【六】消えた依頼主
三
翌々日。朝、小町と一緒に家を出た。
「そうそう。だからちょっと、帰りが遅くなるかもしれない」
「あたしより?」
「うん、でも安心して。神酒と一緒だから、愛しの桜華ちゃんは必ず小町のところに帰るよ、変わりなくね」
「絶対帰って来るなら……構わないけど…………」
本気で心配しているときの小町は、とても分かりやすい。普段なら顔を真っ赤にして全力で否定してくるような冗談にも、今みたいに反応しなくなる。それとも、本当に愛おしいのかな。それならそれで、今度思い切り愛でてあげよう。
仕事がある小町とはお菓子屋付近で分かれて、私は町の方へ。さて今日から本格的に依頼に取り組むぞ。そう、ちょっとばかしわくわくしながら、集合場所の甘味処に向かった。神酒はまだ来ていない。
「へえ、珍しい」
神酒はいつも、ちょっと早めに来てお団子を食べている。ついにお腹周りが気になり始めたのかな。そういった失礼な思考は振り払い、円滑に報告できるよう、昨日調べたことを整理する。
——結論から言えば、黒い噂のある採石場は見つからなかった。
採石場に関する情報は僅かに得られたけど、どこもかしこもまともそうだった。ただ、その中から望瀬の生まれた採石場の候補を絞ることは可能だ。助けとなるのは、奴隷制が採用されているという情報。沢山ある採石場の中で三つ、住み込みで働いているという場所があった。その中でも南東部のさらに奥、高祠之国のはずれにある採石場はかなり規模の大きな採石場らしい。
——追加情報として、南東の採石場では、石材に加えて希少な宝石も採取しているらしい。
それはつまり、奴隷を使って宝石を取らせて高く売るという闇を妄想できる。妄想ついでに、その真黒事業者と神器狙いの賊が同じ奴らだったりしないかな~って朧気に考えている。
「桜華!」
私の名。聞き慣れた声。だけどその声色だけ、どうも聞き慣れないものだった。
「神酒? どうしたの?」
「望瀬が、居なくなった……!」
神酒曰く、今朝までは居たらしい。私との集合時間が近くなり、彼女は平生通りに少し早く着こうとしていた。どうやら、寝間着から着替えて髪を梳かして……と色々やっているうちに、望瀬が姿を消したみたいだ。
「今朝までは大人しくしてたのになあ。まったく、本当に運が悪い」
神酒がそれを言うと、事態の緊急性が強調される。
「悪いけど桜華、手分けして探してくれる?」
「もちろん」
「あはは、ありがとう。じゃあまた、夕方頃に再集合ってことで」
神酒は町の中央方面に、私はその逆へ散った。望瀬、何処に行っちゃったの……。
とりあえず、望瀬を見た人が居ないか町の人に聞いてみた。
「すみません。今朝がた、小さな女の子を見ませんでしたか? 歳は十歳くらいで、おどおどしているか、逆に凛としているか、なんですけど」
散歩中だったお爺さんは申し訳なさそうに言う。
「ごめんねえ、目が悪いからお役に立てそうにないよ」
お邪魔しました。じゃあ、おば様方はどうだろう。経験上、町の情報網として少し頼りになる存在だけど——
「いいえ、見てないわ。お互いの顔しかね、おほほほ」
——つまるところ、井戸端会議に夢中で、周りを見ていなかったらしい。長屋が多いところで、ごみ回収の仕事をしていたお兄さんにも聞いてみた。
「いやあすまない、見てないな。今朝は勘定に夢中だったんだ」
それは仕方ない。さて次は誰に……おっ、ちょうどよく町を駆けまわっている茶色いもこもこを見つけた。くりっくりのおめめをみて、問いかける。
「女の子を見なかった? 十歳くらいで、背丈は——」
「くぅん?」
首を傾げた柴犬は微妙な顔をして、走り去った。美少女に見つめられて恥ずかしくなっちゃったのかも。——なんて言っている場合じゃない。望瀬はいったいどこに消えたんだろう……。
