『探しています』
仁城 琳
『探しています』
『探しています』。塾からの帰り道。ふと目に止まった張り紙。写真の中の猫がこちらを見ている。『茶トラで赤の首輪をつけています。名前を呼ぶと反応します。名前は、』。とても大切にしていたのだろう。情報が細かく書かれている。
「かわいそう。早く見つかるといいな。」
鞄からノートとペンを取り出し、『情報をお持ちの方はこちらまで。』の下に書かれている電話番号を書き留める。もし見つけたら連絡しよう。電話番号をメモしたノートとペンを鞄にしまい、私は家に帰った。
翌朝、友人の明日香と学校へ向かう。取り留めもない話をしていた私の目に張り紙が飛び込んでくる。『探しています』。
「あ。」
「絵里?どうしたの?」
「や、張り紙が。」
昨日の猫かと思った。しかしよく見ると写真はぬいぐるみで昨日の張り紙とは別物のようだった。
「ぬいぐるみを探してます、か。大事なぬいぐるみなんだね。」
「うん…。昨日ね、塾の帰りに猫ちゃんを探してる張り紙を見つけたんだ。同じかと思ったら違ったみたい。」
「迷子の猫か、どっちも早く見つかるといいよね。」
二日連続で、違う探しものの張り紙を見るなんて珍しい。
「探されてる側は気付いてないんだろうね。」
「え?」
「張り紙。猫も、ぬいぐるみも。探されてること、きっと気付いていないよ。」
「そうかも…。でもきっと寂しがってるよ。」
「そうかな。気付いてないよ、探されてる側は。」
「明日香?」
何となくいつもの明日香と様子が違う気がして顔を覗き込む。なんだか虚ろな目をしているような気がした。
「ね、明日香。大丈夫?」
「え?なにが?」
顔を上げた明日香はいつも通りで、さっきの様子は一体なんだったのだろうか。別の話を始めた明日香に不思議な感覚を覚えつつも私は話を合わせて学校へ向かった。
翌日。今日も明日香と学校へ向かう。『探しています』。まただ。また張り紙がある。しかも猫でもぬいぐるみでもない。おじいさんだ。
「あ、また張り紙。」
「ほんとだね。」
「今度はおじいさん…。ね、なんかさ、多くない?張り紙。なんか変な感じだよね。」
「…。」
「認知症?なのかな。散歩に出たきり帰り道が分からなくなっちゃった、とか。」
「…。」
「明日香…?」
明日香はまた虚ろな目をしている。その時、視線を感じて振り返る。何人もの人が私を見ている。明日香と同じ、虚ろな目で。
「あ、明日香…。行こ、行こう!」
黙ったままの明日香の腕を掴んで引っ張る。そのまま学校へ向かっていると、明日香はいつの間にかいつも通りの明日香に戻っていた。
その日の帰り道。私はまた貼り紙を見つける気がしていた。そういえば、ぬいぐるみとおじいさんの張り紙には電話番号は書いていなかった。貼り紙を貼り出すほど熱心に探しているはずなのに。
「見つけた。」
「え。」
明日香がこちらを指差している。私が振り向くと、後ろの電柱に、『探しています』。その張り紙には。
「…わ、私…?」
『探しています』の文字の下には間違いなく私の顔写真が貼られている。
「な、何これ…!」
電話番号は書かれていない。誰が、誰が私を探しているの?
「見つけた。見つけた。」
明日香は虚ろな目で私を指差し、ボソボソと呟き続ける。
「や、やめてよ…。何かの冗談?やめてってば、明日香、ねぇ…。」
「見つけた。」
明日香の声に重なるように違う誰かの声がする。
「見つけた。」
「見つけた。見つけた。」
何人もの人が虚ろな目で私を見ながら指差す。
「…何なんですか。…やめてください。…やめて…やめてよ!!」
明日香が私の腕を掴む。それを振り払って私は走り出した。至る所に張り紙がある。『探しています』の下に私の写真。誰が?何のために?どうして私を探しているの?あっちにも、こっちにも。『探しています』『探しています』『探しています』。
「なんなの…もう!!」
気味の悪い張り紙を見たくなくて下を向いてひたすら地面を蹴る。鞄は落としてしまった。靴も脱げてしまった。でもそんなことどうでも良かった。
滅茶苦茶に走ってようやく家に辿り着く。全速力で走った為か、あるいは恐怖か。酷く乱れた息をそのままにドアを開いて家に飛び込む。勢いよくドアを閉めて鍵をかける。これでもう大丈夫だ。私が帰ってきたのに気付いたのだろう。母が玄関に現れる。
「は、はぁ…はぁ、はぁ…。…ママ!外の人達が変で、張り紙が…。それに明日香も…!あ…。」
私を見つめる虚ろな母の目。私を指差す母が口を開いた。
「見つけた。」
『探しています』 仁城 琳 @2jyourin
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