高校の後輩でクールで完璧な専属メイドが、ふたりきりの時だけウザがらみしてくる件
天道 源(斎藤ニコ)
第1話 その日、メイドの本性はみえた。
突然だが、俺には専属メイドがついている。
訳が分からないだろうから、もう少し詳しく話そう。
*
俺の名前は、理一(りいち)。
特徴もない、ただの高校二年――だった。
父さんはすでに逝去し、母も病魔に命を貪られていた。
亡くなる寸前、母は言った。
「あたしが死んだら、お父さんの親族が、きっとくるから……理一(りいち)、自分の味方が誰か……しっかりと考えて、動きなさい……」
父親? 親族なんて居ないんじゃなかったのか? 味方ってなに? ――さまざまな疑問には、残念ながら解答がなかった。母は翌日亡くなったからだ。
だが、答えは勝手に開示された。
母親が天国へと旅立ってから、たった一日のこと。
翌日である。
親族など皆無だった俺に、親戚が一気に増えた。
それも大変な資産家だった。
「お前は今日から、一族のために生きるのだ」
嘘みたいな台詞が、信じられないほど大きな屋敷の中の一室で発された。
もちろん俺へと向けて。
単純な話だった。
俺の親父は元資産家の息子であり、
元ヤンだった母親と駆け落ちをし、
俺を生んだ。
そうして両親が居なくなった今――俺は、父方の親族に引き取られたというわけだ。
貧乏生活から、一気に大逆転……なんて笑う余裕のない日々が始まった。
*
お金持ちの生活なんてものは、たまに見る夢の話だと思っていた。
だが、目の前にすべてが存在していた。
信じられないほど背の高い門扉は自動で開き、そこから玄関口までは何十メートルも移動せねばならない。
住まいとなる屋敷は立派だが、それは敷地内にいくつか建っていた。
無意味なほどに存在する部屋。高級な車。
家族以外が住まいに存在するという非日常性。
そして。
家族以外のだれかが、当たり前のように部屋の中に入ってくる異常性……。
「理一様、お着替えをお持ちしました」
俺にあてがわれた部屋に、メイド服を着用した女子が入室してきた。
当たり前の様に、男子の部屋に女子が入ってくる。
年齢は俺の一つ下、高校一年だという。
可憐な声。華奢な体。
長く黒い髪、白い肌、大きな瞳。
まるで人形のような造形。
メイドというより、お嬢様といわれたほうが正しい気がする。
そんな美少女が、俺の朝から夜までの面倒を見てくれている。
専属メイドだという。
つまり、俺だけの為に用意されたメイドというわけだ。
信じられるか?
俺には信じられなかった。
自分で自分のことをするのが当たり前だった人生だったのに、食事は運ばれてくるし、パンツだって用意されている……。
たった一才違いの女の子に身辺の世話をしてもらうだけでも抵抗があるし、ましてやそいつが同じ高校に通っているならば尚更抵抗がある。
だが、ルールには従わなければならない。
それが俺に課された使命なのだ。
親が逝去してしまった今、俺が頼れる道は少ないのだから――。
それにしても、このメイド。
ひとつ問題があった。
*
当初こそ、感情をいっさい出さない表情と声音で、
「理一(りいち)様、紅茶でございます。お熱いのでお気を付けて」
とか、
「理一様。ボタンが取りかかっておりますね。私がおつけいたします」
とか、
「お風邪、おつらいでしょう。いま、お体をお拭きしますから、どうか気を楽に」
といったように、メイドとしては完璧な性能を全面に押し出していた。
まるでSF映画にでてくるアンドロイドのように的確で無表情で冷徹なその対応に、感心しつつも、かなり怖じ気づいていた俺である。
高校生で、これかよ。プロってすごいな……と。
そんな先入観は俺の背中を強く押してしまった。
本来ならば年下に見せるものではないだろう、情けない部分を含め、俺は懺悔をするかのように全てを吐き出してしまったのだ。
ある夜のことだ。
メイドがこう言った。
「理一さま……寝ているとき、うなされておられますよ。お辛いことがあるのでしたら、わたしにお話ししてはいかがですか……?」
慈愛に満ちた言葉だった。
母親のやさしさにも通じる温かさがあった。
母の死後から凍り付いていた心が、じんわりと溶けていくのを感じた。
一族の一員となってから、味方となってくれるものなんてわからなかった。
でも、このメイドが、母親の言っていた味方なのでは……? と考えた。
「俺は……俺は……」
涙が流れる。
辛いことも。
悲しいことも。
弱い面も。
俺は夜な夜な母の首にしがみついて涙を見せる子供のように、年下でありながらも完璧なメイド姿を見せつけてくる彼女に寄りかかった。
そんな時でも彼女は「それはたいへんでしたね」とか「これからはもう平気です、わたしが居るのですから」と声をかけてくれたものだ。
その言葉の一つ一つが俺の心をほぐしてくれた。暖めてくれた。
だが。
今思えば彼女の――いや。
「コイツ」の本心は言葉の陰にいつだって隠されていたのだ。
*
それは俺が風邪をひいてしまった時のことだ。
はりつめていた気持ちの糸がぷつんと切れたように、突然の高熱にうなされて俺は、意識が朦朧とするなかでも、メイドに看病されていたし、俺もそれを望んでいた。
俺はメイドを信じていた。
メイドも俺を支えてくれていた。
汗で濡れた衣服をこまめに変えてくれた。
冷やしたタオルを頭にあててくれた。
深夜まで手を握ってもくれていた。
今、思えば、わかる。
この状況は詰んでいる。
ただただ、詰んでいる。
メイドに全権を握られているじゃないか……!
