、自領で徹底抗戦という諸侯が出てくる可能性もあるでしょう。それをいちいち叩き潰す手間を考えると、厳罰を加えるのは難しいことになるでしょう」
「……ならば、諸侯の罪は不問、としましょう」
ユリウスにも指摘され、少年公爵は憂鬱そうな様子で嘆息していた。
(この国には、絶対権力という物は存在しないのだ)
すでにそのことは実感していたが、あらためて、特異な制度を採用している国だと思わずにはいられない。
今も意識不明のまま眠り続けている皇帝、カール十一世も、すべてを己の思い通りに差配できていたわけではなかった。常に諸侯の顔色をうかがい、その意向に配慮し、時に不合理と思われる決定でさえ受け入れざるを得なかった。
五つの被選帝侯の中から、諸侯による投票によって皇帝を選ぶ。
この制度は皇統の断絶を回避し、選挙という行為によって権力の穏便な継承の道筋を作り出し、帝国に千年以上もの長い寿命を与えたが、その一方で中央への権力集中を妨げ、諸侯の権限を大きなものとしている。
皇帝でさえ諸侯の意志を無視することなどできない。
———そして自分はこれから、そんな脆弱な権力しか有することのできない国家の指導者という立場に立たなければならないのだ。
ああしたい、こうしたい、という望みはあるが、それを叶えるためには逐一、政治工作が必要になって来る。
それを思うと、頭が痛くなりそうだった。
「お気持ちは想像できますが……、やっていただくしかありませんな、エドゥアルド殿」
額にしわを寄せているエドゥアルドの姿を見て、デニスが肩をすくめながら笑った。
「公正軍を指揮して内乱に勝利されたのは、他でもない、貴方なのです。この上はエドゥアルド殿に皇帝になっていただくしかないでしょうな」
「我々だけでなく、他の諸侯もそれで納得するでしょう。というよりも、受け入れざるを得ないでしょう。ベネディクト殿もフランツ殿も、こちらの手の内にあるのですから」
続いてユリウスも、少し同情しつつも、励ますような笑顔でそう言った。
「殿下。僭越ながら、申し上げてもよろしいでしょうか? 」
その時、エドゥアルドの後方からつき従っていたヴィルヘルムが唐突に話に割り込んで来た。
———普通なら、こんなことは許されることではなかった。
今は三人の公爵が、このタウゼント帝国で五本の指に入る高位の貴族同士が話し合っているのであって、いくらノルトハーフェン公爵のブレーンという立場といえども、未だに官職や爵位も持たない者が急に話に加わるなど、あってはならないことだった。
だから、公爵たちの周囲に集まった側近たちも、この場ではずっと、求められた時にだけ意見を述べるようにしていた。今は複数の公爵がおり、それぞれの側近たち、つまりは他家の臣下たちが一同に集まっている[公的]な場面であり、身分をはばからないでずけずけとモノを言うことがはばかられていたからだ。
「聞こう」
その場にいた者たちから驚きの視線を向けられているヴィルヘルムを振り返ったエドゥアルドは、平静さを保った態度で、短くうなずいてみせる。
彼は、自身のブレーンが必要もなしに口を開くことはない、ということを良く知っていた。
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