南西部の町のはずれまで下りて来た。この道を真っすぐ行けば、生明や実稲の村に着く。ふと、望瀬は一人で、村の更に先にある採石場に行ったんじゃないかという考えが浮かんだ。
「いや、そんなはずないか……」
だけどすぐに自分で否定した。望瀬は、自分が何処の採石場から来たのか知らなかった。奴隷を解放しに帰りたい、でもどこから来たか分からない。そんな板挟みになっていたから、彼女は依頼箱に頼ったんだ。要するに、望瀬が急に自分で採石場を目指したとは思えないって事だ。虱潰しを決心したわけじゃない限り、ね。
「お~い嬢ちゃん」
道すがら、不意に声を掛けられた。白髪が混じり始めた中年の殿方だ。大きな荷台を引いているから、村を通って来た行商人だろうと予想できる。
「きょろきょろしてどうした? 探し物かい?」
「ええまあ、確かに探し物といえば探し物ですけど」
「はは~ん。さては人間か? それも、小さな」
「え?」
図星で驚いていると、行商人は笑った。
「嬢ちゃんの様子を見りゃ分かる。俺も、この仕事が長いからな。十歳くらいの女の子だろ?」
「そうです。もしかして、見たんですか?」
「ああ、ちょっと前にな」
「彼女を探しているんです。教えてください! お金ならここに」
小町から頂いているお小遣いと、引っ越しを手伝った報酬、それから望瀬から受け取ったお金。合わせればそこそこの額になる。
「ははは、律儀な嬢ちゃんだ。だが金は要らない、俺は情報屋じゃねえからな」
そう言うと彼は咳払いをして、東の方——つまり村の方向——を指さした。
「ちっこいのは、俺とは正反対の方に行ったぞ。ふらふら走ってるから心配になって声を掛けたんだが、怖い顔で俺を睨んで行っちまった。俺も仕事があるし、荷台は置いて行けないから追いかけなかったが……嬢ちゃんが追ってくれるなら安心だ」
足取りがつかめた。どうやら、神酒の幸運にあやかれたみたいだ。とにかく、彼が語った様子ならそう遠くへは行っていないはず。私も急ごう。
「情報ありがとうございます。追いかけますので、私はこれで!」
「おう、気を付けなよ」
親切な行商人にお礼を言い、私は彼の返事も碌に聞かず走り出した。望瀬は村の方に向かった。採石場の場所は知らないはずだから、やっぱり虱潰しに巡るつもりなのかな。だとしたら、どうして今朝になっていきなり……。いや、考えても分からないんだし、今は彼女を追おう。まったくもう。私が言えたことじゃないけど、あの望瀬って子はどうも衝動的に動きがちだな……。
「望瀬~! 居る? 居たら返事して!」
そう呼びかけながら小走りで進んだけど、返事が聞こえることは無かった。もう村に入ってしまう。それならそれで、目撃者がいるかもしれない。行商人と話した場所からそれなりに離れたし、ここらで目撃情報を募ってもいいかもしれない。
「人……」
道の向こうから人が来る。軽やかな足取りで真っすぐ歩いているから、きっと望瀬ではない。このまますれ違うなら、ついでに聞いてみよう。
「って、あれ、生明?」
「桜華ちゃん! やっぱり桜華ちゃんだ! 綺麗な桜色で刀を持ってる人が歩いてるから、まさかと思ってたんだ! 小町ちゃんは居ないんだ。今日は、村に何か用事?」
溌剌たる少女に気圧されたが、生明と出会えたのは好都合だ。
「実は人を探しててね。十歳くらいの女の子で、名前は望瀬っていうの。こっち方面に来たみたいなんだけど、見なかった?」
「それって、もしかして」
生明は何やら合点がいったような顔をした。
「見たの?」
「ううん、私はまだ見てない。でもね、さっき神馬神社の人が言ってたんだけど、神社の近くでちょうどそれくらいの女の子が倒れてたんだって。村の子じゃないし名前は分からないけど……見に行く? 今、実稲が神社で保護してるみたいだから」
「行く行く!」
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