【七】 彼女ならばきっと
生明に連れられて、若干懐かしいとさえ思うようになった神馬神社へ。そう言えば、もう——悍ましい配合の——魔除けのお香は焚いていないみたいだ。鳥居をくぐって参道を進むと、ふわふわした巫女さん、実稲が私たちに気が付く。
「あら~思わぬ来客で驚きました~」
「こんにちは、実稲」
「こんにちは~。ご無沙汰しております~」
「早速だけど、実稲」
彼女の雰囲気にのまれそうだったが、今は一応、一刻を争う事態だ。
「女の子を保護したって聞いたんだけど」
「ええ、先ほど神社のそばで~。お知り合いなのですか~?」
「それを確かめに来たの。会わせてもらえる?」
「はい。
そう言い、実稲は丁寧な所作で拝殿を示した。
「あちらで眠っていらっしゃいますよ~」
もう何度お邪魔したか分からない拝殿に、またお邪魔した。隅っこの窓の下、時間によってはぽかぽかで日光浴に最適そうな場所。少女はそこで、身体を縮めて眠っていた。
「望瀬……!」
「桜華ちゃんが探してる子?」
「うん。やっぱ、こっちまで来てたんだ」
すうすうと寝息を立てる望瀬。無理に起こすのも気が引けると思い、少し離れたところで見守ることにした。
「桜華様、粗茶でございます~」
「あんがと、実稲。ごめんね、突然お邪魔して」
「お気になさらず~。座布団もございますから、どうぞお
「あんがと。お言葉に甘えさせてもらおうかな」
そういえば、南西部からここまで休憩なしで来たっけ。気が遠くなるような距離じゃないけど、精神的な焦燥を抱えたうえでの捜索と移動だったからか、普段より疲れちゃった。
「ところで桜華ちゃん」
私と対面するように座った生明が言う。
「あの子はいったい? 新しいお友達?」
「ああえっと、どう説明したものかな……」
少し考えて、まずは神酒と依頼箱を設置したことについて話した。そして眠れる少女の名前と、彼女が依頼主であることも。
「そうだったんだ。というか、なんだか楽しそうなことしてるね! 優しい桜華ちゃんにぴったり」
「依頼箱のこと? 望瀬の依頼で通算二件目なのに、もうこんなことになっちゃってるんだし……楽しいかって言われるとねえ」
そんな事を生明と話していた折、がさごそと動く音が聞こえた。望瀬だ。彼女が上体を起こし、辺りを見回している。
「望瀬、目が——」
「ここは、ここは何処ですか?!」
声をかけるや否や、彼女は突然叫び出す。
「行かないと、行かないと、行かないと……! 皆を救い出さないと!」
「落ち着いて望瀬。ここは神社。君が倒れていたから、助けてくれたんだって」
すると望瀬は、私の顔を見て不思議そうな顔をした。そして、こんなことを言うのだ。
「えっと、あなたは?」
「……はい?」
私の頭は一瞬にして真っ白になった。人違い? 他人の空似? それとも記憶喪失?
「どうして私の名前を……っ!」
お互いに混乱する中、望瀬は両手でこめかみの辺りを押さえ始める。頭が痛いのか心配になり一歩近づくと、次の瞬間に——
「ご、ごめんなさい、桜華さん……。私、勝手に神酒さんのお家から逃げ出して……」
と、いつもの彼女に戻った。いったい何なのよ……。
「落ち着いた?」
「はい。あの、本当にごめんなさい……」
「聞きたいことはたくさんあるけど……とりあえずこれだけは聞かせて。どうして、逃げ出したの?」
すると望瀬は体を縮め、涙ぐんで答えた。
「あの、その……声が、早く行けって」
「声?」
そう言えば初対面の時、望瀬は声について少し話していたっけ。確か奴隷の使役者を殺して逃げて来たけど、頭の中の声が、「戻って奴隷を救済しろ」とか「使命だ、到達点だ、約束の地だ」とか言った。だから彼女は困って手紙を入れたんだ。
「はい。それで、行かなきゃって思って……」
「行くったって、目的地も分からないのに?」
「ちょっとだけ、思い出したことがあって。逃げながら、日の出を背後に見た気がするんです……」
なるほどね。だから南西部の町を飛び出して、東方向であるここに来たわけか。
「そっか。じゃあ、一旦南西部の町に戻ろう? 神酒も心配してるから」
「——っ!」
私の提案に、望瀬はまた頭を抱える。
「駄目です。それは駄目!」
「え、ええ?」
「急いで、あの場所へ急いで戻らないと! 一刻も早く、約束を果たさないと!」
必死にそう訴えかけてくる彼女の顔は、まるで別人のようだった。使命感を抱いているというよりも、むしろ使命の方が本体で、彼女はその入れ物であるとさえ感じる。
「そうは言っても……」
「私一人でも、行きますから」
「ちょいちょい、待ってよ望瀬」
急に立ち上がり、望瀬は宣言通り本当に行こうとする。何とか腕を掴んで止めた。かなりの力が籠っていて、冗談ではなく本気であることが窺える。
「ねえ桜華ちゃん」
