・1-3 第3話:「帝都へ:2」

 戦いに疲弊した将兵に一時の休息さえ与えず、直ちに、タウゼント帝国の中枢、帝都・トローンシュタットに向かうべきだ。

 ヴィルヘルムはそう言うが、エドゥアルドにはそこまでの切迫感はなかった。

 内乱の首謀者であるベネディクトとフランツを捕縛したことで、帝国にはもはや、ノルトハーフェン公爵に対抗できる者はいない。

 連合軍の傘下として戦った諸侯はその旗下にあった兵士たちと共に散り散りとなって自領へと逃げ戻って行ったし、両公爵が率いていた軍隊は、グラオベーアヒューゲルの会戦で壊滅し、再起不能となっている。

 一日や二日、この場でゆっくりと兵士たちに休息を与え、勝利の美酒の味を楽しませてから帝都に出発するのでも、遅くはないのではないかと思えた。


「効率の問題でございます」


 話は聞くが、納得はしていない。

 そういった態度でいるエドゥアルドに、ヴィルヘルムは柔和な笑みを浮かべたまま、だが視線はそらさずに真っ直ぐに主君を見つめながら説明する。


「内乱に勝利した今、殿下に対抗できる力量とその意志を持つ者は、この帝国にはおりません。必然的に、帝国の実権は殿下が掌握なさることとなるでしょう。……そうなれば、殿下のやるべきことは山積みとなります。国政の掌握に、内乱の後始末。今後の国家運営をどのように行うのか、また、誰をどの役職に任命し、殿下の事業を成し遂げる手足となさるのか。アルエット共和国による、バ・メール王国への侵攻の推移も気がかりでございます。それに対し、将兵たちにはしばらくの間、出番はございません。共和国軍はバ・メール王国に対し優位に戦況を進めているとのことでございますが、同国を完全に制圧するにはいましばらく時間がかかる上、我が国に攻め寄せて来るにしろ、その準備にはいくらか時間をかけねばなりません。その間に、兵士たちには十分に休息し、勝利の余韻を味わう時間が得られることでしょう」

「……ヴィルヘルム。どうやら、貴殿の言う通りであるようだ」


 効率の問題だという説明にすぐに少年公爵は納得し、同時に、憂鬱そうに嘆息していた。

 戦いに勝利し、敵を再起不能なまでに粉砕することに成功したおかげで、確かに将兵にはしばらくの間出番がないのだ。

 彼らには勝利の美酒を浴びるほどに飲み、ご馳走を食らい、休暇を楽しむ余裕があるし、元より、エドゥアルドはそれを与えるつもりでいる。

 ———しかし、その上に立つ自身には、勝利を喜んでいる時間などまったくないのだ。

 内乱の勝利者となりタウゼント帝国をこれから統治していく者は少年公爵以外には存在しない、という状況だったが、まだ国政を、実際に国家の統治を行っている行政組織や官僚たちを掌握できたわけではない。

 加えて、エドゥアルドに敵対する側についていた諸侯をどう処遇するのか、ベネディクトとフランツをどんな扱いにするのかでも、頭を悩ませなければならない。

 それらの事柄だけでも頭痛がしてきそうだったが、うまく処理をし終わっても、休んでいる暇はなかった。

 なぜなら、そもそも自分は、この帝国の旧態依然とした体制を刷新し、千年以上もの歴史を誇るこの大国に、次の千年を迎えさせる、その礎を作るためにこそ、戦ったのだ。

 本番は、内戦の事後処理を終えてからだった。

 新しい国家とは、どのようなものなのか。

 それを定め、そして、現実の存在として実現していくために、誰にどんな仕事を任せればよいのか、既存の帝国のどの部分を改めて行けばよいのかを、思考し、決定しなければならない。

 兵士たちには、ゆっくりと休む時間が与えられる。

 しかし自分は一時も休むことなく、働き続けなければならない。

 そのことを思えば、どうしても憂鬱な気持ちになってしまう。

 だが、確かにここで一日や二日、惰眠を貪っている時間はなさそうだった。

 平民による支配を成し遂げたアルエット共和国と、貴族による支配を続けているタウゼント帝国。

 将来必ず両者はぶつかることとなるのに違いなく、その時に帝国をできるだけ良い状態にしておくためには、わずかな時間でも惜しいのだ。


「ミヒャエル大尉! まだ外にいるか!? 」

「はっ、ここにおります! 」


 進言を聞き終えたエドゥアルドが自身の近衛隊の隊長の名を呼ぶと、すぐにオールバックにした金髪に碧眼を持ったたくましい青年が天幕の中に駆けこんで来て、姿勢を正して敬礼をして見せる。

 ミヒャエル・フォン・オルドナンツ大尉。

 準男爵の爵位を持つノルトハーフェン公国の臣下で、ヴィルヘルムと同じく少年公爵がシュペルリング・ヴィラで暮らしていたころからの関係だ。

 帝国貴族らしい容貌の持ち主だったが質実剛健な性格で、嫌みなところのない快活さも持ち合わせる好青年。剣術と馬術に長け、何度かエドゥアルドの命を救う働きを見せている。その実績から二十三歳という若さで大尉の階級にあり、ノルトハーフェン公国の近衛隊の隊長として主君の身辺を守る役割を任され、忠実にその任務を果たしている。


「会戦から逃亡した敵将の捜索と、ずっと働きづめであった将兵には申し訳ないのだが……、僕はすぐに帝都に向かいたい。だからミヒャエル、司令部に行って、直ちに全軍に出発の準備を整えるように伝えて欲しい」

「かしこまりました。殿下が凱旋なされるのであれば、きっと将兵も喜ぶはずです」


 もしかするとミヒャエルは天幕の外で、ヴィルヘルムの進言を聞いていたのかもしれない。

 すぐに力強いうなずきを返すと踵を返し、きびきびとした所作で司令部に向かって駆け去って行った。


「さて。……ルーシェ」

「……ぅへっ!? は、はいっ、なんでございましょうか!? 」


 近衛隊長を見送った少年公爵が振り向きざまに名を呼ぶと、まだ悶々としていたらしいメイドが慌ててイスから立ち上がった。

 その様子が滑稽だったのでエドゥアルドは少し吹き出すと、それから、あらためて優しい声で命じる。


「すまないが、すぐに僕の荷物をまとめてくれ。さっきも言った通り、帝都に向かって出発したい」

「か、かしこまりました! 」


 その言葉にルーシェは、自身のツインテールを勢い良く揺らしながら一礼すると、すぐさま自身の仕事に取りかかった。

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