どういうことかって?
熱が下がった翌日のことである。
ベッド脇にたたずむメイドに向かって、俺は感謝の意を述べた。
「昨日はありがとう――本当に助かったよ」
そしたら、あいつ、なんて言ったと思う?
ここまで培ってきたすべてを、指先一つでぶっ壊すような表情をともなっていた。
普段はまったく動かない「はずの」表情筋を大きく動かし、一見するとお嬢様にもみえる整った顔立ちを、ニヤリと歪ませて、こう言ったのだ。
「ああ、もう、我慢できないです」
「え?」
「理一様って、目付きがとーっても悪いですけど。やっぱり、甘えるときはかわいいんですよね」
「……は?」
「昨日は私の手を握って、ずーーーっと『かあさん、かあさん』って言ってましたよ? 寂しかったんですか? でも年下の手をお母さんなんて、理一様もアレですね。ロリコンですか? あ、でも安心してください。おっぱい飲みたいとかは言ってませんでしたから。もちろん出ませんし、吸わせませんけどね?」
「……な、なんて?」
「もちろん『そういう男性』って、悪くないと思いますよ。ただちょーーーっと、弱すぎっていうか、もうすこし強くなりましょうよ? お金持ちになったっていうのに、ネガティブなんですよね。もっと前向きで良いとも思いますけど、まあ今は、それぐらいが丁度いいのかもしれませんね。とはいえ、リオにはもっとそういうところ、見せてくれてもいいですからね? よかったでちゅね?」
見慣れたはずのメイドが、まるで初めて手にする悪魔の人形に見えた。
俺は今、何を言われた?
俺は今、何と対峙しているのだ?
その時――ドアが開き、別の使用人が俺の様子を見に来た。
別の使用人は解熱したことを喜んでいたが、俺としては冷えすぎた背筋をどうにかしたいぐらいだった。
使用人の背後にひかえる無表情な後輩メイドが――俺をみて、くすりと笑う。それはどうみても、からかうような笑みだ。
「理一様。まだお体がすぐれないでしょう。わたしがお着替えをお手伝いします」
な、なんだ、この二重人格!?
さっきまでの人を舐めたような下からとみせかけて上から姿勢のあの人格はなんだ!?
俺と専属メイドのやりとりに安堵したのか、使用人が退出していった。
すると、メイドは……またニヤリと笑う。
俺の耳元でささやいた。
「では、これで失礼いたします。けど、安心しちゃだめですよ? 理一さまの恥ずかしい写真、たーくさんもってますから。もし、わたしのことを誰かに話ししたら、当代様に、よわーいよわーい理一様のお姿、ばらしちゃいますから……勘当されちゃいますね?」
眼前でふりふりされるスマホ。
その画面には、熱でぐったりとしている俺。それはメイドに衣服を着替えさせてもらっている隠し撮り写真だった。
さらに、下半身に手を伸ばすメイドの姿は、みようによっては、なにかをする前のあれにも見える。
「な――」
「ふふ。あわてることないのに。だってこれは、ただの着替えなんですからね」
「な、な、なにを――」
「では、またあとで。しっかり寝てなきゃ駄目ですよ、リ・イ・チ様」
ああ。
今思い出しても、魔法を見させられたかのような変わりようだった。
あいつは、天使なんかじゃない。
小悪魔でもない。
悪魔そのものだ。
理由はわからないが、メイドは、虎視眈々と俺の弱味を握るタイミングを狙っていたに違いないのだった。
俺はそんなことにも気がつかず半年もの間、穴があったら入りたいぐらいの多種多様な醜態をさらけ出してしまっていたのだ。
まるで、おなかをすかせたライオンの前に、自分で調味料を体にぬりたくって現れ出るウサギのような失態。
しかし、もう時間は戻らない。
俺の生活は変わらない。
*
これは一つ年下で、高校の後輩で、俺の専属メイドで、完璧な美少女に見えるが、二人きりになったとたんウザったい言動ばかりを押し付けてくる女――水無 リオ(みずなし りお)と俺の主従関係の話である。
……どっちが主で、どっちが従かは不明だ。
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