またも不思議そうな顔で生明は言う。
「望瀬ちゃんの目的地って?」
「採石場みたい。まあ色々とあって行きたいけど、正確な場所が分からないんだって」
私がそう説明すると、生明は何やら考え始めた。やがて望瀬の方を見て言う。
「南東部の採石場だったりする?」
「……分かりません」
「石材の他に、宝石なんかも採ってたり?」
「宝石……。宝石、聞いたことがあります。そうだ、これ」
何か思い出したのか、望瀬は懐に手を突っ込んだ。やがて数秒ほどで直ったかと思うと、その手には首飾りが握られていた。
「黄色い石、宝石だよね?」
宝石だって事は分かるけど、どういうところで採れる何ていう宝石なのかまでは分からない。私が目利きできるのは、せいぜい豆大福まで。ここが港町なら、知ってる宝石商が居たんだけど……。
「それって、黄玉だよね」
生明が言う。
「石灰岩とかと一緒に採取できるやつ」
「生明ってば、宝石にも詳しいの?」
「ううん、偶然だよ。ねえ望瀬ちゃん、その黄玉、何処で手に入れたの?」
「これは、住処の近くで拾ったものに、お母さんが紐を通してくれたんです」
宝石が落ちてたなんて凄い。
「つまり望瀬ちゃんは、黄玉が採れる採石場に居たって事だよね」
うんうんと、生明は納得したような顔で頷いた。やがて、私の方に向き直る。
「桜華ちゃん。望瀬ちゃんが居た採石場、分かったよ。村から南東に下ったところだと思う。高祠之国の黄玉は、ほとんどそこで採られてるみたいだから」
「さすが生明、頼りになる~」
「えへへ、ありがとう。実は何年か前、お父さんと一緒に採石場に野菜を売りに行ったことがあるの。その時に聞いた話を覚えてたんだよ。その……黄玉には悪魔払いの意味があるって聞いて、忘れられなかっただけなんだけど」
うっ、ちょっと気まずい。
ともあれ、生明の知識のおかげで、目的地は私も注目していた採石場である可能性が高まった。でも黒い噂は聞かなかったから……きっと隠すのが上手いのかもね。
「場所を、知っているんですか?」
望瀬が必死の形相で生明に問うた。さすがの生明も「え、う、うん」と押され気味である。
「教えてください、どうしても、一刻も早く行かないといけないんです!」
今にも生明に覆いかぶさるんじゃないか。そんな勢いの望瀬に詰め寄られ、生明は助けてほしそうに私を見る。
「望瀬、落ち着いてってば。さっきも言ったけど、今はとりあえず神酒と合流しないと」
「……っ! もういいわ。ここまで手伝ってくれてありがとう、依頼箱の人」
望瀬の口調と語気が変わった。
「大体の場所が分かっただけで十分よ。やっぱり私一人で行くから、もう一人にもそう伝えておいてくれる?」
「待ってよ望瀬。一人で行ったとして、それで何ができるの?」
「あなたが来たとて、それは同じことじゃない?」
「そ、それはそうかもしれないけど……でも、一人より二人、二人より三人。多い方が選択肢が増えるでしょ?」
それに加えて、私はこの望瀬という子の使命を見守りたくなった。お金を貰ったからじゃない。既に復讐を果たした彼女が、その果てにどう動くのか。もしかしたら私は身勝手にも、望瀬を自分の将来像として見ているのかもしれない。
「だとしても、私はもう行く。依頼はここまででいい」
「…………分かったよ、望瀬」
何がと言いたげな顔を向ける望瀬。私は決意し、深呼吸をした後に言った。
「私も一緒に行く。望瀬と一緒に、採石場へ」
「お友達と合流するんじゃなかったの?」
「合流はするよ。だけど、今じゃない」
何一つ理解できない。望瀬は、そんな表情をしていた。私は神酒を信頼している。だからそれを根拠に、賭けることにしたんだ。神酒はきっと、運良く私が望瀬を追って村まで来たことを突き止める。そして村に足を運び、採石場まで追ってくる。神酒なら、そうするはず。
「それなら桜華ちゃん、わたしが採石場に案内するよ」
不意に生明が言った。
「何年か前の記憶だけど、場所はたぶん覚えてる。それにほら、仮に迷っても、わたしなら道を聞ける相手は無数に居るし」
「え、でも畑仕事があるんじゃ?」
「大丈夫、今はそんなに忙しくないから!」
どうせ遠慮しても聞かないんだろうな……。一度言い出した生明を説得するのは、利き豆大福よかよっぽど難しい。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
「うん! また桜華ちゃんの役に立てて嬉しい!」
彼女にも、何かお礼をしないとね。
「それじゃあ行こうか、採石場へ」
実稲に伝言を残し、望瀬と生明と一緒に村を出た。また約束を違えてごめんね、神酒。今度好きな物ご馳走するから。
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